ジ・アンダーテイカー
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| ジ・アンダーテイカー | |
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| プロフィール | |
| リングネーム | ジ・アンダーテイカー パニッシャー・ダイス・モーガン マスター・オブ・ペイン ザ・パニッシャー マーク・キャラス テキサス・レッド |
| 本名 | マーク・ウィリアム・キャラウェイ |
| ニックネーム | デッドマン 怪人 暗黒の魔王 アメリカン・バッド・アス 地獄の墓堀人 |
| 身長 | 208cm |
| 体重 | 134kg |
| 誕生日 | 1965年3月24日(44歳) |
| 出身地 | テキサス州ヒューストン |
| 所属 | WWE |
| トレーナー | ドン・ジャーディン |
| デビュー | 1984年 |
ジ・アンダーテイカー(The Undertaker、1965年3月24日 - )は、アメリカ合衆国のプロレスラー。本名はマーク・ウィリアム・キャラウェイ(Mark William Calaway)。WWEを代表するスーパースターの1人である。
「怪人(The Phenom)」「デッドマン(The Dead man)」「地獄の墓堀人」「暗黒の魔王(Lord Of Darkness)」「プロレス史上最強のストライカー(The best pure striker in sports-entertainment history)」「心理戦の達人(master of mind games)」「アメリカン・バッドアス(American Bad Ass)」など数多くの異名を持つ。
目次 |
[編集] 概要
アメリカ合衆国テキサス州ヒューストン生まれ。ギミック上の出身地は死の谷とされている。リングネームのundertakerは墓堀人(本来の意味は葬儀屋)を意味する。番組やファンの間ではテイカーと略されることが多い。
その豊富な経験と実績でバックステージでの同僚のレスラーのリスペクトは高く、リーダー格の地位にある。入場・試合等での圧倒的な存在感からファンの人気も高く、ヒールを演じていてもブーイングが歓声にかき消されるほどである[1]。安定したレスリングテクニックもさることながら、当たり外れの大きい怪奇派ギミックを完璧にこなし、WWEで人気を得るための最も重要な要素であるマイクアピールを殆どせずに入場するだけで自分のペースに巻き込んでしまう[2]。
逆に、その圧倒的存在感がゆえに、王座戦線への絡みにくさ(一旦王座に就いたテイカーに負けブックを組むのが困難であること)[3]や対戦に値するレスラーの少なさが泣き所といえる[4]。現在のWWEを世界最大のプロレス団体にまで押し上げた最大の貢献者という意見もある。WWE最大の祭典レッスルマニアでは無敗の17連勝という記録を続けている。墓堀人ギミックの時は「雷を落とす」「敵の背後に姿を現し、後ろを振り返った瞬間に再び姿を消す」「敵の友人の顔が突然、血だらけになる幻が見える」などの超常現象を操れる魔力を持つというギミックがあり、魔力で敵を翻弄することから「心理戦の達人(master of mind games)」とも呼ばれる。
[編集] 来歴
[編集] 初期
ドン・ジャーディンのコーチを受けて、1984年にダラスのWCCW(フリッツ・フォン・エリック主宰)にてブルーザー・ブロディを相手にデビュー。当時のリングネームはテキサス・レッドだった。その後、メンフィスのCWA(後にWCCWと合併してUSWAと改称)に転戦し、マスター・オブ・ペインのリングネームで活躍。1989年4月にはジェリー・ザ・キング・ローラーを破りUSWAユニファイド世界ヘビー級王座を獲得。同年10月、覆面レスラーのザ・パニッシャーに変身してUSWAテキサス・ヘビー級王座も奪取した。
その後は初期のWCWに移籍、ポール・E・デンジャラスリーやテディ・ロングをマネージャーに、マーク・キャラスの名でダニー・スパイビーとのスカイ・スクレイパーズなどで活動するがパっとせず退団。この間、1990年3月にパニッシャー・ダイス・モーガン名義で新日本プロレスに初来日、スコット・ホールと組んでマサ斎藤&橋本真也のIWGPタッグ王座に挑戦している。当時はショートパンツにセミロングと、現在では想像もつかないようないでたちだった。
[編集] 1990年-1999年
1990年11月よりWWFに登場。怪奇派ヒールのジ・アンダーテイカーに変身し、サバイバー・シリーズにてテッド・デビアス軍のメンバーとしてデビュー。当初は言葉を話さない設定であったためブラザー・ラブがマネージャーに付き、後にポール・ベアラーに替わった。1991年からはハルク・ホーガンやアルティメット・ウォリアーなどトップ選手のライバルに抜擢され、同年のサバイバー・シリーズではリック・フレアーの介入もあってホーガンを破りWWF世界ヘビー級王座を獲得。しかし6日後にホーガンに王座を取り戻されている。
その後は彼出現以前のWWF一の怪奇派であったジェイク・ロバーツと組み、ランディ・サベージなどと抗争。1992年にロバーツと仲間割れしてベビーフェイスに転向、4月のレッスルマニア8にてロバーツを撃破した。この頃より、骨壷から発せられるパワーが無いと力を発揮できない、というギミックが加わる。同年下期にはカマラとの抗争において、彼の代名詞となる棺桶マッチも実現した。1994年1月、ロイヤルランブルでヨコズナとの棺桶戦に敗れ、「昇天」したため長期欠場。
同年のサマースラムで復帰し、当時デビアスの配下として働いていた偽アンダーテイカー(Evil Undertaker)を下す。約一年間、デビアス派閥ミリオンダラー・コーポレーションと抗争。1996年にはブレット・ハートとの王座戦を妨害されたことを発端にWrestleMania XIIでディーゼルと対戦して勝利。なお、この少し前に鼻骨を骨折したため、『オペラ座の怪人』風のフェイスマスクを着けて試合を行っていた時期がある。
WrestleMania XII翌日のRAWにてハードコア・マッチで名を上げたミック・フォーリーが怪奇派ギミックのマンカインドとしてWWFに登場して二人の抗争が始まり、マネージャーのベアラーの裏切り、サマースラムでの通称「ボイラールームでの決闘」を経て、イン・ユア・ハウスで史上初のベリード・アライブ・マッチが行われた。試合には勝利したものの直後にジ・エクスキューショナーに襲われ生き埋めにされる。しかしその場に雷が落ち、土の中から手が現れるというホラー映画さながらのシーンが演じられた。
1997年、WrestleMania 13のメインイベントではサイコ・シッドを下し二度目のWWF王座を獲得。サマースラムでショーン・マイケルズの誤爆によってブレット・ハートに王座を奪われ、以降はマイケルズとの抗争に発展。史上初のヘル・イン・ア・セルで決着が図られたが、試合中に以前よりベアラーによって存在のみが明かされていた、『火事で死んだと思われていたテイカーの弟』ケインが乱入し敗北。1998年WrestleMania XIVでのケイン戦ではツームストーン・パイルドライバー三連発の末に勝利。その後はマンカインドとの抗争が復活し、キング・オブ・ザ・リングで行われたヘル・イン・ア・セル戦ではマンカインドを金網の上から二度も転落させてWWEに残る壮絶な試合となった。
その後は7月にストーン・コールド・スティーブ・オースチンとのタッグでWWE世界タッグ王座を初戴冠。ストーンコールドと仲間割れ後はケインと破壊兄弟(Brothers of Destruction)を結成。しかし12月のストーンコールドとのベリードアライブ・マッチで仲間割れしたケインの乱入によって敗れ、生き埋めとなった。翌年に「死去した歴代の元WWFレスラー達の怨霊を吸収した」ことによって暗黒の魔王(Lord Of Darkness)のギミックで復活、ミニストリー・オブ・ダークネスという怪奇派ユニットを組織。団体の掌握を目論みビンス・マクマホンとの抗争を開始したが、後にステファニー・マクマホン誘拐のアングルを機にビンスと手を組みコーポレート・ミニストリーを結成。自身もストーンコールドを下して3度目のWWF王座、ビッグ・ショーとのタッグでタッグ王座を獲得するなどしたが、股関節の故障により9月より長期離脱、しばらく表舞台から姿を消していた。
[編集] 2000年-2003年
2000年5月にアメリカン・バッド・アスというアメリカの不良中年ギミックで再登場。これまでの怪奇派から大型バイクに乗っての入場や、バンダナの着用など、全く逆の不良中年スタイルが受け、ベビーフェイスの地位を確立。なおこのギミックは本人によれば「自分の普段のライフスタイル」とのことで、バイクも自前だったそうである。ケインと破壊兄弟を再結成し、タッグ王座を獲得した他、当時団体を掌握していたトリプルH、ストーン・コールド・スティーブ・オースチンと抗争。2001年のアライアンスとの抗争では破壊兄弟として主にタッグ部門で活躍し、初めてWWE・WCW両タッグ王座を同時に保持した。
アライアンスとの抗争が終結した同年11月、ジム・ロスを襲いヒール転向。WrestleMania X8でも対戦したリック・フレアーとの抗争では当時OVWに所属していた息子のデビッド・フレアーを襲撃するなど、極悪ぶりを発揮した。2002年のWWEのテレビ番組分割時にはフレアーによってRAWにドラフト1位指名で加入。5月にはまたもハルク・ホーガンからWWE統一王座を奪取した。こちらでもホーガンをバイクに縛りつけ引きずったまま走り回るなど、この時期の彼のヒールとしての迫力は特筆に値する。その一方で、ジェフ・ハーディーとのラダー・マッチで王座防衛後にはヒールでありながらジェフの大健闘を称えるなど、男気溢れる一面を見せた。
王座をスマックダウン所属だったザ・ロックに奪われたため、入れ替わりに移籍。移籍後はベビーターンし新王者ブロック・レスナーと抗争したが、ヘル・イン・ア・セルで死闘の末敗れ、怪我で休養。翌年に復帰後は番組GMステファニー・マクマホンと組んでレスナー&ビンス・マクマホンとの抗争が再燃。サバイバー・シリーズでのビンスとのベリードアライブ・マッチ中に暴走したケインの乱入により生き埋めにされ、再び姿を消す。
[編集] 2004年-2008年
2004年のWrestleMania XXにて、再び墓堀人ギミックで再登場してケインに勝利。同年よりフルタイムではなく実質的にはスポット参戦になったが、主にダッドリー・ボーイズやJBL、ハイデンライクなどと抗争。 2005年のWrestleMania 21でテイカーのレッスルマニア連勝記録にランディ・オートンが挑んで以降、2005年はオートン親子との抗争が続いた。ノー・マーシーにおけるランディ・オートン、カウボーイ・ボブ・オートンとの初のハンディキャップ形式棺桶戦でオートン親子に敗北。試合後、ランディに棺桶ごとガソリンで燃やされ、姿を消す。オートンは翌月のサバイバー・シリーズにて、エディ・ゲレロの急死に伴い代役としてRAW対スマックダウン番組対抗戦に出場、生き残りを果たした。この試合後棺桶が登場、稲妻が落ち、燃え上がる棺桶の中からテイカーが登場し復帰。オートンを「ガラスをふと見るとテイカーが映っていて、振り返ると誰もいない」「突然、父ボブの顔が血だらけになるように見える」などの得意の超常現象で翻弄し、アルマゲドンにおけるオートンとのヘル・イン・ア・セル戦では親子共々ツームストーン・パイルドライバーを与え勝利。
その後、姿を消していたが2006年ロイヤルランブルに登場。王座防衛した直後のカート・アングルの前に現れ、雷を放ってアングルの居るリングを破壊、王座挑戦を表明するも、ノー・ウェイ・アウトでの王座戦では激闘の末アングルに敗北。その後の再戦でテイカーの勝利目前で乱入してきたマーク・ヘンリーとWrestleMania 22で棺桶マッチを戦い、勝利した。その後はザ・グレート・カリとの抗争でラストマン・スタンディング・マッチで勝利、ケン・ケネディとの抗争ではアルマゲドンでのラスト・ライド・マッチでケネディを下す。
2007年、ロイヤルランブルでWWE在籍17年目にして初優勝し、レッスルマニアでの王座挑戦権を獲得。WrestleMania 23でバティスタを下し、初めて世界ヘビー級王座を獲得した。ところが5月にバティスタと金網戦で辛くも防衛に成功した直後にマーク・ヘンリーの不意打ちを食らいノックアウトされる。さらにエッジが現れてミスター・ケネディから奪い取ったマネー・イン・ザ・バンクの権利を行使。ボロボロのテイカーはエッジに世界ヘビー級王座を奪われる。これは、ハウス・ショーにて腕を負傷したためで、本来はテイカーが長期にわたって防衛するはずだったと言われる。その後は長期にわたって戦線離脱した。その年のアンフォーギヴェンで復活しマーク・ヘンリーに勝利。サイバー・サンデーでは、バティスタとの王座戦に挑んだが二度のバティスタ・ボムを受け敗北。サバイバー・シリーズでバティスタと決着を着けるべく、ヘル・イン・ア・セルでの王座戦に挑むが、勝利目前でリングサイドのカメラマンに扮していたエッジが乱入してテレビカメラで殴打され、鉄階段上コンチェアトを喰らい敗北。アルマゲドンではバティスタ、エッジとの三つ巴戦に望むがジ・エッジヘッズの乱入により敗戦。
2008年、No Way Out 2008にてエリミネーション・チェンバー・マッチで勝利し、レッスルマニア24での世界王座挑戦権を獲得すると本格的にエッジを含むラ・ファミリアと抗争開始。WrestleMania 24ではエッジとの王座戦にデビルズトライアングルでサブミッション勝ちを収め、世界ヘビー級王座を獲得、レッスルマニアでの連勝記録を16に伸ばした。しかし5月スマックダウンのGMでエッジのギミック上の恋人だったヴィッキー・ゲレロにデビルズトライアングルを禁止技にされた上、世界王座も剥奪されてしまう。剥奪された王座を懸けWWEワン・ナイト・スタンドにてエッジと自身初のTLC戦で争うも、ラ・ファミリアのメンバー全員からの襲撃を受け敗北、WWEから追放され姿を消す。その後エッジの浮気を巡り激怒したヴィッキーがエッジを制裁するべくSummerSlam 2008でのエッジとのヘル・イン・ア・セル戦での復帰を決定。これに勝利し、試合後にはハシゴの頂上からのチョークスラムでリングを貫通させ、炎を燃え上がらせてエッジを火葬した。その後はヴィッキーやビッグショーと抗争。ノー・マーシーではビッグショーにノックアウト負けを喫するがサイバー・サンデーではラストマン・スタンディング・マッチで勝利。さらにサバイバー・シリーズで行われた棺桶戦でも勝利した。
[編集] 2009年
2009年、ロイヤルランブルでもビッグショーに邪魔をされ敗退。ノー・ウェイ・アウトでのエリミネーション・チェンバー形式WWE王座戦では、最後の2人まで残るもトリプルHに敗北。その後レッスルマニアでの連勝記録にJBL、ショーン・マイケルズ、ウラジミール・コズロフが挑戦を申し出るが1対1でマイケルズが2人を下し、マイケルズの挑戦を受けることとなった。そしてレッスルマニア25での試合は30分を越え、歴史に残る名勝負の末マイケルズを下し、レッスルマニア連勝記録を17に伸ばした。
その後欠場していたがSummerSlam2009のジェフ・ハーディー対CMパンク戦にて復帰。試合後、CMパンクにチョークスラムを炸裂させ、世界ヘビー級王座戦線に乗り込んだ。9月13日のブレーキング・ポイントでは、CMパンクと世界ヘビー級王座を賭けて戦うも、かつてのモントリオール事件のような結末になり、敗北した。10月4日の自身の得意形式とするHell in a Cellで再びCMパンクと戦い、世界ヘビー級王座を獲得した。
[編集] 得意技
- ツームストーン・パイルドライバー
- WWE入団当時から使い続けている必殺技。首を掻き切る動作が合図。この技から相手をフォールする時は、相手の両手を胸の前に組ませ(葬送のイメージである)、自らは柔道の上四方固めのような体勢から上半身を反り、白目を剥いて大きく舌を出すのがお決まり。同系の技で負傷者が続出した経緯があり、バッド・アス時代にはWWEでは禁止技にされており、レッスルマニアなどの大試合でのみ使用していた。現在ではテイカーとケインのみが使用を許可されている。
- チョークスラム
- 決める前に大きく右手を振りかぶるのが合図。
- ラストライド
- アメリカン・バッド・アス時代に使い始めた必殺技。右拳を挙げるのが合図。メインの必殺技をツームストーンに戻してからはニア・フォールやカウンターを喰らうことが多い。
- 相手がコーナーに上ってパンチを連発している場面へのカウンターとして使われることもある。特に大型選手相手にラストライドを決める場合はこのパターンが多い。
- ヘルズゲート
- 2008年1月から使うようになった必殺技。デビルズゲートや、ゴゴプラタとも呼ばれることがある。ツームストーンが決められないような大型選手相手に使われることが多い。この技を受けた相手は必ず口から吐血して失神する(ギミック上の演出)。
- 以前はトライアングルチョーク(三角絞め)を多用していた。
- オールド・スクール
- 相手の片腕をねじり上げつつ、自身はトップロープを歩き、飛び降りざまにチョップを当てる。師匠のドン・ジャーディン直伝のムーブ。
- T.C* .B(Take Care of Business、ドラゴン・スリーパー)
- 基本的には立った状態で出す技を言う。バッド・アス時代に良く使用。
- フライング・クローズライン
- 210cm近い巨体でリングを俊敏に駆け回り、大きくジャンプして相手にクローズラインを見舞う。トップロープからのダイビング式で決めることもある。
- ランニングDDT
- ロープワークの攻防から、フライング・クローズラインを警戒して身を屈めた相手の首を捕らえてDDTを決める。近年は使用機会が少なくなった。
- トップロープ越えのノータッチ・トペ
- レッスルマニアなど、大勝負の時にだけ見られる大技。場外に居る相手に向けて助走をつけてトップロープを飛び越え、頭から体当たりしていく。そのジャンプ力は並みの軽量級レスラーをも上回るもので、彼の驚異的な身体能力を如実に物語る技である。
- ヘル・イン・ア・セル戦では、ロープの間を潜り抜ける通常のトペ・スイシーダを見せたこともある。
- スネーク・アイズ
- 相手をうつ伏せに肩に担いで、顔面をターンバックルに叩き付ける。この後ランニング・ビッグ・ブート、レッグドロップを放つ。
- レッグドロップ
- ランニング・ビッグ・ブートの後に追い討ちをかけたり、ボトム・ロープの下に相手を固定しエプロンで使用することが多い。
- パンチ、アッパーカット、ボディブロー
- オープンフィンガーグローブを着用している。
- サイドウォーク・スラム
- 片腕で相手を抱え上げることが多い。
[編集] 獲得タイトル
- WWF / WWE
- WWF・WCW統一王座 : 1回
- 世界ヘビー級王座 : 3回
- WWF世界ヘビー級王座 : 3回
- ハードコア王座 : 1回
- WWFタッグ王座 : 6回
- (w / ストーン・コールド・スティーブ・オースチン : 1回)
- (w / ビッグ・ショー : 2回)
- (w / ザ・ロック : 1回)
- (w / ケイン : 2回)
- RAW 10th Anniversary Entrance部門 受賞
- WCW
- WCW世界タッグ王座(w / ケイン : 1回)
- USWA
- USWAユニファイド世界ヘビー級王座 : 1回
- USWAテキサスヘビー級王座 : 1回
[編集] 決め台詞
- Rest in peace(レスト・イン・ピース)
- 「安らかに眠れ」の意。欧米で墓碑に書かれる慣用句。
- This is my yard!
- 「ここ(リング)は俺の庭だ」バッドアス時代からの決め台詞。墓堀人ギミックに戻って以降も稀に使う。
- Deadman walkin'
- バッドアス時代の入場時のイントロでテイカーが言う言葉(入場曲が「American Bad Ass」の頃を除く)。バッドアス時代のテイカーは歩かずにバイクに乗って入場することが多いことからも分かるように、この場合のDeadmanとは「テイカー(デッドマン)が歩いている」という意味ではない。これは死刑囚が処刑場に向かって歩くことを指している。つまり、「テイカーが死刑囚(対戦相手)を処刑する」ということである。
- Try me, I'll make you famous!
- 「かかってこい!俺がお前を有名にしてやる!」これはミック・フォーリーなどに代表されるようにテイカーにボコボコにされることによって有名になったレスラーが多くいたことからきている。
[編集] 入場曲
- Miracle Man (Ozzy Osbourne)
- 新日本プロレス時代に使用
- China White (Scorpions)
- The Grim Reaper
- Graveyard Symphony
- Ministry
- Rest in Peace
- Dark Side
- American Bad Ass (Kid Rock)
- 墓堀人からバイカーギミックにターンする際に使用。イメージチェンジに一役買った。
- 2003年の「WrestleMania19」ではテイカーの入場時にリンプ・ビズキットがこの曲を生演奏した。
- Dead Man
- You're Gonna Pay
- The Darkest Side - 現在使用中
- イントロ部分で稲妻が落ちたり、雷が鳴り響いたりといった演出がなされる。
[編集] エピソード・その他
- レッスルマニア13での王座戦という大舞台の前日に交通事故により怪我をしていたという。それでもなお試合に勝利し王座を獲得している。
- かの有名なマンカインドとのヘル・イン・ア・セル戦においても、足首を剥離骨折した状態で出場している。
- バイクが趣味であり欠場中などはバイクラリーに参加しているという。
- また、彼のバイクは一見ハーレーダビッドソンに見えるが実際はそれらをオーダーメイドで職人がカスタムしたタイタンというバイクで値段は一台10万ドル単位であるらしい。ちなみにバイカーギミック時代に使っていたバイクはテイカー自身の私物である。
- MMAの大ファンであり、プライベートでUFCの観戦に来ている姿が頻繁にテレビに写っている。自身のプロレスの試合でも常にオープンフィンガーグローブを着用して、稀にMMAの技を使っている。元UFC世界ウェルター級王者マット・ヒューズとは仲が良いらしく、ヒューズを激励しに控え室を訪れたことがあった。また、ボクシング世界王者のマニー・パッキャオの応援のため、一緒に入場したこともある。
- レスラーの中で非常に重要な地位を保持しているため、怠慢な試合を続けたビッグ・ショーをロッカールームで叱り飛ばしたり、入団当初挨拶に行かず会場を歩き回っていたショーン・オヘアを見て「あの小僧は挨拶もできねえのか」と愚痴をこぼし、その結果オヘアが暫く干されたことがある。さらには若手レスラーたちのよき相談相手にもなっており、彼の発言や行動が他のレスラーに少なからぬ影響を与えることがある。また、レスラーに対する理不尽な扱いを嫌うことでも有名で、たびたび怒りをあらわにしている(モントリオール事件、ボブ・オートンを参照)。
- 2007年にビジネスパートナーと共にコロラド州のラブランドに270万ドルのビルを建設した。
- 引退後は不動産業に手を伸ばす予定であるとのこと。
- 腕のタトゥーは左腕が城と蛇。右が髑髏と三人の老人。喉元には妻サラの名前のタトゥーが彫られている。
- トリプルHはステファニー・マクマホンとの結婚について思い切りがつかなかったとき、テイカーに相談した。
- 弟であるケインとのアングルは人気の一つである。中でも最も支持されているアングルの一つに破壊兄弟(Brothers of Destruction)が挙げられる。そのギミックと相まって通常のタッグ戦線で活躍するタッグチームとは一線を画する、ある種別格の存在感を放っており、ファンの間にとどまらず団体からも一目置かれており(このタッグが復活するとほぼ必ずアナウンスが入り、注目カードとして扱われることからもその存在の大きさが垣間見える)、一つの重要なパーソンといえる。タッグだけでなく二人の抗争も幾度と無く行われており有名な物にリングの周りを炎で囲ったインフェルノマッチなどがある。また、兄弟(ギミック)ということもあり抗争の理由も「両親の墓を賭けて」など非常に独特である。この兄弟ギミックは現在も続いており、2008年末現在ケインはヒールでありながらブーイングよりも声援を多く受けている。
- 過去に抗争相手として現れた偽テイカー(ブライアン・ハリス)は彼の親友である。
- 長いレスラー人生においてタップアウト負けが2009年Breaking PointでのCMパンク戦の一度しかない(ただし、この一戦では策略によりタップしていないにも関わらずタップを取られたため、厳密には一度もないことになる)。
- 210cmの巨体にもかかわらず非常に身体能力が高く、ロープの上を渡ったりトップロープ越えのノータッチトペを決めたり出来るなど長身レスラーにはあまり見られない動きをすることが出来る。
- また、全盛期からの衰えは見られるものの、ロープワークの俊敏さもアピールポイントの一つである。
- サバイバーシリーズ以来の長期欠場期間から復帰した際には暗黒大魔王という形のギミックでもあった。
- 入場時のパフォーマンスで、帽子を取ると白目を向く。日本大会でコスプレするファンがこれをネタにしている他、フジテレビ「WWE-X」では、実況の三村ロンドが「白目キター!」と絶叫し(すかさず解説のMr.ビーフジャーキー(ブラザートム)が、「キター言うなよ」とツッコミを入れる)、2005年2月5日のさいたま大会では、サインボードにするファンも出現した。
[編集] レッスルマニア無敗伝説
前述の様に、テイカーは初登場以来レッスルマニアにおいて負けブックが書かれたことが無い。以下はレッスルマニアにおける戦歴である。
現在、実況などで「テイカーは17勝0敗で、17人のスーパースターがテイカーに挑んで敗れた」などとよくいわれる。これは単純に「毎年1試合で1名ずつ倒した」とも受け取れる表現である。しかし、ケインとは2回戦っており重複する。一方、Aトレイン&ビッグショーとは1対2のハンディキャップ戦であった。その結果として、テイカーとレッスルマニアで戦った相手の数は、試合数と同じ17名である(試合数と対戦したレスラーの合計人数が一致しているのは偶然かも知れないがハンディキャップ戦とケイン(2回目)は連続なので意図してやったとも言える)。
| 回 | 倒した相手 | 決着 |
|---|---|---|
| WrestleMania VII (1991年) | ジミー“スーパーフライ”スヌーカ | pin fall |
| WrestleMania VIII (1992年) | ジェイク“ザ・スネーク”ロバーツ | pin fall |
| WrestleMania IX (1993年) | ジャイアント・ゴンザレス | DQ |
| WrestleMania XI (1995年) | キングコング・バンディ | pin fall |
| WrestleMania XII (1996年) | ディーゼル | pin fall |
| WrestleMania XIII (1997年) | サイコ・シッド | pin fall |
| WrestleMania XIV (1998年) | ケイン | pin fall |
| WrestleMania XV (1999年) | ビッグ・ボスマン | pin fall |
| WrestleMania XVII (2001年) | トリプルH | pin fall |
| WrestleMania XVIII (2002年) | リック・フレアー | pin fall |
| WrestleMania XIX (2003年) | Aトレイン&ビッグショー | pin fall |
| WrestleMania XX (2004年) | ケイン | pin fall |
| WrestleMania 21 (2005年) | ランディ・オートン | pin fall |
| WrestleMania 22 (2006年) | マーク・ヘンリー | casket |
| WrestleMania 23 (2007年) | バティスタ | pin fall |
| WrestleMania XXIV (2008年) | エッジ | submit |
| WrestleMania XXV (2009年) | ショーン・マイケルズ | pin fall |
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ 絶大な人気を誇るハルク・ホーガンと敵対する極悪非道のヒールを演じる場合でさえも、ブーイングを上回る大歓声を受けた。また、カート・アングルは「プロレスの歴史においてハルク・ホーガン、ストーン・コールド・スティーブ・オースチン、ザ・ロックをはじめ、ショーン・マイケルズやトリプルH、エディ・ゲレロにクリス・ベノワ、そして僕もトップリストに入る。だがテイカーは別格だ。彼らも僕も素晴らしいが、僕の知る限りアンダーテイカーこそが史上最高のレスラーだ。テイカーの存在全てがWWEを特別なものにしているんだ。これほど長い間WWEが成功しているのは長年テイカーがトップでWWEを率いてきたからだ」と大絶賛している。
- ^ このような観点から、アンダーテイカーこそが、数少ない怪奇派の完成された形の一つであるとする声も強い。
- ^ そのためか、王座戦線とは縁遠く、長いキャリアと実力の割には最高位の王座歴は6度しかない。
- ^ 目下のところ、ブランド最上位の王座を安定して保持する実力のレスラーが主なテイカーの好敵手となっている。しかし2003年には当時のWWE王者ブロック・レスナーとUS王者ビッグ・ショーの二人を相手にテイカー1人が1対2のハンディキャップ戦を戦い、それでもテイカーが勝ったことからも分かるように、テイカー相手にフォール勝ちのブックを組むことがいかに重大なことかが表れている
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年11月11日 (水) 14:07 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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