ジョルジョ・ナポリターノ

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ジョルジョ・ナポリターノ
Giorgio Napolitano
ジョルジョ・ナポリターノ

任期: 2006年5月15日 – 現職

イタリア
内務大臣
任期: 1996年5月17日1998年10月21日

任期: 1992年6月3日1994年4月14日

出生: 1925年6月29日(84歳)
イタリア王国
カンパニア州ナポリ県ナポリ
政党: 民主党(PD)

ジョルジョ・ナポリターノ:Giorgio Napolitano、1925年6月29日 - )は、イタリア政治家大統領(第11代)。

内務大臣(第1次ロマーノ・プローディ内閣)、代議院議長元老院議員(終身)、代議院議員(11期)、イタリア共産党(PSI)代議院議員団長を歴任。

目次

[編集] 概要

カンパニア州ナポリ県ナポリ出身。ナポリ大学法学部卒業。

舞台芸術に関心を持ち、ナポリの小劇場で俳優として舞台活動を行う。また「トマッゾ・ピニヤッチェリ」のペンネームで、ナポリ方言のソネット集を出版している。

1945年、ヨーロッパ最大のイタリア共産党に入党し、ナポリの共産党青年団の指導者として活動する。1953年、ジョルジョ・アメンドラの後継者として代議院(下院)選挙に出馬、当選する。

初の共産党出身大統領。

ウンベルト2世に身体的な特徴が似ており、行儀が慎重なことから、「ウンベルト王」という渾名をつけられていた。また、共産主義者であった事から、「赤い王子」とも呼ばれていた。

歴史問題についても積極的に発言しており、第二次大戦中の1943年から1945年にかけて、旧ユーゴスラヴィアのイストリアダルマツィアで行われたイタリア人住民に対する集団虐殺と「フォイベ」と呼ばれる洞穴に虐殺体が遺棄され、イタリア人が強制追放されたことに言及、クロアチア政府が抗議した。[1]

また、戦死したサロ共和国側の兵士達の追悼施設も作るべきだとも語った。

[編集] 略歴

ジョルジョ・ナポリターノ
  • 1945年 - イタリア共産党入党
  • 1953年 - 代議院議員選挙(イタリア共産党公認)当選。
  • 1981年 - 党代議院議員団議長就任。
  • 1986年 - 代議院対外政策・国際問題委員会議長就任。
  • 1989年 - 欧州議会議員当選。
  • 1992年 - 代議院議長就任。
  • 1994年 - 代議院放送分野再編特別委員会議長就任。
  • 1996年 - 内務大臣(第1次ロマーノ・プローディ内閣)就任。
  • 1999年 - 欧州憲法委員会議長就任。
  • 2005年 - 元老院議員(終身)就任。
  • 2006年 - 大統領就任。

[編集] 文献

  • 『イタリア共産党との対話』E.J.ホブズボーム共著、岩波新書、1976年

[編集] 関連項目

ウィキメディア・コモンズ

[編集] 外部リンク

[編集] 脚注

  1. ^ http://senese.cocolog-nifty.com/koukishin/2007/02/post_56be.html
先代:
カルロ・アゼーリオ・チャンピ
イタリアの旗 イタリアの大統領
第11代 : 2006 -
次代:
現職
先代:
ジョバンニ・リナルド・コロナス
イタリアの旗 内務大臣
1996 - 1998
次代:
先代:
オスカル・ルイージ・スカルファロ
イタリアの旗 代議院議長
1992 - 1994
次代:
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最終更新 2009年11月14日 (土) 07:38 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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