ジョン・シピン
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| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 | |
| 出身地 | |
| 生年月日 | 1946年8月29日(63歳) |
| 身長 体重 |
183cm 73kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| 守備位置 | 二塁手 |
| 初出場 | NPB / 1972年 |
| 最終出場 | NPB / 1980年 |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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ジョン・シピン(John White Sipin、 1946年8月29日 - )は、元メジャーリーグ選手、大洋ホエールズ、読売ジャイアンツで活躍したプロ野球選手。米国 カリフォルニア州ワトソンヴィル出身。右投げ右打ち。
目次 |
[編集] 来歴・人物
[編集] メジャーリーグ
1965年、セントルイス・カージナルスからドラフト55巡目で指名され契約。1969年5月、2対2のトレードでサンディエゴ・パドレスに移籍し、5月24日に2番セカンドでメジャーデビュー。1回裏のメジャー初打席で三塁打、4回裏の2打席目でも三塁打を打つという鮮烈なデビューを飾った。その後1番を打つこともあったが打率が伸びず、結局メジャー出場はこの1シーズンだけに終わった。
メジャー通算成績 68試合出場 229打数51安打 2本塁打 9打点 2盗塁 打率.223
[編集] プロ野球
1972年に大洋に入団し、常に3割を狙える安定した打撃を売りにクリーンアップの一角として活躍。好守にも定評があり、二塁手として1972年・1973年にゴールデングラブ賞を受賞。1970年代のプロ野球を代表する二塁手となった。その長髪といかつい髭から、当時の特撮番組「快傑ライオン丸」にちなんで「ライオン丸」の愛称で親しまれた。
1978年に金銭トレードで巨人に移籍し、長髪と髭をばっさり切った。巨人の第42代4番打者となっている。1980年、ケガのためシーズン途中で退団した。
[編集] エピソード
- 遊撃手の米田慶三郎(後に山下大輔)との二遊間は、当時リーグでも屈指の併殺率を誇った。特に送球の速さは抜きん出ており、一塁手の松原誠は、あまりにシピンの速球が速いため左手がしびれてしまい、捕球するのを嫌がったといわれている。
- ファッションに独特の哲学を持っていたようで、鬚に加え、サイケデリックな私服で球場入りしたり、ヘルメットを被って二塁の守備についたりと、「派手で奔放な野生児」というイメージがあった。しかし巨人に移籍してからは「紳士たれ」の教えによって没個性なファッションに変えられてしまったのだが、凶暴性が顔をのぞかせてしまったようで、実際移籍した1978年には2度も死球に怒ってマウンドに突進して投じた投手(大洋の門田富昭とヤクルトの鈴木康二朗)を殴って退場を宣せられたほどだ(大洋時代にも退場経験はあるが暴力がらみではなく、田中俊幸セ・リーグ審判の判定に激怒してホームベースに砂をかけたことによる)。
- 大洋時代は監督命令でも無視するため厄介者扱いされていたがクリート・ボイヤーには逆らわず彼の命令には「イエス・サー」と答えていたという。しかしボイヤーが退団した翌年=1977年には完全に厄介者扱いされこれが巨人移籍の原因になったという。
- 大洋時代は長嶋茂雄のことを「ナギー」や「シギィ」と親しみを主とした愛称で呼んでいたが、巨人に移籍してからは長嶋監督のことを「ミスター・ナガシマ」と、距離をおいた尊敬の念を持って呼んでいた。
- 大洋在籍時には巨人の小川邦和に独持のアンダースローで抑えられ、小川は"シピン殺し"と呼ばれた。
- がんばれ!!タブチくん!! のヤスダから「さすがジャイアンツじゃのう。シビンを持って試合かあー。」と突っ込みを入れられたことがある。
[編集] 所属球団
- 1972年~1977年 大洋ホエールズ
- 1978年~1980年 読売ジャイアンツ
[編集] 背番号
※巨人移籍に際しては、「11」をつけていた当時新人の角三男(現・盈男)から譲ってもらう形で大洋時代から愛用の番号を背負った。角はこの時「45」に変更し、さらに翌年に「12」に変更。シピン退団の翌年に元の「11」に戻している。
[編集] 年度別打撃成績
- 表中の太字はリーグ最多数字
| 年 度 |
球 団 |
背 番 号 |
試 合 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 死 球 |
三 振 |
打 率 |
順 位 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1972 | 大洋 | 11 | 120 | 448 | 55 | 125 | 20 | 4 | 22 | 219 | 76 | 3 | 0 | 3 | 35 | 75 | .279 | 14 | .331 | .489 | .820 |
| 1973 | 123 | 478 | 70 | 141 | 22 | 0 | 33 | 262 | 75 | 4 | 0 | 3 | 40 | 65 | .295 | 4 | .349 | .548 | .897 | ||
| 1974 | 115 | 408 | 65 | 125 | 12 | 2 | 25 | 216 | 73 | 6 | 0 | 2 | 60 | 55 | .306 | 6 | .395 | .529 | .924 | ||
| 1975 | 130 | 501 | 73 | 148 | 17 | 1 | 34 | 269 | 82 | 1 | 0 | 1 | 35 | 69 | .295 | 5 | .341 | .537 | .878 | ||
| 1976 | 111 | 424 | 61 | 130 | 17 | 2 | 30 | 241 | 74 | 2 | 0 | 2 | 31 | 76 | .307 | 9 | .354 | .568 | .922 | ||
| 1977 | 129 | 494 | 76 | 153 | 18 | 3 | 22 | 243 | 87 | 5 | 0 | 5 | 48 | 77 | .310 | 14 | .371 | .492 | .863 | ||
| 1978 | 巨人 | 116 | 375 | 52 | 118 | 19 | 1 | 16 | 187 | 63 | 5 | 0 | 2 | 49 | 57 | .315 | 10 | .394 | .499 | .893 | |
| 1979 | 117 | 432 | 70 | 135 | 17 | 1 | 27 | 235 | 74 | 3 | 1 | 2 | 43 | 73 | .313 | 4 | .375 | .544 | .919 | ||
| 1980 | 75 | 219 | 26 | 49 | 7 | 1 | 9 | 85 | 21 | 0 | 0 | 4 | 14 | 47 | .224 | - | .271 | .388 | .659 | ||
| 通算成績 | 1036 | 3779 | 548 | 1124 | 149 | 15 | 218 | 1957 | 625 | 29 | 1 | 24 | 355 | 594 | .297 | - | .358 | .518 | .876 | ||
[編集] タイトル・表彰
- ベストナイン:2回 (1972年、1973年)
- ゴールデングラブ賞:2回 (1972年、1973年)
- オールスターゲーム出場:5回 (1972年~1974年、1977年、1979年)
- 通算1000試合出場 1980年6月11日(217人目)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 選手の通算成績と情報 Baseball-Reference、Fangraphs、The Baseball Cube
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最終更新 2009年9月22日 (火) 13:33 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【ジョン・シピン】変更履歴

