セイントフォー
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セイントフォー(Saint Four)とは、橋幸夫がかつてプロデュースしていた女性アイドルグループである。
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[編集] メンバー
[編集] 浜田範子
詳細は「濱田のり子」を参照
1965年2月22日生まれ。血液型A型。埼玉県出身。リードボーカル担当。
[編集] 岩間沙織
詳細は「岩間さおり」を参照
1964年7月7日生まれ。血液型O型。神奈川県出身。バックダンス担当。
初代リーダー(グループ結成時からデビューするまでの2年間を務めた)
[編集] 鈴木幸恵
詳細は「鈴木幸恵」を参照
1966年5月15日生まれ。血液型A型。神奈川県出身。リードボーカル担当。
二代目リーダー(デビューから解散まで務めた)
[編集] 板谷祐三子
詳細は「板谷祐三子」を参照
1968年3月5日生まれ。血液型A型。神奈川県出身。バックダンス担当。
1986年3月脱退。
[編集] いわお潤
詳細は「岩男潤子」を参照
本名、岩男潤子。1970年2月18日生まれ。血液型AB型。大分県出身。
板谷脱退後に加入したメンバー。
[編集] 主な経歴
1982年「あなたもスターに!」というプロダクションのダイレクトメールに応募して、約3万人の中から選ばれた4人。 デビュー当初は板谷・浜田・鈴木・岩間(立ち位置順)で構成されたが、後に板谷に替わっていわお潤が加入した。曲間にバック宙をするなど、アクロバティックなパフォーマンスが話題になった。
同時期にデビューした少女隊と同じようにプロモーションに40億円をかけたといわれ話題になったが、所属事務所の日芸とレコード会社リバスター音産との間で発生した契約上のトラブルに巻き込まれ、4枚目のシングルを出した後、新曲が発売できない状態が続き、デビューから2年2ヶ月後、本人たちの意思という形で解散した。
1985年ミュージカル「フィナーレには花束を」に出演をする。
同年、ドイツ(当時、西ドイツ)の音楽番組に日本人の歌手を代表して「不思議Tokyoシンデレラ」と「ロマンチックの向こう側(2ndアルバム収録曲)」の2曲を披露した。
セイントフォー解散後、浜田範子・鈴木幸恵はロック系ボーカルデュオ「ピンクジャガー」として再デビュー。解散後、浜田は濱田のり子としてセクシー系の女優として活躍。岩間沙織も現在は女優として活動しており、特に舞台の演技は定評がある。いわお潤は本名の岩男潤子に芸名を戻して主に声優として活動、1990年代中期の女性アイドル声優ブームを代表する一人となり、現在でも声優、歌手として幅広い活躍を続けている。
なお、メンバーの中では、板谷祐三子、浜田範子(濱田のり子)、岩間沙織(岩間さおり)が、それぞれソロでヌード写真集を発表した。
[編集] エピソード
事務所の方針により、グループのマンネリ化を防ぐため結成から2年ごとにリーダーを変えていく方針だった。
デビュー直後に出演した「歌のトップテン」(日本テレビ)の「もうすぐトップテン」というコーナーでは、結成当時から「え~」「うっそ~」「やだ~」などのいわゆる『ぶりっ子言葉』を使ったら1回100円の罰金という決まりがあり、結構貯まっていると浜田が語った。このとき浜田は、緊張のあまりため息をつきながらのコメントに、司会の堺正章に「あんた、一言一言しゃべるたびに疲れるんですか?」と、突っ込まれていた。
1985年1月5日、「オレたちひょうきん族・ひょうきんベストテン」(フジテレビ)に出演を果たす。
コーナー司会の山村美智子(当時フジテレビアナウンサー)から「TOKYO不思議シンデレラ」と誤って紹介されて登場した。冒頭では、覇気がない言動のためか、島田紳助を相当困惑させていた。肝心の歌の部分は「西川のりお扮するレオタードオバQ(他は書き割り)とヒップアップ&コント赤信号の相撲ダンサーズ」のコラボレーションで終わっている。また板谷も、本番中に片岡鶴太郎からセクハラを受け、終盤にはとうとう泣き出してしまうというハプニングがあった。
1987年、事務所とレコード会社のトラブルが解決できず、ついに解散することとなった事態を受け、再出発に向けて準備をしていた映画「やるときゃやるぜ!!~COME BACK HERO~」を東宝が救済にたって映画の上映、TV放送、ビデオ発売を表明し実現した。このことを受けて岩間は「セイントフォーは不滅です!」と、涙ながらに語った。
2004年7月には、アニメ「爆裂天使」(ビクターエンタテイメント)のイメージ・ソングとして声優陣の渡辺明乃、豊口めぐみ、高橋美佳子、田中理恵ら四人による、当グループのデビュー曲「不思議Tokyoシンデレラ」をカヴァーし話題になった。カップリングにも「太陽をだきしめろ」が同じくカヴァーされた。
[編集] ディスコグラフィー
[編集] シングル
- 不思議Tokyoシンデレラ(1984年11月5日)- デビューシングル。作曲・加瀬邦彦。オリコン最高35位
- 太陽を抱きしめろ(1985年3月21日)- オリコン最高15位
- ハイッ!先生(1985年7月21日)
- ハートジャックWAR(1985年9月21日)- オリコン最高43位
[編集] アルバム
- THE AUDITION(1984年11月21日)LP/カセット
- 太陽を抱きしめろ(1985年5月21日)LP/カセット
- セイントフォーBEST HIT14(1985年8月21日)CD
- We're SAINT FOUR~セイントフォーIII~(1985年9月21日)LP/カセット/CD
※映画「ザ・オーディション」劇中歌『Rock'n Roll Dreams come through』(Jim Steinmanカヴァー曲)収録
※ファンの間では、彼女達の唯一、隠れた名曲として知られるバラードソングである。
[編集] オムニバス形態アルバム
- Myこれ!コレクション カタログVOL.2(ポニーキャニオン)(2002年9月19日)
- Myこれ!コレクション 女性アイドル主演ムービー本人歌唱主題歌スペシャル(ポニーキャニオン)(2003年4月23日)
[編集] 未発表曲
- 初恋の並木道(歌のレッスン用としてデビューまで歌われていた)(1985年3月芝郵便貯金ホールでのデビューコンサートにて歌う)
- 夜のダンサー(1stアルバム「未来聖女」別詞曲)(同じくデビューコンサートにて歌う)
- ファイヤーKissで火をつけて(1985年7月日比谷野外音楽堂でのコンサートにて歌う)
- ドリームライト(1986年1月メンバーそれぞれの出身地でコンサートを行ったときに歌う)
以下、メンバーチェンジにより潤加入後
- スリリング(メンバーチェンジとレコード会社移籍にあたり新生セイントフォーの紹介版として1986年6月に発売予定だった)歌の途中に「SAY!SAY!セイントフォー」という掛け声のあるPOPソングだった。
- COME BACK HERO(移籍第2弾は勝負版として1986年8月発売予定だった)サビの部分の「やるときゃやるよ!」がインパクトある、セイントフォーお得意の青春ROCKソングであった。
- トライアングルラブ
- ラストショー
以上、4曲は「セイントフォーの“みんな起きてる?”」(1985年~1986年毎週土曜朝5:30~ON AIR)(アール・エフ・ラジオ日本)の最終回で披露された。
[編集] 書籍
- ザ・オーディション(文庫本)(1984年11月)(せいこう社)
- 抱きしめてセイントフォー(写真集)(1985年6月)(スコラ別冊)
- セイントフォーじゃじゃネコ通信「お・は・よ・!」(フォト&エッセイ集)(1985年11月)(リイド社)
[編集] ビデオ
- 抱きしめてセイントフォー(1985年7月)(バンダイミュージック・エンターテイメント)※芝郵便貯金ホールでのライブほか収録
- FIRE KISS~シークレット・メッセージ~(1985年12月)(東映ビデオ)※日比谷野外音楽堂のライブやショートストーリー、4人のトークなどを収録
- WE'RE SAINT FOUR(1987年3月)(ジャパンホームビデオ)※監督廣木隆一、脚本吉本昌弘によるフジテレビ系「月曜ドラマランド」での放送を予定して撮影された)ドラマ作品。※潤が加入した後、唯一一般発売された作品で、幻のオリジナル5曲(COME BACK HERO他)を収録。
※他に、ファンクラブ会員限定で販売された「解散コンサート1部・2部」がある。
[編集] 出演作品
[編集] 映画
- ザ・オーディション(1984年新城卓監督)(東宝東和配給)
- やるときゃやるぜ!~COME BACK HERO~(1987年山名兌二監督)(東宝/ジョイパックフィルム)※ビデオ版の本編終了後「COME BACK HERO」のPVの一部が収録された。
[編集] CM
- ハウス食品「ヤングジャワカレー」(1984年)
最終更新 2009年11月29日 (日) 16:28 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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