スヴャトスラフ・クヌシェヴィツキー
スヴャトスラフ・クヌシェヴィツキーの最新ニュースをまとめて検索!
| クラシック音楽 |
![]() |
| 作曲家 |
| ア-カ-サ-タ-ナ ハ-マ-ヤ-ラ-ワ |
| 音楽史 |
| 古代 - 中世 ルネサンス - バロック 古典派 - ロマン派 近代 - 現代 |
| 楽器 |
| 鍵盤楽器 - 弦楽器 木管楽器 - 金管楽器 打楽器 - 声楽 |
| 一覧 |
| 作曲家 - 曲名 交響曲 - ピアノ協奏曲 ピアノソナタ ヴァイオリン協奏曲 ヴァイオリンソナタ チェロ協奏曲 弦楽四重奏曲 - オペラ 指揮者 - 演奏家 オーケストラ - 室内楽団 |
| 音楽理論/用語 |
| 音楽理論 - 演奏記号 |
| 演奏形態 |
| 器楽 - 声楽 宗教音楽 |
| イベント |
| 音楽祭 |
| メタ |
| ポータル - プロジェクト カテゴリ |
スヴャトスラフ・ニコラーエヴィチ・クヌシェヴィツキー((ロシア語: Святослав Николаевич Кнушевицкий、Sviatoslav Nikolayevich Knushevitsky、1908年1月6日(ユリウス暦1907年12月24日) サラトフ州ペトロフスク - 1963年2月19日 モスクワ)はソビエト連邦のチェリスト。モスクワ音楽院教授。
[編集] 概要
1923年にモスクワ音楽院に入学、セミョーン・コゾルポフにチェロを師事する。1929年、音楽院卒業と同時にボリショイ劇場管弦楽団の首席奏者となり1943年まで務める。この間、1933年の全ソ音楽コンクールで優勝し、ソリスト及び室内楽奏者としても活躍し始めた。1943年[1]にはヴァイオリニストのダヴィッド・オイストラフ、ピアニストのレフ・オボーリンと三重奏団「オイストラフ・トリオ」を結成、自身の死まで継続して活動を行い好評を博した[2]。
同時代に活躍したソ連の作曲家、ミャスコフスキー、ハチャトゥリアン、グリエール、ワシレンコからチェロ協奏曲を献呈されレパートリーの拡大に寄与している。また、1956年に復元されたチャイコフスキーの『ロココの主題による変奏曲』原典版の初演も行っている。
1942年よりモスクワ音楽院で教え始め、1950年に教授に昇進、1954年から1959年の間はチェロ及びコントラバス部長を務めた。1950年にスターリン賞受賞、1955年にロシア連邦共和国功労芸術労働者称号を授与。
1963年、モスクワで没。
[編集] 脚注
- ^ 1940年または1941年とする資料もある。
- ^ 録音は1958年ロンドンで収録されたベートーヴェンの『三重協奏曲』、『大公トリオ』、シューベルトの『ピアノ三重奏曲第1番』などが有名(EMI録音)
[編集] 参考文献
- 日本・ロシア音楽家協会 編「ロシア音楽事典」(2006年 カワイ出版)ISBN 9784760950164
最終更新 2009年2月12日 (木) 06:04 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【スヴャトスラフ・クヌシェヴィツキー】変更履歴


