ジャーヒリーヤ
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ジャーヒリーヤ (アラビア語: جاهلية) は、主にイスラム教圏で用いられる単語で、事実上は宗教用語の一つといえる。 現代のムスリムの間ではムハンマドが神の啓示を受ける以前の時代を指す言葉として用いられ、日本語では「無明時代」と訳されることが多い。 また、近代になってから西洋文明の流入によってイスラム的価値観が破壊されてしまった社会を「現代のジャーヒリーヤ」と呼ぶこともある。
ムスリムの主観的な価値観によればジャーヒリーヤ時代とは文明(シャリーア)が誕生する以前の原始時代であり、イスラム的価値観が破壊されてしまった現代社会は文明が失われた社会と言うことになる。
ジャーヒリーヤを直訳的に日本語に置き換えるならば無知、無明、愚かさを意味する言葉で、イスラーム以前の文化・時代全般を指して使われる言葉である。特にこの時代を設定するのは、この時代が大きな変化の時代であったことを意味する。またこのような名称が用いられるのは宗教的排他主義によるものである。
ムハンマドがイスラームの預言者として、一神教 (Monotheism) をひっさげて立ち上がった頃、メッカのカアバには部族の地域神を表す神像が何百も祭られていたという(実際、アッラーフもその神々と一緒に祭られていた)。後にムスリムがアラビア半島を支配し、多神教徒を駆逐した後はイスラームのドグマに基づき一方的にこの多神教時代を悪の時代と決め付けたため、ジャーヒリーヤという名称が使われるようになった。
この時代を暗黒時代とするのは当然ながら保守的ムスリムのエスノセントリズムに基づく一方的視点であり、非ムスリムや一部のリベラル・ムスリムを中心に客観的な記述を行う努力がなされているが、イスラーム諸国では宗教的ドグマの為にいまだ旧来の暗黒史観が主流となっている。
[編集] ジャーヒリーヤ論
イスラム過激原理主義活動家サイイド・クトゥブは、1964年に出版された著書「道標」の中で「ジャーヒリーヤ論」を展開している。
この中で、彼は当時の世界を「真のイスラーム社会」と「ジャーヒリーヤ社会」に区分し、前者を「信仰、法律、儀礼がイスラーム法に基づいた社会」、後者を「民主・共産・異教社会ならびにイスラームを自称する(実は専制支配の)社会」と述べた。「自称イスラーム社会」については、当時のエジプト政府を念頭に置いたものと見られる。
このジャーヒリーヤ論は当然の如くエジプト当局から警戒され、またイスラーム法の権威たるアル=アズハル大学からも非難を受けたが、その後多くのイスラム過激派(原理主義)に受け継がれ、これら原理主義者を理論面で支える柱の一つになっている。
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最終更新 2009年11月10日 (火) 09:45 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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