タコマナローズ橋

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タコマナローズ橋、1950年の再建後のもの
タコマナローズ橋の崩落

タコマナローズ橋(タコマナローズきょう、Tacoma Narrows Bridge : タコマ橋)はアメリカ合衆国ワシントン州ピュージェット湾にある海峡タコマナローズ (Tacoma Narrows) に架かる吊り橋である。

1940年7月1日に開通。全長1,600m、吊径間853m、幅11.9m。太平洋側有数の港湾都市タコマ市と、アメリカ海軍有数の海軍工廠(造船所)があるブレマートン市などの位置するキトサップ半島地区を結ぶ目的で建設された。当時の最新理論に基づいて設計されており、架橋当時は世界で第3位の長さだった。設計は、レオン・モイセイフ((英語版)Leon Moisseiff)。

架橋後すぐに風の影響で落橋したことで有名。

[編集] 落橋

建設中から、タコマナローズ橋は風のある日に揺れることがすぐにわかった。橋桁は上下方向に揺れ、路面はあるところは高くなりあるところは低くなった。このため開通を1ヵ月後に控えた6月1日と2日には、橋の中央部でメインケーブルと桁をV字型に結ぶステーと、塔と桁を結ぶダンパーが設置された。開通後も揺れたため、さらに10月4日から7日にかけて側径間から地上へケーブルが張られた。

しかし、それでも揺れは収まらなかった。竣工以来揺れ続け、振幅が1メートルを超えることもあったこの橋には"Galloping Gertie"(馬乗りガーティ)というあだ名が付くほどだった。

1940年11月7日、早朝より風による振動が続いていたが、風速が19m/sに達した途端、それまでの上下方向の振動から大きくねじれる揺れに変わった。このような揺れが1時間ほど続いた後、主径間の4分の1点で桁が座屈し、橋床が落下した。この直後に最終的な崩壊が始まり、結果として主径間では橋桁がケーブルからちぎれて崩落した。このため塔は側径間側に傾き、側径間は10メートルあまり下方にたわんだ。なお当時は通行車が少なかったため人間の死亡者はおらず、落下時に犠牲となったのは車内にとり残されたコッカー・スパニエル犬一匹のみだった。

原因調査で桁が薄い板状になっていると、振動が非常に起こりやすいことがわかった。この振動は横風によって桁の上下に発生した空気の渦が桁を上下に振動させ、さらに大きな渦が発生して振幅を増大させる自励振動(発散振動)と呼ばれる。以後吊り橋には補強のための補剛トラスが備わることとなった。

落橋のその瞬間のみならず、崩壊の全経過の映像が逐一撮影されていたため有名になった。撮影が成功したのは架橋直後からわずかな風でも激しく揺れることが注目され、おりしもワシントン大学の研究チームが調査中であり、撮影による振動記録を含んだデータ取得が行われていたためだった。この事故の詳細な記録により、構造物が風を受けて生じる振動についての研究が、急速に進展することになった。

1966年に開通したセバーン橋では補剛トラスで補強するのではなく、桁断面の形状を翼状にして風の影響を少なくするというアプローチをとった。

1950年完成の新しいタコマナローズ橋と、2007年完成の第二の橋

タコマナローズにはその後新しい橋が建設され1950年10月14日に開通した。長さは5,979フィート(1,822m)、最大スパンは2,800フィート(853m)、海面からの高さは57.15m。建設業者は以前と同じ。今度はゆれなかったため、"Sturdy Gertie" (丈夫なガーティ)のあだ名がついた。当初1日6万台の通過を予定していた新タコマナローズ橋は交通量の増加により2005年には1日9万台の通過があり、2002年からすぐ横に新しい吊り橋の建設が行われた。2007年7月15日に開通し、従来の橋は西向き、新しい橋は東向きの車線に使われている。

[編集] 参考文献

ウィキメディア・コモンズ
  • 川田忠樹 『だれがタコマを堕としたか』 建設図書、1975年

最終更新 2009年10月2日 (金) 22:55 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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