ジュネーヴ州

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ジュネーヴ州の位置
ジュネーヴ州の紋章

ジュネーヴ州(フランス語 République et Canton de Genève・英語 Canton of Geneva)はスイスのカントン(州)。人口は438,483人(2005年)、州都はジュネーヴ。45の自治体に分かれている。第一公用語はフランス語。略号はGE

スイスの26州の中でも、州政府・州議会などの機関の権限が大きく、強い自治権を行使している州の一つでもある。

目次

[編集] 地理

ジュネーブ州の地図

ジュネーヴ州はスイスの西端に位置し、ほぼフランスに囲まれる形になっている。また、州の東北境はレマン湖に面している。

[編集] 隣接している州

[編集] 歴史

サヴォワ地域の小規模な自立国家都市であったが、1535年共和国となり、1536年にはカルヴァンの亡命を受け入れる(1538年には追放されるが1541年に再び受け入れられている)など、一躍国際都市として注目されるようになる。カルヴァンの到着以来、16世紀半ばからは主にフランスイタリアから数多くの新教徒が移住して、時計産業、銀行業をはじめ、経済的にも発展を見せた。

[編集] エスカラードの戦いと独立の強化

このような新教徒の国の発展を警戒したサヴォワ公カルロ・エマヌエーレ1世1602年12月11日から12日にかけての夜、軍隊を結集して夜襲をかけた。(この際、ロワイヨームおばさんMère Royaumeが台所の窓を開け、下にいたサヴォワ兵に気がついて、とっさに火にかかっていた野菜スープを鍋ごとぶちまけて敵兵を撃退したという逸話はジュネーヴ市民の間では伝説的な英雄談である。)
夜明けまで続いた戦いはジュネーヴの圧倒的な勝利に終わり、以来、ジュネーヴはこの地方でゆるぎない地位を築くことになる。
この「エスカラードの戦い」は、現在でも12月の第2週末にエスカラード祭 (fête de l'Escalade) として祝われ、ジュネーヴで最も賑やかな祝日である。
1685年ナントの勅令撤廃に伴い、フランスからの新教徒の流入はいっそう多くなって、18世紀にはジュネーヴは飛躍的な発展を見せた。

[編集] フランスへの併合とスイス連邦への加盟

人口の急激な増加により政情不安となっていたジュネーヴは、1798年にフランスに併合される。ナポレオンの敗北を待ち、1813年に再び独立する際、スイス連邦加入の交渉を始め、元サヴォワ領のカルージュなど近郊諸都市とともに1815年にスイス連邦の一員となった。1846年の革命によってジュネーヴ共和国・州憲法が成立し、現在に至っている。

[編集] 国際都市ジュネーヴ

19世紀にはその中立的な立場から多くの移民を受け入れ、また1864年にはアンリ・デュナンの主導で赤十字国際委員会が発足、ジュネーヴで最初の国際機関となる。
第一次世界大戦後、ジュネーヴに国際連盟本部が置かれ、以後、世界でも有数の国際機関の集約地となった。現在は上述の赤十字国際委員会、国際連合ヨーロッパ本部をはじめ、国際連合人権高等弁務官事務所国際連合人権委員会国際連合難民高等弁務官事務所国際連合エイズ合同計画国際連合人道問題調整事務所国際連合貿易開発会議国際電気通信連合国際労働機関世界気象機関世界保健機関などの本部が置かれる。
このような背景から、人口50万人ばかりの小さな州であるが、日本も在ジュネーヴ日本総領事館のほか在ジュネーブ国際機関日本政府代表部を置いている。

[編集] 行政区(基礎自治体)

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ


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最終更新 2009年10月16日 (金) 16:43 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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