ジョージ・シアリング
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| George Shearing | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生 | 1919年8月13日(90歳) |
| ジャンル | ジャズ, ビバップ, クール・ジャズ |
| 職業 | バンドリーダー, 作曲家 |
| 担当楽器 | ピアノ, アコーディオン |
| 活動期間 | 1937年- |
| レーベル | MGMレコード キャピトル・レコード コンコード・レコード |
| 共同作業者 | トゥーツ・シールマンス, メル・トーメ |
ジョージ・シアリング OBE(Sir George Shearing OBE、1919年8月13日 - )は、イギリス生まれのジャズピアニスト。アメリカに渡ってクール・ジャズの第一人者として活動し、作曲家としても「バードランドの子守唄」等のスタンダード・ナンバーを生み出した。
[編集] 来歴
ロンドン生まれ。生後間もなく盲目となるが、3歳でピアノを始める。音楽評論家/プロデューサーのレナード・フェザーに認められて、1937年頃から本格的にプロとして活動。イギリスでの活動期には、ステファン・グラッペリとも共演。
1947年にアメリカに渡る。1949年、ヴィブラフォンやエレクトリックギターを導入した編成のクインテットを結成し、MGMレコードと契約。同年、映画の挿入歌をアレンジした「九月の雨」の大ヒットで注目を浴びる。1952年、ジャズ・クラブ「バードランド」にちなんだ楽曲「バードランドの子守唄」を作曲。同曲は、ジョージ・デヴィッド・ワイスにより歌詞がつけられ、サラ・ヴォーン等多くのボーカリストにも取り上げられた。
1955年、キャピトル・レコードに移籍。1956年、アメリカに帰化。1950年代後半には、後にハーモニカ奏者として有名になるトゥーツ・シールマンスが、ジョージのクインテットにギタリストとして参加していた。また、ジョージはかねてからラテン音楽を好んでいたが、キャピトル・レコードからは、『ラテン・レース』『ラテン・アフェア』といった、ラテンに特化したアルバムも発表している。1961年には、モンゴメリー・ブラザーズ(ウェス・モンゴメリーが在籍)との共演アルバム発表。
1963年、アン・リチャーズとともに来日。このときシアリングが連れてきた盲導犬の検疫で1日入国が留保となり、記者会見が延期されるなどトラブルがあった。
1982年、メル・トーメとの連名によるライブ・アルバム『アン・イヴニング・ウィズ・ジョージ・シアリング&メル・トーメ』発表。同作は、翌年にグラミー賞のジャズ部門を受賞した。
1996年、大英帝国勲章を受勲。2007年、ナイトに叙勲される。
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年11月13日 (金) 20:08 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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