スパイス・ガールズ

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Spice Girls
基本情報
出身地 イングランドの旗 イングランド ロンドン
ジャンル Pop、Europop
活動期間 1994年 - 2001年
2007年 - 2008年
レーベル Virgin1995年-2001年)
19(2007年 - 2008年
公式サイト www.thespicegirls.com
メンバー

ヴィクトリア・ベッカム (1994-2001, 2007-2008)
エマ・バントン(同上)
メラニー・チズム(同上)
メラニー・ブラウン(同上)

ジェリ・ハリウェル(1994-1998, 2007-2008)
  

スパイス・ガールズ (Spice Girls) は、1996年デビューしたイギリス出身女性5人で構成されたグループ。ガールパワーをキャッチフレーズに、wannabe2become1などのヒット曲で世界中を席巻した女性アイドルシンガーである。

2001年に活動を停止。2007年6月、一時的に再結成して世界ツアーを行うと発表した。

目次

[編集] メンバー

ジェリ・ハリウェル(Geri Halliwell、1972年8月6日 - ) - 愛称Ginger Spice
赤毛と露出の多いセクシーな衣装が特徴。最年長でリーダーだったが、1998年に最初に脱退した。
メラニー・チズム(Melanie Chisholm、1974年1月12日 - ) - 愛称Sporty Spice。通称メルシー (Mel C)
メンバー随一の歌唱力と声量の持ち主でソロパートを多く持つ。ソロのシンガーとして最も成功した。
ヴィクトリア・ベッカム(Victoria Beckham、1974年4月17日 - ) - 愛称Posh Spice
ブルネットのストレートヘアーと、長い手足、スリムなスタイルが特徴。イングランドサッカー選手、デビッド・ベッカムの妻としても有名。旧姓はアダムス (Adams)。wannabeでは唯一ソロパートが無い。
メラニー・ブラウン(Melanie Brown、1975年5月29日 - ) - 愛称Scary Spice。通称メルビー (Mel B)
縮れた髪、褐色の肌、ハスキーな歌声が特徴。結婚後にMel Gに改称したが、離婚後Mel Bに戻す。2007年4月にエディ・マーフィーの子供(女児)を出産。
エマ・バントン(Emma Bunton、1976年1月21日 - ) - 愛称Baby Spice
ブロンドの髪と子供っぽい表情や声が特徴。2002年、女王陛下の記念コンサートにもソロで出演し、シュープリームスの曲を歌った。

[編集] 来歴

[編集] 1994年

3月、イギリスの雑誌『The Stage』が「18歳から23歳まででダンスができて歌が唄える女性」募集した。この広告に約2000人の女性が応募し、「個性的で、ファンのみんながメンバーの誰かにあてはまる」ようなグループを目指し、メラニー・クリスホルムヴィクトリア・アダムスメラニー・ブラウンジェリ・ハリウェル、ミシェル・ステファンソンの5人の女性が選ばれた。当初のグループ名は「Touch」だった。6月、レコーディング中にメンバーのミシェルが乳がんになった母親の看病のためグループから離れることになり、エマ・バントンが新しくグループに加わった。10月にはツアー活動を始め、プロデュース・チーム、Absoluteと出会う。そこで、19 Managementというエンターテイメント会社のサイモン・フラー氏と出会う。

[編集] 1995年

3月にはヴァージンとレコード契約。5人はイギリスのメイデンヘッドという所で一緒に暮らすようになり、ダンスレッスン、デモテープの制作に励んだ。10月にデビューから付き添っていたマネージャーを解雇(理由に支配されすぎたということがあった)。また、同じ日にエリオット・ケネディをマネージャーに迎える。そしてエリオットは新しいグループ名として「Spice」と名づけた。しかし、イギリスに同じ名前のバンド名があったことと、メディアが"Spice Girls"と表記するようになったことからグループ名は正式にSpice Girlsになった。ここから1996年の夏まで、アメリカ西海岸でツアー中にスパイス・ガールズはデビュー・アルバムのために曲を書いていた。

[編集] 1996年

1996年7月8日、デビュー曲Wannabeイギリスでリリース。またこの曲のミュージック・ビデオが音楽チャンネルを支配するようになった。1週目はチャート3位だったが2週目には1位をマーク(7週連続)。日本ではフジテレビ系列で深夜に放送されていた音楽番組BEAT UK』ではUKシングルチャートトップ20で初登場1位を獲得した。イギリスの音楽番組『Top Of The Pops』に出演し、同局の雑誌で、ヴィクトリアにはポッシュ(上品で気取った)・スパイス、メラニーCにはスポーティー・スパイス、メラニーBにはスケアリー(恐ろしい)・スパイス、エマにはベイビー・スパイス、脱退したジェリにはジンジャー・スパイスというニックネームがつけられた。

Wannabeは世界31カ国でチャート1位となる。これは女性グループとしてだけではなく、デビュー曲としても記録的な売り上げと言われる。イギリスの歌手がアメリカ市場で人気を得るのは難しいが、この曲はビルボードチャートで1週目で11位をマーク。ビートルズの12位の記録を塗り替えた。11月、アルバムSpiceヨーロッパでリリース。7週間でイギリスだけで100万8,000枚を売り上げ、ビートルズの売り上げ記録を抜いてトップになる。トータルで300万枚を売り上げ、15週間アルバム・チャート1位をマークした。10月には2ndシングル、Say You'll Be There、12月には2Become1をリリース。この2曲は53カ国で1位を記録した。特に2Become1は、クリスマス・ソングとして大人気であった。デビュー・アルバムSpiceからの最後のシングルカットとして、Mama / Who Do You Think You Areをリリース。これも、チャート1位となった。

[編集] 1997年

デビュー・アルバムはヨーロッパで1997年に最高の売上(800万枚)となり、プラチナ・レコード(×8)に認定された。アメリカでもアルバム・チャート1位をマークし、同国でも1997年最も売り上げたアルバムとして、プラチナ・レコード(×7)に認定された。また日本でも100万枚以上を売り上げた[1]

11月には2ndアルバム、Spiceworldをリリース。同アルバムからのシングル、Spice Up Your Lifeをリリース。アルバムはすぐに世界中で人気となり、2週間で700万枚を売り上げるという最速記録をマークした。ヨーロッパカナダ、アメリカではそれぞれ1,000万枚を売り上げた。それからはToo MuchStopViva Foreverをリリース。このうちStopだけがイギリスチャート2位にとどまった。ちなみにToo Muchは1997年のクリスマス・ソングとしても人気があった。しかしながら、アメリカで「デビューから2枚目のアルバムをリリースするまでの期間が早すぎる」という批判があり、メンバー自身「私生活があまりにもメディアに報じられすぎている」という苦難もあった。また、約20社もの企業とスポンサー契約を結んでいたこともプレッシャーだったと後にメンバーは語っている。

そして、この辺りから母国イギリスを除く各国のチャートでは衰えが見られるようになっていった。それでも1997年、1998年の両年で最も売り上げた歌手として認められた。この年の6月には映画、スパイス・ザ・ムービーの製作にとりかかった。内容はスパイス・ガールズが初ライブ前夜にマネージャーと喧嘩をして失踪してしまうというコメディーエルトン・ジョンロジャー・ムーアなどの有名人も多く出演した。7千万ドルを世界中で売り上げた。もっとも、この映画はゴールデンラズベリー賞に複数部門でノミネートされ、最低主演女優賞を受賞した。11月にはマネージャーとサイモン・フラーを解雇。理由として自由が制限されすぎたというものがあった(メンバーのジェリとメラニー・ブラウンが特に嫌っていたという説がある[要出典])。

[編集] 1998年

この年の早い頃に、スパイス・ガールズは102日に及ぶヨーロッパ北アメリカツアーをはじめる(2月24日にアイルランドダブリンで始まった)。メンバーのジェリが胃腸炎で最後の2公演、オスロノルウェー公演を休んだ。このころからジェリがメンバーに幻滅し、脱退するという噂がながれはじめた。このツアーの後もいくつかのパフォーマンスをジェリは休んでいたので脱退は確実視されつつあった。5月31日にジェリの弁護士を通じて脱退が発表された。またジェリは次のようなコメントを残している。「残念なことに、私はスパイス・ガールズから脱退したことをお伝えします。私達には違いがあったからです。これからもスパイス・ガールズは成功し続けていくと思います。追伸、また戻ってきます」ジェリは過度の疲れと自由な時間が無いこととを告白し、メラニー・ブラウンとの不仲説がながれた。残った4人のメンバーで北アメリカのツアーを続けた。ジェリの脱退はグループに混乱をもたらし、予定されていたライブ・アルバムのリリースもキャンセルされた。

7月20日にシングル、Viva Foreverをリリース。ジェリの脱退後のリリースとなった。同曲のビデオはスパイス・ガールズはアニメとして出演している。理由に、世界ツアーで忙しかったことと、ジェリが脱退して撮影が不可能になってしまったということ(結局ビデオでは5人のスパイス・ガールズがアニメとして出演した)。また、この曲の次にNever Give Up On The Good Timesもリリース予定だったが、レコーディング、編集の時間が無いことと、ジェリの脱退でビデオが作れないという理由でキャンセルされた。クリスマスにはGoodbyeをリリース。この曲はジェリ脱退前に作詞されており、ジェリへの感謝の意をこめたリリースとなった。また、スパイス・ガールズ自身3度目の大ヒットクリスマス・ソングにもなった。またカナダでは16週間チャート1位をマークし、1990年代に最も成功を収めた曲となった。

[編集] 2000年

11月にアルバム、Foreverをリリース。今までとは違い、R&Bの制作陣を迎えたが、ファンの反応はいまいちだった。USチャートではアルバム・チャート39位と振るわず、イギリスチャートでは同じ頃にウエストライフがデビューし、そのデビューアルバムに負けてしまった。このアルバムからのリード・シングル、Holler / Let Love Lead The Wayをリリース。これはスパイス・ガールズにとって9度目のUKチャート1位をマークしたが、ビルボードチャート100にはランクインしなかった(Hollerはダンス・ミュージックチャートで31位をマークした)。アルバムのプロモーション活動として、グループを2つに分けて活動するようになった。エマとヴィクトリアがアメリカを、2人のメラニーがヨーロッパを主に活動していた。この頃からメンバーはソロ活動を始めた。

[編集] 2001年

活動休止を発表。ソロ活動に専念しはじめる。

[編集] 活動休止後

  • 2006年9月、ジェリ・ハリウェル出演のヨガDVD『セレブ・ビューティ ヨガ』が日本で発売される。
  • 2006年10月、自身の自叙伝のプロモーション活動のためラジオ番組に出演していたメンバーのヴィクトリアが再結成についてコメント。「スパイス・ガールズの再結成はありえないと思います。私達は今個人の活動をしていてそれに満足しています。それに子供もいます。私自身、ステージ上で踊りまわっているのを想像できません。なので、再結成はないでしょう」
  • 2007年3月、メラニーCが再結成が起こるとは信じていないと報じられた[要出典]
  • 2007年5月、デイリーメールが、クリスマスに再結成コンサートをするのではないかと報じた。メンバーのヴィクトリアの夫、デイビッド・ベッカムロサンゼルスのサッカークラブ、ロサンゼルス・ギャラクシーへと移籍するにあたって、ヴィクトリアはロスを新しいスパイス・ガールズの"家"にしたがっている。また、そのクリスマスのコンサートでアメリカでの名声を得たい模様。また、可能ならば、再結成に否定的なメラニーCを説得させるようだ、との内容。
  • 2007年5月20日、ニュース・オブ・ザ・ワールドが、スパイス・ガールズが戻ってきたと報じた。クリスマスに新曲を発表するようで、4度目のクリスマス・ナンバー1シングルを目指す。エマと脱退したジェリがスタジオ入りした写真が記事とともに報じられている。
  • 2007年6月22日、『ピープル』誌が、メルBの代理人の話として、メルBが同年4月に出産した女児の父親がDNA検査でエディ・マーフィーと判明したと報道。元恋人のマーフィーは父親でないと否定していた。

[編集] 再結成

2007年6月28日、記者会見をひらき、"The Return of the Spice Girls"と題した世界ツアーを決行すると発表。ベスト盤も11月5日に発売される予定だったが、同じ日にウエストライフもアルバムをリリースするため、1週間後に遅らせた。結局再結成後初のシングル、永遠のヘッドラインはUKチャート11位におわり、アルバムもチャート2位にとどまった。

記者会見で発表されたツアースケジュールは以下の通り。(後に変更)

2007年11月15日、ハリウッドのコダック劇場で、世界ツアーに先駆けた再結成記念ライブを行った。

[編集] 記録と達成

  • 2000年2月までに、スパイス・ガールズはトータルでアルバム約3500万枚、シングル約1800万枚を売り上げた(これには3枚目のアルバム、Foreverの売り上げは含まれていない)。
  • アルバムをヨーロッパで1300万枚、アメリカで1100万枚、カナダで200万枚売り上げた。
  • UKチャートで9曲ナンバー1になっている。(ABBAと同数で上にはテイク・ザットの10曲、マドンナの12曲、ウエストライフクリフ・リチャードの14曲、ビートルズの17曲、エルビス・プレスリーの21曲。)
  • 3枚のUKクリスマス・ナンバー1シングル。(2Become1が1996年に、Too Muchが1997年に、Goodbyeが1998年に。)
  • Wannabeの売り上げは女性グループ史上最大である。
  • デビューから6曲連続でUKチャート1位を記録した女性グループはスパイス・ガールズだけ。
  • デビューアルバムのSpiceはイギリスで生涯アルバム売り上げランキング13位。
  • ブリット・アウォーズ、MTVアウォーズなど、多数受賞。ブリット・アウォーズでは特別功労賞を受賞した。本来デビューしてから数年でこの賞を受賞することは不可能とされている。
  • グループとしての来日経験はプロモーション活動による4回だけ(96年に3回、97年に1回)で、コンサート・ツアーなどは実現していない。
  • メラニーCのみファースト・アルバムを出した直後に緊急来日し、恵比寿ガーデンホールで一夜限りのライブを披露している。
  • シングルWannabeの発売は、日本が世界で最も早く、イギリスよりも2週間前であった。

[編集] ディスコグラフィー

[編集] アルバム

Year Information Chart positions
全英 全米 日本
1996 Spice
1
1
7
1997 Spiceworld
1
3
6
2000 Forever
2
39
12
2007 Greatest Hits
2
93
18

[編集] シングル

[編集] ソロ活動

断りなきものはアルバムの題名

  • ヴィクトリア・ベッカム
    • Victoria Beckham (2001年・UKチャート最高10位)
    • 翼をひろげて飛ぶために(2001年・著書・ノンフィクション部門年間3位)
    • That Extra Half an Inch (2006年・著書)
  • エマ・バントン
    • Girl Like Me (2001年・UKチャート最高4位)
    • Free Me (2004年・UKチャート最高7位)
    • Life In Mono (2006年・UKチャート最高65位)
  • メラニー・C
    • Northern Star (1999年・UKチャート最高4位)
      今は亡きTLCのレフトアイをゲストに迎えていた。
    • Reason (2003年・UKチャート最高5位)
    • Beautiful Intentions (2005年・UKチャート最高24位)
    • This Time (2007年・UKチャート57位)
  • メラニー・B
    • Hot (2000年・UKチャート最高28位)
    • L.A. State Of Mind (2005年・UKチャート最高453位)
  • ジェリ・ハリウェル
    • Schizophonic (1999年・UKチャート最高4位)
    • Scream If You Wanna Go Faster (2001年・UKチャート最高5位)
    • Passion (2005年・UKチャート最高41位)

[編集] 脚注

  1. ^ 『Dancemania EXTRA』のライナーノーツp.11。

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年10月9日 (金) 01:26 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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