ダイワスカーレット

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ダイワスカーレット
2008年11月2日、東京競馬場
品種 サラブレッド
性別
毛色 栗毛
生誕 2004年5月13日(5歳)
抹消日 2009年2月18日
アグネスタキオン
スカーレットブーケ
母の父 ノーザンテースト
生国 日本北海道千歳市
生産 社台ファーム
馬主 大城敬三吉田照哉
調教師 松田国英栗東
競走成績
生涯成績 12戦8勝
獲得賞金 7億8668万5000円
  

ダイワスカーレット日本の元競走馬繁殖牝馬である。2007年桜花賞秋華賞エリザベス女王杯2008年有馬記念(いずれもGI)に勝利している。半兄にダイワメジャー(父・サンデーサイレンス)がいる。

全レースで安藤勝己が騎乗した。

6戦目のローズステークス以降、レース中は青いメンコを装着している。デビュー戦から引退まで12戦8勝・2着4回と全ての出走レースで連対を果たした。デビューから引退までの12戦連続連対はJRA所属馬としては牝馬最多記録となっている(最多記録は19戦連対のシンザン)。馬名の由来は冠名(ダイワ)+映画「風と共に去りぬ」のヒロインスカーレット・オハラからである。

目次

[編集] 戦績

[編集] 2歳

デビューは2006年11月19日京都競馬場第5競走の新馬戦(芝2000m)で安藤勝己を鞍上に先行策からほぼ馬なりで快勝した。なお同日のメインレースのマイルチャンピオンシップでは半兄のダイワメジャーが優勝し、兄妹同日勝利を挙げ話題になった。続く中京2歳ステークスでは同じく先行策から評判馬アドマイヤオーラの追撃を余裕を残して封じ、デビュー2連勝を飾った。

[編集] 3歳

年明け初戦のシンザン記念では牡馬相手に強い内容で連勝してきた実績を買われて1番人気に支持されるものの、やや掛かり気味にレースを進めた上に終始アドマイヤオーラのマークを受け、直線では同馬に差されて2着となり初黒星を喫した。続く桜花賞トライアルチューリップ賞では前年の2歳女王ウオッカと対戦。スタート良くハナを切り、直線では真っ向勝負を望むかのようにウオッカを引き付けたが、前に出られると差し返すことはできずクビ差敗れた。陣営はこの敗戦で瞬発力勝負では分が悪いと判断し、大外18番枠からの発走となった本番の桜花賞では直線で早めに抜け出す積極策でウオッカの追撃を抑えて優勝。前走の雪辱を果たすとともに兄妹クラシック制覇を成し遂げた。優駿牝馬(オークス)ではウオッカが東京優駿(日本ダービー)に出走するため不動の本命と目されていたが、感冒により回避。山元トレーニングセンターへ放牧され8月10日に帰厩した。

復帰後初戦はローズステークスに出走。優駿牝馬ハナ差2着のベッラレイアとの初対決が注目を集めた。レースではスタート直後から徐々に先頭に立つと、そのまま押し切り1着でゴール。10月3日に発表された重賞・オープン特別競走レーティングでは109ポンドの評価を得た。その後第12回秋華賞に出走。このレースは、64年ぶりに牝馬のダービー馬となったウオッカと春以来の再戦ということもあり非常に注目されていた。距離の面で不安視されていたが、道中かかり気味に2番手を追走し先頭を行くヒシアスペンを3コーナーで捕らえると後続の追撃を払い、そのまま押し切り完勝。中央競馬牝馬2冠を達成した。

秋華賞後はマイルチャンピオンシップへの出走も視野に入れていたが第32回エリザベス女王杯に出走。レース前日まで1番人気だったウオッカがレース当日に出走を取り消したために、最終的には1番人気に支持された。レースではスタートから押し出されるような形で先頭に立つと、最後の直線では前年優勝のフサイチパンドラや前々年優勝のスイープトウショウを抑え1着となった。なお翌週のマイルチャンピオンシップで兄のダイワメジャーが安藤を背に快勝。兄妹による2週連続のGI制覇となった。

11月26日に都内で行われたオーナー主催のパーティーにおいて、生産者で共同オーナーの吉田照哉から来春のドバイデューティーフリー遠征、さらには第52回有馬記念での兄妹対決が語られ、その動向に注目が集まった。11月29日に発表された重賞・オープン特別競走レーティングでは、エリザベス女王杯を制したことにより過去7年で最も高い115ポンドの評価を得た。有馬記念で安藤が兄・ダイワメジャーと当馬のどちらに騎乗するのか話題になったが、引き続き当馬に騎乗することになった。有馬記念ファン投票では7万4134票を集め4位となった。ちなみにダイワメジャーは3位であった。

そして迎えた有馬記念では、初のGI級牡馬との対戦に加え初体験となる長距離、関東遠征、さらに鞍上の安藤が中山の芝重賞未勝利であることを不安視する声もあったが兄を上回る単勝5番人気に支持される。レースでは道中2番目に付け直線で抜け出しを図るも、経済コースを通っていたマツリダゴッホに内をすくわれるとこれを交わすことはできず1馬身1/4差の2着に敗れる。スターロツチ以来の3歳牝馬での有馬記念制覇はならなかったが最後の直線では追いすがる兄を突き放し天皇賞春秋連覇を達成したメイショウサムソンやライバルのウオッカ、同世代牡馬のロックドゥカンブらに先着し、改めて能力の高さを見せつけた。

この年内GI3勝に加え有馬記念2着、ダービー馬ウオッカにはGIで3回対戦してすべて先着したことが評価され、年度代表馬の座こそ海外戦を含むGI3勝のアドマイヤムーンに譲ったものの、ウオッカを抑えてJRA賞最優秀3歳牝馬およびJRA賞最優秀父内国産馬を受賞した。なお牝馬の有馬記念連対は1994年ヒシアマゾン以来13年ぶりであり、このレースで2003年スティルインラブを抜いて牝馬のJRA年間獲得賞金額歴代1位となった。

レース後には、初のダート戦となるフェブラリーステークスをステップに、ドバイワールドカップドバイデューティーフリーへの参戦が予定された。

[編集] 4歳

1月31日にドバイワールドカップ及びドバイデューティフリーの選出馬となり、ドバイへのステップとしてフェブラリーステークスに登録したが、調教中に走路から跳ね上がったウッドチップ(木片)が右目に入り、創傷性角膜炎と診断された。そのためフェブラリーステークスを回避し、併せてドバイ遠征も白紙となった。

その後大阪杯で復帰し単勝2.0倍の1番人気に支持され優勝。次走はヴィクトリアマイルを目標に調整されていたが右前脚管骨骨瘤を発症したため、春シーズンを全休した。そのため出走に至らなかったが、宝塚記念ファン投票では4位となる3万9234票を獲得している。

その後は秋まで休養しステップレースを使わずに秋の天皇賞へ出走。大阪杯以来の故障休養明けでのGI出走に加え東京コース未経験であることを不安視する声もあったが、ウオッカに次ぐ2番人気に支持された。好スタートからハナを奪ったが、最初の1000mを58.7秒という淀みないペースで逃げ、道中ではトーセンキャプテンに後ろから競りかけられる展開となった。しかし直線に入ると追い込んでくるウオッカと壮絶な1着争いを繰り広げ横並びで入線。15分に及ぶ写真判定の結果、わずか2cm差の2着に敗れた(レースの詳細については第138回天皇賞を参照のこと)。

年末には第53回有馬記念に出走し1番人気に推された。レースではスタート良くハナに立ち、最初の900mを53.1秒という淀みないペースで逃げ、最後の直線でも他馬を寄せ付けることなく完勝、人気に応えた。牝馬による有馬記念制覇は、1971年トウメイ以来、37年ぶりの快挙であった。なお、牝馬の有馬記念制覇は史上4頭目だが1番人気での優勝は初である。

レース後には、再び海外遠征のプランが持ち上がった。調教師の松田国英は海外での3勝を目標とし、2008年は断念したドバイ遠征に再度挑戦したいと発言。生産者である社台ファーム代表の吉田照哉も日本国内産馬でのヨーロッパGI制覇を期待しているコメントをした。

2008年度のJRA賞は年度代表馬、最優秀4歳以上牝馬部門ともウオッカが選ばれ特別賞授与についても審議を行ったが委員8人中、賛成は4人(反対3、欠席1)のため委員総数の4分の3以上(6人以上)の推薦が得られなかったため、この年はどの賞も受賞することができなかった。

[編集] 5歳

この年もドバイワールドカップを目標に、前年同様にステップレースとしてフェブラリーステークスに登録していたが、1週前追い切りを終えた直後の2月12日に脚部不安を発症したために出走を回避した[1][2]。翌日には浅屈腱炎であることが判明、ドバイワールドカップも回避し[3]、その後大城敬三吉田照哉の間で協議が行われた結果、2月18日付で競走馬登録を抹消され現役を引退した[4][5]。なお、兄のダイワメジャーと違い、引退式は行わなかった。引退後は生まれ故郷の社台ファームで繁殖牝馬となった。初年度の種付け相手はチチカステナンゴ[4][6]、2010年3月頃に出産予定となっている。

[編集] 競走成績

年月日 競馬場 競走名


オッズ
(人気)
着順 騎手 斤量
[kg]
距離(馬場) タイム
上り3F
時計
勝ち馬/(2着馬)
2006 11. 19 京都 2歳新馬 12 3 3 1.8(1人) 1着 安藤勝己 54 芝2000m(良) 2:04.1(35.0) -0.3 (コスモグルミット)
12. 16 中京 中京2歳S OP 8 1 1 2.2(1人) 1着 安藤勝己 54 芝1800m(良) 1:47.8(33.7) -0.1 アドマイヤオーラ
2007 1. 8 京都 シンザン記念 JpnIII 10 7 8 1.9(1人) 2着 安藤勝己 56 芝1600m(良) 1:35.3(33.7) 0.2 アドマイヤオーラ
3. 3 阪神 チューリップ賞 JpnIII 16 4 7 2.8(2人) 2着 安藤勝己 54 芝1600m(良) 1:33.7(33.9) 0.0 ウオッカ
4. 8 阪神 桜花賞 JpnI 18 8 18 5.9(3人) 1着 安藤勝己 55 芝1600m(良) 1:33.7(33.6) -0.2 (ウオッカ)
9. 16 阪神 ローズS JpnII 14 4 5 1.6(1人) 1着 安藤勝己 55 芝1800m(良) 1:46.1(33.6) -0.1 ベッラレイア
10. 14 京都 秋華賞 JpnI 18 7 13 2.8(2人) 1着 安藤勝己 55 芝2000m(良) 1:59.1(33.9) -0.2 (レインダンス)
11. 11 京都 エリザベス女王杯 GI 13 5 7 1.9(1人) 1着 安藤勝己 54 芝2200m(良) 2:11.9(34.1) -0.1 フサイチパンドラ
12. 23 中山 有馬記念 GI 15 4 7 8.1(5人) 2着 安藤勝己 53 芝2500m(稍) 2:33.8(36.6) 0.2 マツリダゴッホ
2008 4. 6 阪神 大阪杯 GII 11 7 9 2.0(1人) 1着 安藤勝己 56 芝2000m(良) 1:58.7(34.8) -0.1 エイシンデピュティ
11. 2 東京 天皇賞(秋) GI 17 4 7 3.6(2人) 2着 安藤勝己 56 芝2000m(良) 1:57.2(35.2) 0.0 ウオッカ
12. 28 中山 有馬記念 GI 14 8 13 2.6(1人) 1着 安藤勝己 55 芝2500m(良) 2:31.5(36.4) -0.3 アドマイヤモナーク

[編集] 特徴

抜群のスタートダッシュからレースの主導権を握ると中盤でペースを落として力を温存、そこから上がり3ハロン33秒台~34秒台前半の息の長く速い末脚を使って押し切るというスタイルで好走を続けた。3歳時はスローペースに落としてから他馬と同じ末脚に持ち込んで押し切る。4歳時はハイペースに持ち込んで他馬のスタミナを削るという2種類のペースで走っていた。2008年の有馬記念では、3コーナーで競りかけてきた人気馬達がことごとく沈んでいき、競馬評論家の井崎脩五郎に「超一流馬に並みの一流馬が潰された」と評された。

抜群の安定感を誇り、引退までの12戦において一度も連対を外すことはなかった。生涯出走全戦で連対した日本中央競馬会所属のGI級レース勝ち馬としてはシンザンの19連対に次ぐものであり、牝馬としては歴代最高記録である。またダイワスカーレットは容姿の美しさにも定評があり、元騎手で競馬評論家の細江純子はその容姿を「人で喩えるならば、デビューしたての頃の宮沢りえ」と評した[7]

[編集] 血統表

ダイワスカーレット血統 サンデーサイレンス系ヘイルトゥリーズン系)/Lady Angela 5×4=9.38%、Almahmoud 5×5=6.25%)

アグネスタキオン
1998 栗毛
*サンデーサイレンス
Sunday Silence
1986 青鹿毛
Halo Hail to Reason
Cosmah
Wishing Well Understanding
Mountain Flower
アグネスフローラ
1987 鹿毛
*ロイヤルスキー Raja Baba
Coz o'Nijinsky
アグネスレディー *リマンド
イコマエイカン

スカーレットブーケ
1988 栗毛
*ノーザンテースト
Northern Taste
1971 栗毛
Northern Dancer Nearctic
Natalma
Lady Victoria Victoria Park
Lady Angela
*スカーレットインク
Scarlet Ink
1971 栗毛
Crimson Satan Spy Song
Papila
Consentid Beau Max
La Menium F-No.4-d

[編集] 脚注

最終更新 2009年11月4日 (水) 11:50 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【ダイワスカーレット】変更履歴

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