タバスコ

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タバスコ

タバスコ(Tabasco、タバスコソース)は辛味調味料の商品名である。アメリカ合衆国ルイジアナ州エイヴァリー島(Avery Island)に本社を置くマキルヘニー社(McIlhenny Company)が商標権を持つ(日本における商標登録番号は第1002001号ほか全6件)。

主な原材料はキダチトウガラシの一品種「タバスコペッパー」(Tabasco pepper, Capsicum frutescens var. tabasco)である。

目次

[編集] 特徴と製法

外見は薄めたトマトソースに似た液体であり、ぴりっとした刺激的な辛さが特徴で、世界的にペッパーソースの代名詞となっている。ごく少量で強い刺激があることから調味料としての応用性が高く、様々な料理に活用される。

原材料は、タバスコペッパー、岩塩、穀物で、すり潰した唐辛子に塩、酢を加え、樽で長期熟成する。製造を開始した1868年以来基本的な製法は変わっていない。

[編集] 用途

日本では、卓上調味料としてピザスパゲティなどのパスタに用いられることが多い。世界でタバスコをパスタに振りかける習慣がある国は日本の他にフランスドイツオーストリアノルウェースロヴェニアカナダ(特にオンタリオ州)など[要出典]。タバスコは酸味が強いため、イタリアでは唐辛子を漬けたオリーブオイルを使用する。アメリカ合衆国でもパスタやピザに砕いた赤唐辛子をかけることはあるが、タバスコは稀である。アメリカ合衆国での主な使用法はステーキソースやバーベキューソース、マヨネーズなどの味付け、あるいはブラッディ・マリーの味付けなどである。また、アメリカ軍の制式携帯糧食であるMREにもたいてい封入されている。

[編集] 歴史

1905年の広告

マキルヘニー社の創業者は、ニューオーリンズで銀行家をしていたメリーランド州出身のエドマンド・マキルヘニー(1815年生-1890年没)である。スコットランド人とアイルランド人の血を引く、ひげを蓄えた美食家だったといわれている。

南北戦争の頃、エドモンドはメキシコタバスコ州から帰還した南軍兵士(フレンド・グリーソンと考えられている)から唐辛子の種を入手したとされる。1862年にニューオーリンズが北軍によって陥落したため、マキルヘニー一家は岩塩の産地として有名だったエイヴァリー島へと移り住み、そこで唐辛子の種をまいたという。ところが、南軍に塩を供給していた関係で北軍の攻撃にさらされることになり、さらにテキサス州へと逃れた。終戦後の1865年に戻ってきたとき、すっかり荒れ果てていた土地に、一株のタバスコペッパーが生えているのを見つける。

エドマンド・マキルヘニーは、タバスコペッパーの果実をとって潰し、出てきた汁に蒸留酢と塩を混ぜたとされる。それから3年後の1868年、このソースを香水の空き瓶に詰め、卸売業者を通じて350本売った。そのときの香水の瓶は、今日のタバスコソースの瓶の形に受け継がれている。1870年に、彼は自ら考案したタバスコソースの製法を特許登録した。現在では全世界100カ国以上で販売されている。

タバスコが最初に日本に入ってきたのは昭和20年代といわれる。その後、喫茶店やレストランなどに置かれる様になると一般にも認知される。 プロレスラーアントニオ猪木が経営していたアントントレーディング社が1970年代に代理店契約を結び日本人にその味を定着させた。なお猪木は初代・タイガーマスク佐山聡)とともにCM出演の経験がある。

[編集] バリエーション

現在、オリジナルのタバスコ・ペッパーソースの他に、チポトレハバネロハラペーニョを材料としたグリーンペッパー、スイート&スパイシー、ガーリックといった様々なフレーバーのものや、ステーキソースからキャンデーに至る非常に多彩な商品展開が行われている。グリーンペッパー・タバスコ以外は原材料にタバスコペッパーを含む。日本独自のものとしては正田醤油がタバスコ味の醤油やケチャップなどを製造販売している。

[編集] 参考文献

  • アマール・ナージ『トウガラシの文化誌』晶文社、1997年

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ

最終更新 2009年10月10日 (土) 16:59 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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