ジャーメイン・ジャクソン
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| Muhammad Abdul-Aziz | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生名 | Jermaine LaJaune Jackson |
| 出生 | 1954年12月11日(54歳) |
| 出身地 | |
| ジャンル | R&B、ソウル、ダンス |
| 担当楽器 | 歌手 |
| 活動期間 | 1967年 - 現在 |
| レーベル | モータウン、エピック・レコード、アリスタ・レコード |
| 共同作業者 | ジャクソン5 |
ジャーメイン・ジャクソン(Muhammad Abdul-Aziz, Jermaine LaJaune Jackson、1954年12月11日 - )は、アメリカ合衆国の歌手。ジャクソン一家の三男で、弟の一人はマイケル・ジャクソン。
ジャクソン5でマイケルと共にリードボーカルを担当。ソロ歌手としてもまずまずの成功を収めた。だが、ボーカルもルックスもいいと言われるのに、強硬的な性格が災いしたのか結果的に兄弟の中では身が狭い状態になっている。
[編集] 略歴
1969年以前(アマチュア時代)、 ジャクソン・ファイブのアマチュア時代の初期にはリードシンガーだった。幼かったマイケルもジャーメインを真似することでシンガーとしての一歩を踏み出している。 モータウンからデビューした後も、マイケルと人気を二分した。 マイケルも当時は仕事仲間としては最も好きな相手であったと言われる。 事実、ジャーメインがジャクソン・ファイブを離脱した後はマイケルはソロ活動を活発化させている。
1975年、ジャクソン・ファイブはモータウンを離脱。ところがジャーメインはモータウンに残り、ゴーディーの圧力もあったとはいえ、コンサートもドタキャンし父ジョーは激怒した(現在は和解しており、ジョーもマイケル、ジャネットと並べてジャーメインのことを語っている)。
1975-1980年、基本的にはセルフプロデュースでソロアルバムをコンスタントに発表する。ソウルミュージックファンの中でも評価が分かれる作品が多く、その多くは未CD化のままで再発が待たれる。
1980年代にはマイケルのソロの成功、それによる兄弟たちのジャクソンズのヒットの影響で、ジャーメインのアルバムも順調にセールスを伸ばしていく。"Let's Get Serious"がトップ10ヒット(R&Bチャートでは首位)を記録するなど数曲のヒットを放った。またホイットニー・ヒューストンの大ヒットしたデビューアルバム(1985年)では2曲でデュエットをしている(ホイットニーが注目されたのもジャーメインの1984年の『ダイナマイト』での共演がきっかけである)。
また、ジャネットがデビューした頃「格が違うぜ」と言ってしまったため、「Rhythm Nation 1814」のヒットの後、ジャネットに全米ツアーに一緒に回る事を頼んだが断られたりした。ただし、ジャネットの一度目の離婚時はジェイムス・デバージを怒鳴ったりした。
また、1989年PLAYBOY誌でヌードを掲載した妹のラ・トーヤを説教したこともある。なお、マイケルはこの時ショックでどうしたらいいのか分からなかったようだ。
1990年代初め頃にイスラームに改宗。イスラム原理主義組織については「彼らの感情も理解できるが、そのやり方は受け入れられない」と述べている。
マイケルに対抗意識を燃やしてかマイケルの事を悪く言い1991年には「Word To The Bad」などと言う曲も書いたことがある。また、2001年の再結成の際にはマイケルと同じくらい目立とうとして兄弟にたしなめられた。一時は「コンサートに出ないだろう」とまで言われ、巻き込まれた形のランディは「リハーサルの間、僕がジャーメインのパートを歌っていたから、彼はショーには出たくなかったんじゃないかな」と冗談半分に語った。
しかしながらジャーメインは基本的に音楽的なものだけでマイケルを批判しているだけなので、2003年にマイケルが逮捕された時は「マイケルは無実だ。俺達の事を知りもしない連中が弟について語っているのを見るのはウンザリだ。弟は変人じゃない。俺達は素晴らしい子供時代を共に過ごしてきた。警察は弟が手錠をかけられた姿が見たかったんだろ。これは現代における集団リンチだ。こんな状況が長続きするはずがない。もう本当にウンザリだ。俺達はマイケルを1,000%支持する」と攻撃的なまでにはっきりとマイケルを支持している。
2005年1月17日にはアル・ヴァルザーとジャーメインが共演したシングル「Living A Dream」が、スイスで発売された。収益金はスマトラ沖地震による津波災害の被災者支援にあてられた。
2006年3月、ニューヨーク・デイリー・ニュース紙が「マイケルの無実に疑いを持つジャーメインがジャクソン一家の暴露本を執筆」などということを書いた時、きっぱりと全く逆だと述べ怒りを露わにした。
バーレーン王子、シェイク・アブドゥラ・ビン・ハマド・アール・ハリーファと親交があり、マイケルの無罪判決の後に療養先のような意味合いもこめてか、マイケルを王子の下に送っている。次回作は王子の会社2seasから出すと公言している。
[編集] 結婚と離婚
ジャーメインはジャクソン・ファイブではセックスシンボル的存在であったが、兄弟の中で一番それに関して色々と言われる人でもある。
まず1973年12月15日、ヘイゼル・ゴーディーと恋愛結婚したが、1988年7月離婚。性的関係を強要されたとして訴えられたりした。ヘイゼルとの間にはジャーメインJr、オータム、ドーン、ジェイミーの3人の子供を儲ける。
ジャーメインはその直後1988年マーガレット・マルドナードと同棲したが結婚はしなかった。彼女とはジェレミー、ジョーディンと二人の子供を儲けたが1994年別居。
今度は1995年3月18日にアレハンドラ・ジェネヴィーヴ・オアイザと2度目の結婚。ところがアレハンドラはランディの元妻であったため、「何か変じゃないか?」と思われたりした。彼女との間にはジャファーとジャーマジェスティの二人の息子を儲けるも2004年11月15日離婚。その直後さらにHaleema Rasheedと3度目の結婚をした。
[編集] アルバム
- Jermaine (1972)
- Come Into My Life (1973)
- My Name Is Jermaine (1976)
- Feel the Fire (1977)
- Frontiers (1978)
- Let's Get Serious (1980)
- Jermaine (1980)
- I Like Your Style (1981)
- Let Me Tickle Your Fancy (1982)
- Dynamite (1984)
- Precious Moments (1986)
- Don't Take It Personal (1989)
- Greatest Hits and Rare Classics (1991)
- You Said (1991)
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最終更新 2009年11月30日 (月) 12:29 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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