セイウンスカイ

セイウンスカイの最新ニュースをまとめて検索!

セイウンスカイ
2006年9月撮影(アロースタッド)
品種 サラブレッド
性別
毛色 芦毛
生誕 1995年4月26日(14歳)
シェリフズスター
シスターミル
母の父 ミルジョージ
生国 日本北海道鵡川町
馬主 西山牧場
調教師 保田一隆美浦
競走成績
生涯成績 13戦7勝
獲得賞金 6億1028万2000円
  

セイウンスカイ日本の元競走馬1998年に、スペシャルウィークキングヘイローなどを相手に皐月賞菊花賞二冠を達成した。菊花賞では逃げて当時の芝3000mの世界レコードを樹立している。現在は種牡馬で、産駒は2005年にデビューしたが数も少なく、まだ目立った成績は残していない。

※2001年に馬齢の表記が変わったため、混乱を避けるために、以下馬齢は現在の表記とする。

目次

[編集] デビューまで

誕生当時の西山牧場は、成績不振を理由にそれまでの大量生産体制から、少数精鋭体制への転換を試みており、自家繋養の種牡馬をほぼ売却し、繁殖牝馬も大量に処分していた。セイウンスカイの父シェリフズスターも、これ以上の成果を期待できないと売却された。そして産駒の約100頭近くも売却する予定だったが、その中から3頭だけは残そうと言うことになり、その中にセイウンスカイとセイウンエリアがいた。

シェリフズスターは、以前は消息不明ということだったが、競馬情報誌『サラブレ』2005年9月号によると[1]、廃用後もある育成牧場に預けられていたことが分かった。そこで、草競馬への出走を目指して調教されていたが、高齢のためか体がついていかなくなり、最終的には立てなくなって、死亡したということである。[2]だが競走馬として残った3頭のうち2頭がオープンクラスまで出世し、そのうちの1頭がGIを制覇するという結果から、その後、貴重なハイペリオンの血を引く種牡馬として活躍する機会がなかったのは競馬界、生産界にとっての損失とも言える。それまでまったく実績のなかった種牡馬が突如化けるという一つの例として引き合いに出されることもある。

育成段階でも特に目立つところは見せず、当初入厩先予定として話を進めていた栗東のとある調教師は、結局入厩拒否のような形で、セイウンスカイを受け取りには来なかった。そこで、折しも、かねてから付き合いのあった保田隆芳の息子の保田一隆が調教師免許を取得し、定年で引退する父親と入れ違いに新たに厩舍を開業すると言うことで、その開業祝いのプレゼントとしてセイウンスカイを預託する事になったという。だがこの時点では西山もここまで活躍するとは思っていなかった。

[編集] 現役時代

[編集] 3歳まで

血統が良くないこともありデビュー前の評価は低く、デビュー戦は5番人気だった。しかし道中3、4番手につけ4コーナーで先頭に立つと、そのまま押し切り6馬身差をつけて優勝する。さらにつづくジュニアカップでは、評判馬のメガヒットらを相手に逃げ、5馬身差をつけ連勝。低評価から一変、クラシック候補へと名乗りを上げる。

弥生賞ではジュニアカップ同様逃げるものの、最後の坂でスペシャルウィークに差しきられて2着に敗れてしまうが、3着馬キングヘイローとあわせてクラシック3強を形成する。そしてクラシック第1弾、皐月賞では道中は2番手を追走、4コーナー手前で先頭に並び掛けるとそのままキングヘイロー、スペシャルウィークの猛追を抑え見事に皐月賞を制覇。[3][4]このレースからコンビを組んだ鞍上の横山典弘クラシック初制覇となった。しかし続く東京優駿(日本ダービー)ではキングヘイローがよもやの逃げを打ち、これと競り合いとなったため直線で思ったほど手応えが無く、スペシャルウィークに5馬身以上の差をつけられ4着に沈む。雪辱を誓った秋の初戦、京都大賞典では、序盤で大きく後続を離しながら3コーナーでいったんペースを落として後続を引きつけ、最後の直線で突き放す戦法でレースを支配し、この年の春の天皇賞優勝馬メジロブライトを首差抑え勝ち菊花賞制覇へ向けて好調なスタートを切った。

そして菊花賞では、前半1000mを59秒6というハイペースでとばし、中間の1000mを64秒3と一気にペースを落とす。そしてラスト1000mを59秒3で駆け抜けるという、京都大賞典の再現のような逃げでスペシャルウィークを3馬身半離して勝利。3000mの長丁場を逃げ切るのは至難の業であり、菊花賞の逃げ切り勝ちは38年ぶりであった。このときのタイム3分3秒2はレースレコード[5]であり、当時の3000mの世界レコードでもあった[6]。前週に不慮の死を遂げたサイレンススズカに代わる新たな逃げ馬、ビワハヤヒデ以来の芦毛の最強馬として期待された。しかし続く有馬記念では一番人気に支持されるも、同期のグラスワンダーの前に4着に敗れた。また二冠を制していたことから最優秀4歳牡馬への選出も期待されたが、NHKマイルカップ、さらに古馬相手のジャパンカップを優勝したエルコンドルパサーに奪われてしまう結果となった。

[編集] 4歳

翌年は日経賞を勝利するが、本番の天皇賞(春)ではスペシャルウィーク、メジロブライトに差し切られ3着。休養後、札幌記念では戦法を一転させ後方からの捲くり勝ち。しかし1番人気で臨んだ天皇賞(秋)では、本馬場入場時ダイワテキサスと接触。ゲート入り嫌がるアクシデントなどもあり5着に敗退。さらにはレース後には屈腱炎を発症し、長期の休養に入った。

天皇賞(秋)の敗因の一つに上げられるゲート入りに時間を要したことついては、セイウンスカイ陣営がレース前に、JRA職員から「ゲートは横方向から入ること。」と指示されたことが原因(VTRでも通常とは異なる手法でセイウンスカイをゲートに誘導していることが分かる)とJRA側を非難したが、JRA側は指示を行っていないと回答とするなど水掛け論争となった。

[編集] 5歳

この年は屈腱炎に悩まされたため出走できなかった。

[編集] 6歳

同期のスペシャルウィーク・グラスワンダー・エルコンドルパサーらは引退し、自身のレコードもナリタトップロードに破られている中、2001年の天皇賞(春)で復帰し、前走から約1年半ぶりの出走となった。当日、馬体が真っ白に変わっていたセイウンスカイは入れ込みが激しく、スタート直後には生涯最速となる1000m通過58.3秒のハイペースで大逃げを打つも、先頭を逃げるタガジョーノーブルの前に立てず早々に3コーナーで失速、勝ったテイエムオペラオーから16秒近く離されたシンガリ負けを喫することとなった。

この時、JRA職員の一人がセイウンスカイがまだゴールしていないにもかかわらず、レースが終了したと勘違いしコース上に入ってしまったこともあり、翌日以降のスポーツ紙の紙面を賑わせることとなった。

当初は、雪辱を期すため宝塚記念への出走も予定していたが再び脚部に異常をきたし引退となった。2001年8月19日札幌競馬場で引退式が行われた。

[編集] 競走成績

年月日 競馬場 競走名


オッズ
(人気)
着順 騎手 斤量 距離(馬場) タイム
(上り3F
タイム
勝ち馬/(2着馬)
1998 1. 5 中山 4歳新馬 16 8 16 12.0(5人) 1着 徳吉孝士 55 芝1600m(稍) 1:36.7(36.9) -1.0 (マイネキャロル)
1. 25 中山 ジュニアC 11 2 2 6.8(3人) 1着 徳吉孝士 55 芝2000m(良) 2:03.5(36.1) -0.8 (メガヒット)
3. 8 中山 弥生賞 GII 13 7 10 4.4(3人) 2着 徳吉孝士 55 芝2000m(良) 2:01.9(36.2) 0.1 スペシャルウィーク
4. 19 中山 皐月賞 GI 18 2 3 5.4(2人) 1着 横山典弘 57 芝2000m(良) 2:01.3(36.7) -0.1 キングヘイロー
6. 7 東京 東京優駿 GI 18 6 12 4.9(3人) 4着 横山典弘 57 芝2400m(稍) 2:26.8(36.8) 1.0 スペシャルウィーク
10. 11 京都 京都大賞典 GII 7 1 1 6.0(4人) 1着 横山典弘 57 芝2400m(重) 2:25.6(34.8) -0.1 メジロブライト
11. 8 京都 菊花賞 GI 17 2 4 4.3(2人) 1着 横山典弘 57 芝3000m(良) R3:03.2(35.1) -0.6 (スペシャルウィーク)
12. 27 中山 有馬記念 GI 16 6 11 2.7(1人) 4着 横山典弘 55 芝2500m(良) 2:32.7(37.0) 0.6 グラスワンダー
1999 3. 28 中山 日経賞 GII 13 5 7 1.3(1人) 1着 横山典弘 58 芝2500m(稍) 2:35.3(35.6) -0.9 (セイウンエリア)
5. 2 京都 天皇賞(春) GI 12 6 8 2.8(2人) 3着 横山典弘 58 芝3200m(良) 3:15.8(34.8) 0.5 スペシャルウィーク
8. 22 札幌 札幌記念 GII 10 3 3 1.4(1人) 1着 横山典弘 59 芝2000m(良) 2:00.1(35.9) -0.1 ファレノプシス
10. 31 東京 天皇賞(秋) GI 17 4 7 3.8(1人) 5着 横山典弘 58 芝2000m(良) 1:58.3(35.0) 0.3 スペシャルウィーク
2001 4. 29 京都 天皇賞(春) GI 12 5 6 22.2(6人) 12着 横山典弘 58 芝3200m(良) 3:32.0(48.3) 15.8 テイエムオペラオー

※タイム欄のRはレコード勝ちを示す。

[編集] 種牡馬時代

繁殖入り後の2002年からアロースタッドで繋養され種牡馬生活を送っていた。 現在のところ種牡馬としての成績は芳しくないが、2006年9月9日、札幌競馬場で行われた「1R2歳未勝利」戦で、父と同じ芦毛のニシノプライドが中央競馬で初勝利を挙げた。現役時代の休養からの復帰が結果的にうまくいかず、引退時期が遅れた格好になった上、血統的な評価が低いこともあり同世代(キングヘイロースペシャルウィークグラスワンダーなど)と比べて人気が上がらず種付頭数が圧倒的に少ない状況にある。2007年12月9日、アロースタッドから西山牧場へ移動した。

尚、障害用種牡馬としてアイルランドに輸出するという話も一部で挙がっていたが、頼みのニシノプライドがオープンまで順調に勝ちあがったこともあり[7]、しばらくは日本で種牡馬生活を続ける見通しである。

[編集] 年度別繁殖成績表

  • 中央競馬
出走 勝利 AEI 収得賞金
頭数 回数 頭数 回数 順位
2005年 8 14 0 0 439 0.03 180万円
2006年 18 86 3 3 129 0.33 3925万円
通算 26 100 3 3 - - 4105万円

※2006年終了時点。

[編集] 血統表

セイウンスカイ血統 ハイペリオン系Nasrullah5×5=6.25% Grey Sovereign5×5=6.25%

*シェリフズスター
Sheriff's Star 1985
芦毛 イギリス
*ポッセ
Posse 1977
栗毛 アメリカ
Forli Aristophanes
Trevisa
In Hot Pursuit Bold Ruler
Lady Be Good
Castle Moon 1975
芦毛
Kalamoun *ゼダーン Zedaan
Khairunissa
Fotheringay Right Royal
La Fresnes

シスターミル 1990
栃栗毛 北海道浦河町
*ミルジョージ
Mill George 1975
鹿毛 アメリカ
Mill Reef Never Bend
Milan Mill
Miss Charisma Ragusa
*マタテイナ Matatina
スイトアンジュレ 1985
鹿毛
*モガミ
Mogami
Lyphard
*ノーラック No Luck
アンジュレスイート カーネルシンボリ
*スイートフランス F-No.23-b
  • 4代母のスイートフランスからは安田記念馬スイートネイティブを輩出している。母方の血統はシンボリ牧場所縁である。母のシスターミルからは第1出産でセイウンスカイを輩出しているが、その他の産駒は目立っていない。シスターミルの血統は2歳戦に強いが、脚部不安に陥る産駒も多く、素質を開花できない面もある。

[編集] 脚注

  1. ^ その「サラブレ」読者ページでも、消息不明の理由が「宇宙人に連れ去られた」「改造されサイボーグ馬としてセイウンスカイという登録名で走っている」等ネタに使われていた。
  2. ^ 記事内において、管理していた牧場関係者はその存在を隠していた理由に「静かに余生をすごさせたい」とし、同馬を慮った発言を残している。しかしながら、死亡した理由から「結局何をしたかったのか」という声も上がっている。
  3. ^ 馬主である西山牧場の西山正行はセイウンスカイが出走する皐月賞を観戦した際、レース前に井崎脩五郎に「なんかいい馬いる?」と質問し、井崎が西山の馬とは知らず(当時は西山牧場=ニシノのイメージが強かった)にセイウンスカイを推すと、「そんなにいい馬なのか!?」と驚いていた。
  4. ^ 差し追いの騎乗が得意とされる横山典弘が主戦となったが、横山自身はセイウンスカイの実力に絶対の自信を持っていた。そのため、皐月賞直前のインタビューには「いつも武(豊)ばかりじゃ面白くないでしょ?」と発言していた。
  5. ^ 2006年ソングオブウインドによって更新された。
  6. ^ 後にドンカスターステークスでタガジョーノーブルによって更新された。
  7. ^ ニシノプライドはその後オープンクラスで出走を続けるも勝ち上がれず、障害に転向。2走目の障害未勝利戦でレース中に転倒し競走中止、予後不良となっている。

最終更新 2009年11月14日 (土) 01:51 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【セイウンスカイ】変更履歴

ご利用上の注意