ダッカ
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| ダッカ ঢাকা Dhaka |
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|---|---|---|---|
![]() ダッカの港 |
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| 位置 | |||
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| 座標 : 北緯23度42分7.2秒 東経90度22分1秒 / 北緯23.702度 東経90.36694度 | |||
| 行政 | |||
| 国 | |||
| 管区 | ダッカ管区 | ||
| 県 | ダッカ県 | ||
| 市 | ダッカ | ||
| 市長 | Sadeque Hossain Khoka | ||
| 地理 | |||
| 面積 | |||
| 市域 | 145km2(56mi2) | ||
| 標高 | 2m | ||
| 人口 | |||
| 人口 | (2007年現在) | ||
| 市域 | 11,918,442人 | ||
| 人口密度 | 82,196人/km2(212,829人/mi2) | ||
| 都市圏 | 23,024,863人 | ||
| その他 | |||
| 等時帯 | UTC+6 (UTC+6) | ||
| 公式ウェブサイト : http://dhakacity.org/ | |||
ダッカ(ঢাকা, Dhaka, 旧名Dacca)はバングラデシュの首都で、同国最大の都市。都市圏人口1300万人(2006年7月)。
バングラデシュ中央部に位置し、ブリガンガ排水路によってダレスワン川に通じる。同国の商業・工業の中心地で、ジュート・綿加工や食品加工などの製造業が行われる。市内にはモスクが700以上ある。
ダッカとその周辺は極めて人口密集しており、しばしばモンスーン・洪水の被害がある。
目次 |
[編集] 歴史
ダッカの歴史は9世紀以前に遡るが、ダッカが都市として繁栄したのはムガル帝国の統治下でベンガル州の州都となったことによる。当時の名はムガルの皇帝ジャハーンギールにちなみ、ジャハーンギール・ナガルといった。1765年よりイギリスの支配下におかれ、1947年にパキスタンとして独立以後は東パキスタンの首都となった。1971年にバングラデシュとして独立以後も引き続き首都となり、現在に至る。以前は Dacca とつづられたことがある。
1977年、ダッカ日航機ハイジャック事件が起きる。
[編集] 主な名所
- ダケスワーリー寺院(隠された女神、の意味。ダッカの名はこの神にちなむ)
- バラ・カトラ宮殿
- シャヒド・ミナール
- ケマル・アタチュルク大通り(ダッカ一番の大通り。トルコ建国の父ケマル・アタチュルクの名がつけられた。)
[編集] 教育
ダッカは、ダッカ大学、ダッカ医科大学をはじめとする高等教育機関の所在地でもある。
[編集] 交通
自転車タクシーいわゆるリキシャがダッカ市民にとって、最も重要な交通手段である。自転車のほかバイクもあり、その数は40万を超え世界で最大である[1]。そのうち、約8万台がダッカ市政府による免許のあるリキシャである。リキシャは、渋滞の原因で、市内の多くの場所で使用が禁止されつつある。
公共バスは、バングラデシュ・ロード・トランスポート・コーポレーション(Bangladesh Road Transport Corporation、BRTC)とそのほかの多くの企業によって運営され、ダッカ市民の足となっているほか、市民の中産階級の間では、スクーターやタクシー、自家用車の需要が大きくなっている。
ダッカ市内の道路状況は、舗装されている道路は、約1,868キロメートルである。また、チッタゴン(バングラデシュ第2の都市)、クルナ(第3の都市)、マイメンシン、ラジシャヒといったバングラデシュの主要都市とは、高速道路のみならず、鉄道と結ばれている。さらに、BRTCは、バスの運営のみならず、ダッカからインド・コルカタ(カルカッタ)やアガルタラへと結ぶ高速道路を建設した[2]。
[編集] 脚注
[編集] 外部リンク
- Dhaka City Corporation
- Dhaka Stock Exchange
- University of Dhaka
- Bangladesh University of Engineering and Technology
- Virtual Bangladesh
- Dhaka.com
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