ジョフロワ1世・ド・ヴィルアルドゥアン
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ジョフロワ1世・ド・ヴィルアルドゥアン(Geoffroi I de Villehardouin, 1170年頃/1175年頃 - 1228年)はフランス・シャンパーニュ出身の騎士、第4回十字軍参加者、第2代アカイア公(在位:1208年 - 1228年)。叔父にあたる同名の歴史家ジョフロワ・ド・ヴィルアルドゥアンと区別して「小ジョフロワ」と呼ばれる事もある。
第4回十字軍の一団に同行し、本隊とは別にシリアへ先行。本隊のコンスタンティノポリス攻略を聞き知りそちらに向かうも、ペロポニソス半島のメソニに漂着。土着ギリシア人有力者に招かれ、ペロポニソス征服に乗り出すが、1205年、その有力者が死に、彼の息子が敵対したため、当時中央ギリシアに遠征中のモンフェラート侯ボニファッチョに救援を依頼し、彼の許から派遣されたギヨーム1世・ド・シャンリットを頭として半島征服を開始。
1208年頃、シャンリットの帰国に伴い、アカイア公国の支配権を掌握。ラテン帝国皇帝アンリ・ド・エノーに従い、その封臣として正式に第2代アカイア公となる。半島の征服を継続し、1209年から1210年にかけて、土着ギリシア人有力者レオン・スグロスの籠城するアクロコリンソス(コリンソスのアクロポリスの事)を攻略(スグロスは崖から身を投げ自害)。この時ジョフロワが建設した天守閣の塔が、現在もアクロコリンソスに残る。
ジョフロワ1世の時代にペロポニソス半島の大半がアカイア公の支配下に入るが、半島南端のモネンヴァシア、マニ、タイゲトス山中に潜むスラヴ人部族メリング族の征服は後代に委ねられた。
(本項目のギリシア語固有名詞表記は中世ギリシア語の発音に依拠した。古典式慣例表記については各リンク先の項目を参照)
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最終更新 2008年9月4日 (木) 08:57 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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