スズキ・MotoGP
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| スズキ・MotoGP | |
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| 2009年の チーム名 |
リズラ・スズキ・MotoGP |
| 本拠地 | |
| 代表 | ポール・デニング |
| ライダー | 7 クリス・バーミューレン 65 ロリス・カピロッシ |
| マシン | スズキ・GSV-R |
| タイヤ | ブリヂストン |
| ライダーズ チャンピオン |
5回 1976年 バリー・シーン 1977年 バリー・シーン 1982年 フランコ・ウンチーニ 1993年 ケビン・シュワンツ 2000年 ケニー・ロバーツJr. |
スズキ・MotoGP ( Suzuki MotoGP ) は現在リズラ・スズキ・MotoGPの名前でロードレース世界選手権MotoGPクラスに参戦するスズキのワークス・レーシングチーム。
[編集] 歴史
スズキは1974年にロードレース世界選手権500ccクラスにバリー・シーンとジャック・フィンドレーをライダーに、RG500を駆ってワークスチームとして参戦を開始する。開幕戦でシーンが2位を獲得したのがその年のベストリザルトとなった。翌1975年、アッセンでシーンがポール・トゥ・ウィンを遂げ、チームに初優勝をもたらした。この年シーンは2勝、シリーズ6位となった。
シーンは翌1976年シーズンに5勝を挙げ、ワールドチャンピオンに輝いた。1977年にも6勝を挙げ、2年連続でタイトルを獲得した。1977年にはシーンのチームメイトのスティーブ・パリッシュはシリーズ5位になった。
1978年にはニューマシンのRGAを投入したが、シーンはヤマハのケニー・ロバーツに破れシーズン2勝・シリーズ2位に終わった。チームメイトのウィル・ハルトグも同じく2勝を挙げ、シリーズ4位に入った。翌1979年もニューマシン・RGBを投入したが、ロバーツの連覇を阻むことは出来なかった。スズキ勢はヴァージニオ・フェラーリ、シーン、ハルトグがそれぞれシリーズ2位、3位、4位に入った。
1980年にはランディ・マモラが新たにチームに加入した。ロバーツの3連覇を許してしまうが、マモラがシリーズ2位、マルコ・ルッキネリが3位に入った。ルッキネリは翌1981年に、ニューマシンRGΓを駆ってワールドチャンピオンを獲得する。
1982年、ホンダに移籍したルッキネリの代わりにフランコ・ウンチーニが加入する。彼はシーズン5勝を挙げワールドチャンピオンに輝く。ウンチーニは翌1983年のアッセンTTで重傷を負ってしまい、タイトル防衛に失敗する。この年をもって、スズキはワークス活動を一時休止する。
3年の休止期間を経て、1987年にスズキは限定的なワークスサポートを再開し、ライダーの伊藤巧とケビン・シュワンツは良好な結果を残した。翌1988年には完全なワークスチームとして復活し、シュワンツはシーズン2勝を挙げシリーズ8位、チームメイトのロブ・マッケルニアはシリーズ10位に入った。
1989年にはシュワンツはシーズン6勝を挙げるもシリーズ4位、1990年は5勝を挙げシリーズ2位、チームメイトのニール・マッケンジーはシリーズ4位に入った。1991年にもシュワンツは5勝を挙げシリーズ3位を獲得。1992年にはダグ・チャンドラーがチームメイトになり、シュワンツが1勝でシリーズ4位、チャンドラーが5位に入った。
1993年、シュワンツはシーズン4勝を挙げ、遂に念願のワールドチャンピオンを獲得する。新たにチームメイトになったアレックス・バロスも1勝を挙げ、シリーズ6位に入った。
1994年にはシュワンツは2勝を挙げシリーズ4位、バロスはシリーズ8位に入った。翌1995年シーズンの序盤で、シュワンツはレーサーを引退する。もう一人のライダーダリル・ビーティーがシーズン2勝を挙げ、シリーズ2位に入る活躍を見せた。シュワンツの後継としてスコット・ラッセルがチームに加入した。
1996年シーズン、ラッセルはシリーズ6位に入ったが、ビーティーは開幕前の重傷が影響してシリーズ18位に終わった。
1997年にはアンソニー・ゴバートがビーティーのチームメイトになる。ビーティーはシリーズ11位、ゴバートは15位に終わった。ビーティーが一度5位に入ったのがチームの最高位だった。
1998年は、青木宣篤と藤原克昭という日本人ペアでシーズンを戦うはずであったが、藤原は開幕前のテストで重傷を負ってしまい、宣篤の1台体制となった。宣篤はシリーズ9位、最高位は4位だった。
1999年、宣篤のチームメイトにケニー・ロバーツJr.が加入する。ロバーツJr.は1995年以来4年ぶりとなる勝利をチームにもたらし、シーズン4勝を挙げシリーズ2位を獲得した。宣篤はシリーズ13位に終わった。
翌2000年、ロバーツJr.はシーズン4勝を挙げ、ワールドチャンピオンに輝く。宣篤はシリーズ10位だった。
2001年にはセテ・ジベルナウがロバーツJr.のチームメイトになりRGV500を駆ることになった。ジベルナウは1勝を挙げシリーズ9位、ロバーツJr.は11位に終わった。
MotoGPクラスが始まった2002年シーズン、ロバーツJr.とジベルナウは新しい4ストロークマシンのGSV-Rで戦うことになった。ロバーツJr.がブラジルGPで獲得した3位表彰台がチームの最高成績となり、ロバーツJr.はシリーズ9位、ジベルナウは16位に終わった。
翌2003年は、ジョン・ホプキンスが新たにロバーツJr.のチームメイトとなる。ホプキンスがスペインGPで7位に入ったのが最高位で、ロバーツJr.はイタリアGPでのクラッシュで3戦を欠場するなどチームは大苦戦し、ホプキンスがシリーズ17位、ロバーツJr.が19位に沈んだ。
2004年はライダーのラインナップに変更はなかったが、タイヤをミシュランからブリヂストンに変更した。ホプキンスがシリーズ16位、ロバーツJr.が18位と苦戦は続いた。
2005年もライダー体制に変更はなかった。ロバーツJr.は雨のイギリスGPで2位表彰台を獲得したがシリーズ13位、ホプキンスは14位に終わった。
2006年はクリス・バーミューレンがホプキンスのチームメイトになった。ホプキンスはシリーズ10位、バーミューレンはオーストラリアGPで2位表彰台を獲得しシリーズ11位に入った。
2007年はライダーのラインナップに変更は無く、新しい800cc仕様のGSV-Rでシーズンを戦うことになった。バーミューレンがチームにMotoGPクラス初優勝をもたらし、シリーズ6位に入った。ホプキンスも安定した走りで4回表彰台を獲得、シリーズ4位に入った。
2008年はロリス・カピロッシがバーミューレンのチームメイトになり、バーミューレンが2度の3位表彰台でシリーズ8位に入り、カピロッシが1度の3位表彰台でシリーズ10位に入った。
2009年もライダーラインナップに変更はなく、スズキは最高峰クラスへの参戦を続ける。
[編集] 外部リンク
- suzuki-motogp.com 公式ウェブサイト
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| マルボロ・ドゥカティ | レプソル・ホンダ | リズラ・スズキ | フィアット・ヤマハ | グレシーニ・ホンダ | |||||||
| 27 | 3 | 7 | 46 | 15 | |||||||
| 69 | 4 | 65 | 99 | 24 | |||||||
| プラマック・ドゥカティ | ハヤテ・カワサキ | テック3・ヤマハ | LCR・ホンダ | スコット・ホンダ | |||||||
| 36 | 33 | 5 | 14 | 41 | |||||||
| 88 | 52 | ||||||||||
最終更新 2009年8月12日 (水) 04:53 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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