ジョン・グリシャム

ジョン・グリシャムの最新ニュースをまとめて検索!

文学
File:Lit.jpg
ポータル
各国の文学
記事総覧
出版社文芸雑誌
文学賞
作家
詩人小説家
その他作家

ジョン・グリシャムJohn Grisham, 1955年2月8日 - )はアメリカ小説家

目次

[編集] 経歴

アーカンソー州の建設労働者の息子として生まれ、高校時代はミシシッピ州サウスへイヴンハイスクールフットボールチームのクォーターバック。当時読んだスタインベックの文章に強く影響を受けている。大学で野球選手を目指したが、断念。ミシシッピ州立大学で会計学を学んだ。このころつけ始めた日誌がやがて後の創作活動の助けになる。卒業後ミシシッピ大学ロースクールに進んだが、関心が税法から刑法や刑事訴訟法に移る。

卒業後弁護士を開業し、刑事事件などを中心に10年間のキャリアを積む。

1983-90年の間、ミシシッピ州議会議員として活動。その間に、裁判や訴訟に関連した小説を書き始め、その多くが映画化されてヒットする。2006年にはノンフィクションを初めて刊行した。

1984年、12歳のレイプ被害少女の証言を見て、余暇を利用し、もし少女の父親がレイプ犯を殺したら、という想定で創作活動を開始。3年を掛け、『評決のとき』を完成。だが多くの出版社に断られ、最終的に出版できたのは翌1988年、初版5000部だった。

『評決のとき』を書き上げるとすぐに次作、『法律事務所』に取りかかった。それ以来、年に最低1作は書き続け、多くはベストセラーになっている。1994年から2000年まで全米1位のベストセラー作家を続けるという偉業も達成した。

1990年代半ばバージニア州に移り住むが、当地は野球場がまったくない山がちな土地柄。野球選手志望だったグリシャムは、息子たち少年野球団のために数十億円に相当すると言われる私財を投じ、Cove Creek Park という野球場を建設。リトルリーグのための野球場としては全米一ともいわれる場所になっている。[1]

[編集] 著作

[編集] フィクション

  • 評決のとき A Time to Kill』(1989以下米国発表年) 同題で映画化
  • 『ザ・ファーム/法律事務所 The Firm』 (1991) 同題で映画化(see ザ・ファーム 法律事務所
  • ペリカン文書 The Pelican Brief』(1992) 同題で映画化
  • 『依頼人 The Client』 (1993) 同題で映画化
  • 『処刑室 The Chamber』 (1994)
  • 『原告側弁護人 The Rainmaker』 (1995)『レインメーカー』で映画化
  • 『陪審評決 The Runaway Jury』 (1996) 『ニューオーリンズ・トライアル』で映画化。
  • パートナー The Partner』 (1997)
  • 『路上の弁護士 The Street Lawyer』 (1998)
  • テスタメント The Testament』 (1999)
  • 『裏稼業 The Brethren』 (2000)
  • 『ペインテッドハウス A Painted House』 (2001)
  • 『スキッピング・クリスマス Skipping Christmas』 (2001)
  • 『召喚状 The Summons』 (2002)
  • 『The King of Torts』 (2003)
  • 『Bleachers』 (2003)
  • 『最後の陪審員 The Last Juror』 (2004)
  • 『大統領特赦 The Broker』 (2005)
  • 『奇跡のタッチダウン―報酬はピッツァとワインで― Playing For Pizza』 (2007)
  • 『The Appeal』 (2008)

[編集] ノンフィクション

  • 『無実 The Innocent Man』(2006 ISBN 0-385-51723-8)(邦訳:ゴマ文庫2008刊)

[編集] 関連項目

  • アカデミー出版 - ジョン・グリシャム作品が「超訳シリーズ」で刊行されている

[編集] 脚注

[ヘルプ]
  1. ^ 『週刊ポスト』2009年8月28日号、おぐにあやこ「ニッポンあ・ちゃ・ちゃ/モンスター<野球親父>」参照。

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ

最終更新 2009年9月25日 (金) 06:47 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【ジョン・グリシャム】変更履歴

ご利用上の注意