スーダラ節

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スーダラ節
ハナ肇とクレージーキャッツシングル
A面 スーダラ節
B面 こりゃシャクだった
リリース 1961年8月20日
ジャンル 歌謡曲
レーベル 東芝音楽工業
作詞・作曲 青島幸男(作詞)
萩原哲昌(作曲)
ハナ肇とクレージーキャッツ シングル 年表
- スーダラ節/こりゃシャクだった
(1961年)
ドント節/五万節
1962年

スーダラ節(すーだらぶし)は日本の昭和期の代表的な流行歌である。ハナ肇とクレージーキャッツ、とりわけ植木等が爆発的な人気を得るきっかけを作った曲で、作詞は青島幸男、作曲は萩原哲晶による。レコードは1961年8月20日、東芝音楽工業(現在のEMIミュージック・ジャパン)から発売された。80万枚売れたという。

目次

[編集] 概要

それまでのレコード制作はレコード会社主導だったが、このレコードの原盤は渡辺プロダクションが制作し、東芝音楽工業は販売のみ担当した。芸能プロが初めてマスターテープを制作したレコードでもある。「今で言うインディーズである」(戸井十月[1]

元々は『こりゃシャクだった』のB面を埋めるために作られた曲であったが、こちらのほうがヒットしてしまい、後にA面とB面が入れ替えられている。

作曲者の萩原はステージでの植木のキャラクターにあった曲作りのために、まず植木の口癖でもあった「スイスイスーダララッタ~」のフレーズをメロディーにして、植木の承諾を取りつつ、残りの部分を作った。 しかし、非常に生真面目な性格の植木は青島が書いた歌詞を見て、歌うことを躊躇したそうだが、浄土真宗僧侶である父から「『わかっちゃいるけどやめられない』は親鸞の教えに通じる」「必ずヒットするぞ」と励まされた。

父の言う通り、発売されるや否や『スーダラ節』は大ヒットを記録した。しかし植木自身は「こんな歌がヒットするようでは悲しいなぁ」「冗談じゃない」「こんなのがヒットするってことは、俺が考えてる日本と本物の日本は違うものなのか」と思い悩んでいたと言う[2]

また、大ヒットを受け、1962年には大映(現・角川映画)で『スーダラ節 わかっちゃいるけどやめられねえ』が制作された。

[編集] 歌われている映画

[編集] カバー

  • 平成スーダラ節/OLバージョン - 1990年発売。おやじGALSのシングル曲。尚、このバージョンを作詞したのは、青島幸男の実の娘である青島美幸である。
  • スーダラ節(平成版ラガ&ジャングルMIX) - Togo-chef Pw. GUHROOVY & NO+CHINの楽曲。編曲は藤後浩之と内堀彰(GUHROOVY)によるもの。音楽ゲーム『DANCE 86.4』や『pop'n music』に収録されている。2005年発表。曲紹介ページ
  • スーダラ節 - SAKEROCKの2ndアルバム『songs of instrumental』(2006年発売)に収録。ギターの星野源がボーカルを担当。星野源のソロCDブック『ばらばら』(平野太呂・共著、2007年発売)には弾き語りバージョンが収録されている。
  • スーダラ節 - 松浦亜弥がカバーし、ETCのPRCMでイメージソングという形で流れている。

[編集] エピソード

この曲の2番は、競馬で大穴を狙うも最終レースまで外れ、ボーナスをスッてしまうという内容の歌詞になっている。

1992年有馬記念終了後、植木が中山競馬場で開かれたミニコンサートでこの曲を披露したところ、競馬ファンがサビの部分を大合唱するまでに盛り上がったという。

(通常、馬券を買うために競馬場を訪れる競馬ファンが、コンサートのようなイベントに興味を示すことはあまり無いとされる[3]

[編集] 脚注

  1. ^ 戸井十月『植木等伝 「わかっちゃいるけどやめられない!」』(小学館)ISBN 9784093797795
  2. ^ NHK教育テレビで2007年4月8日に放送された植木の追悼番組『スーダラ伝説・夢を食べ続けた男』(元々は植木の生前に製作されたBSハイビジョンの特別番組)での植木のインタビューより
  3. ^ 須田鷹雄 『「競馬通」へのウマ講座 初級から上級までの見栄マニュアル』 (ワニブックス)

最終更新 2009年8月20日 (木) 12:49 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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