セルジオ・メンデス

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セルジオ・メンデス
基本情報
出生名 Sérgio Santos Mendes
出生 1941年2月11日ブラジルの旗ブラジル
リオ・デ・ジャネイロ州ニテロイ
ジャンル ボサノヴァジャズ
職業 ミュージシャン
担当楽器 ヴォーカルピアノ
活動期間 1950年代-
共同作業者 カルロス・リラウィル・アイ・アムスティーヴィー・ワンダー
影響 アントニオ・カルロス・ジョビンジョアン・ジルベルト
旧メンバー
「ヴォサ・リオ・セクステット」
  

セルジオ・メンデス(Sérgio Santos Mendes、1941年2月11日 - )は、ブラジルミュージシャン

代表作「Mas Que Nada(マシュ・ケ・ナダ)」。

目次

[編集] プロフィール

[編集] 生い立ち

ブラジル南部、リオ・デ・ジャネイロ州リオ・デ・ジャネイロ市近郊のニテロイで生まれる。幼少の頃からリオ・デ・ジャネイロ市内の音楽学校でクラシックピアノを学ぶなど、恵まれた環境で音楽の基礎を身に着ける。

[編集] ボサノヴァ

しかしその後はクラシックの道へと進まず、1950年代後半にジャズ、そしてアントニオ・カルロス・ジョビンジョアン・ジルベルトの影響を受けボサノヴァに移行し、彼らを誘って国内外で活躍するようになる。

1962年に「ヴォサ・リオ・セクステット」を結成。1965年にはアメリカに活動の場を移し、ジョビンやジルベルトとともに、1960年代中盤から後半にかけて巻き起こった世界的なボサノヴァ・ブームの推進役を務める。1966年に発表した「Sergio Mendes & Brasil '66」とその中に収められた「Mas Que Nada(マシュ・ケ・ナダ)」の世界的大ヒットで日本を含む世界中にその名を轟かす。

その後もビートルズの「フール・オン・ザ・ヒル」や「デイ・トリッパー」といった曲をボサノヴァ風にアレンジしたカヴァーなど、欧米の音楽市場にとって親しみやすいボサノヴァをつくり、世界中での支持につながった。1970年大阪万国博覧会でのライブなど、来日公演の経験も多数ある。近年では2006年2008年に来日公演を行っている。

[編集] 近年

2006年に発表されたアルバム「Timeless」では、ヒップホップ界の巨匠であるウィル・アイ・アムジル・スコットスティーヴィー・ワンダーら大御所とのコラボレーションを実現し世界的なヒットを飛ばし話題を呼んだ。

[編集] 家族

結婚もしており、妻はグラシーニャ・レポラーセである。

[編集] アルバム作品(一部)

  • Timeless
  • Definite Collection
  • Best Of Sergio Mendes
  • Swinger From Rio
  • Fool On The Hill
  • Bossa Nova York
  • Look Around/恋のおもかげ
  • Live At The Expo 70
  • Equinox
  • Great Arrival / Beat Of Brazil
  • Brasileiro
  • Minha Historia
  • Look Around
  • Vintage '74
  • Mas Que Nada
  • Pure Bossa Nova

[編集] 受賞歴

[編集] その他

  • アルバム「Brasileiro」は彼名義のアルバムであるが、実際はカルニーニョス・ブラウンやギンガといった、当時ブラジルの新進気鋭のミュージシャンと彼らの作品・演奏を集めてプロデュースしたものである。そのため彼の従来のアルバムとはまったく違い、ステレオタイプなイメージのボサノヴァやサンバに収まらない異色作となっている。なお1曲目に収録の「Fanfarra - ファンファーハ」は100名を越えるバテリア(打楽器隊)による典型的なサンバ・バトゥカーダであり、特にイントロダクションのコール&レスポンス(打楽器の掛け合い演奏)は日本の「浅草サンバカーニバル」などに出場するサンバチームが練習する定番のパターンとなっている。
  • なお、セルジオ・ヒカルドやカルロス・リラをアメリカ公演に誘うなど、彼自身がアメリカ志向が強かったことや、どちらかといえばブラジルよりアメリカのジャズやポピュラー寄りに近い音作りだったことも手伝ってか、一部のブラジル音楽ファンの間では「ブラジリダージ(ブラジル人らしさ・気質)が感じられない」、などという評価もある。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月1日 (日) 13:10 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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