チャンピオン・カーニバル (プロレス)
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チャンピオン・カーニバルとは、全日本プロレスが「春の祭典」として毎年春に行っている総当たりリーグ戦またはトーナメント戦である。略称はチャンカー、CC。誤りではあるが語呂のよさからチャンカンと略されることもある。近年は、毎週中継を行うGAORAの協賛を得て「GAORAスペシャル・チャンピオン・カーニバル」と称されている。(2007年・2008年は一部撮って出し=放送ではニアーライブと呼称=の中継日がある)
[編集] 概要
1973年4月から、ジャイアント馬場の「世界のチャンピオンを集めて雌雄を決したい」という構想の下に始まった。年末の『世界最強タッグ決定リーグ戦』に並ぶ全日本プロレス最大のイベントとなった。数多くの名レスラーが優勝を目指して好勝負を展開し、数多くの夢の対決がファンに提供された。 優勝者を決定する方式として、リーグ戦方式とトーナメント方式があり、リーグ戦は総当たり式と2ブロック式と2種類あり、総当たり式は上位2名、2ブロック式は各ブロックの上位1名が優勝決定戦に進出している。 例外として、1975年はベスト4までトーナメントで4者総当たりの決勝リーグ戦、1997年は巴戦でそれぞれ優勝者を決定した。 1991年以降、優勝者が三冠ヘビー級王者でない場合、自動的に挑戦権が与えられている。
優勝決定戦の会場は、初期は地方で、1991年以降はほとんどが日本武道館。2000年以降は再び地方でも行われ、2007年、2008年は後楽園ホールで5連戦が行われた。
プロレス四天王時代はハードなシングルマッチの連戦で多数の負傷者が出た。その反省か、後に三沢光晴らが全日本を脱退して旗揚げしたプロレスリング・ノアでは、シングルトーナメント(リーグ戦)はほとんど行われていない。だが、チャンピオン・カーニバルによって選手の地力が大いに高められたのも事実である。
なお、1983年から1990年の間は、多数のタイトルマッチを行うシリーズ(『グランド・チャンピオン・カーニバル』など)として開催された。
[編集] 主な記録(2009年現在)
- 最多出場・・・川田利明 15回(1991年 - 1998年、2000年 - 2002年、2004年、2005年、2007年、2008年)
- 最多優勝・・・ジャイアント馬場 7回(1973年 - 1975年、1977年、1978年、1981年、1982年)
- 3年連続優勝・・・ジャイアント馬場(1973年 - 1975年)
- 三冠ヘビー級王者が優勝・・・ジャンボ鶴田(1991年)、スタン・ハンセン(1992年)、三沢光晴(1998年)、ベイダー(1999年)、小橋健太(2000年)、天龍源一郎(2001年)
- G1 CLIMAX優勝経験者が優勝・・・武藤敬司(2002年、2004年、2007年。G1優勝は1995年)、佐々木健介(2005年。G1優勝は2000年)
- デビュー最速優勝・・・諏訪魔 3年5か月(2008年)
[編集] 1973年大会
- 参加15人
- ジャイアント馬場 ※優勝
- マーク・ルーイン ※準優勝
- ザ・デストロイヤー
- キング・イヤウケア
- ムース・モロウスキー
- ヒロ・マツダ
- カリプス・ハリケーン
- バロン・シクルナ
- サンダー杉山
- 大熊元司
- マシオ駒
- アントニオ・プグリシー
- マティ鈴木
- マッド・ラシアン
- サムソン・クツワダ
- 内容
- トーナメントの結果、ジャイアント馬場が第1回大会優勝。
- 当時、未だ見ぬ強豪といわれていた“アナコンダ”マーク・ルーインが初来日、馬場と決勝で覇を競う。
- リーグ戦対象外でザ・シークがシリーズ特別参加。
[編集] 1974年大会
- 参加15人
- ジャイアント馬場 ※優勝
- ミスター・レスリング ※準優勝
- ジャンボ鶴田
- マーク・ルーイン
- ザ・デストロイヤー
- サンダー杉山
- マティ鈴木
- 高千穂明久
- サムソン・クツワダ
- マシオ駒
- アブドーラ・ザ・ブッチャー
- キング・イヤウケア
- ルーファス・ジョーンズ
- ジョー・ソト
- セーラー・ホワイト
- 内容
- ジャイアント馬場が2連覇。決勝で敗れたミスター・レスリングはその場で潔く覆面を脱ぎ“ティム・ウッド”であることを明かした。
- 1回戦のザ・デストロイヤーとアブドーラ・ザ・ブッチャーの試合は試合が成立しないほど荒れ、4回連続ノーコンテストのため両者失格となった。
[編集] 1975年大会
- 参加14人()内は決勝リーグ戦の成績
- ジャイアント馬場(3勝) ※優勝
- ジン・キニスキー(2勝1敗) ※準優勝
- ザ・デストロイヤー(1勝2敗)
- ザ・レスリング(3敗)
- ジャンボ鶴田
- 高千穂明久
- キラー・コワルスキー
- 大熊元司
- スティーブ・カーン
- マイク・ジョージ
- グレート小鹿
- サムソン・クツワダ
- ボブ・オートン・ジュニア
- マーク・ルーイン
- 内容
- ジャイアント馬場が無敗で3連覇を果たした。この大会ではベスト4までトーナメントで4者総当たりの決勝リーグという方式が採用された。
- リーグ戦対象外でディック・ザ・ブルーザー、ブルーノ・サンマルチノがシリーズ特別参加。
- マーク・ルーインが3年連続参加。
[編集] 1976年大会
- 参加14人
- アブドーラ・ザ・ブッチャー 18点 ※優勝
- ジャイアント馬場 18点 ※準優勝
- ジャンボ鶴田 17点
- 大木金太郎 17点
- ザ・バラクーダ 17点
- ザ・デストロイヤー 16点
- キング・イヤウケア 16点
- サムソン・クツワダ 9点
- ザ・ビースト 9点
- グレート小鹿 7点
- 大熊元司 6点
- バディ・ウォルフ 6点
- ラリー・レーン 4点
- ラリー・シャープ 0点
- 内容
- この年からリーグ戦になる。アブドーラ・ザ・ブッチャーが優勝決定戦でジャイアント馬場を下し初優勝。
- リーグ戦対象外でハーリー・レイスがシリーズ特別参加。
- ザ・バラクーダの正体はマリオ・ミラノ。
[編集] 1977年大会
- 参加15人
- ジャイアント馬場 20点 ※優勝
- ジャンボ鶴田 21点 ※準優勝
- アブドーラ・ザ・ブッチャー 20点
- 大木金太郎 18点
- ザ・デストロイヤー 17点
- スーパー・デストロイヤー 16点
- ブル・ラモス 16点
- 高千穂明久 12点
- サムソン・クツワダ 11点
- グレート小鹿 10点
- 大熊元司 9点
- ジム・デュラン 6点
- ビル・ホワイト 4点
- ホセ・ゴンザレス 2点
- レッド・ウルフ 0点
- 内容
- 優勝決定戦は師弟対決となった。ジャイアント馬場がジャンボ鶴田を下し、4度目の優勝。
- スーパー・デストロイヤーの正体は本家ドン・ジャーディン。
[編集] 1978年大会
- 参加15人
- ジャイアント馬場 24点 ※優勝
- アブドーラ・ザ・ブッチャー 25点 ※準優勝
- ジャンボ鶴田 22点
- 大木金太郎 20点
- キム・ドク 17点
- ザ・デストロイヤー 16点
- ドン・レオ・ジョナサン 16点
- キング・イヤウケア 16点
- ブラック・テラー 12点
- テッド・デビアス 10点
- グレート小鹿 4点
- 大熊元司 4点
- ロッキー羽田 4点
- ルーク・グラハム 2点
- フランク・モレル 0点
- 内容
- ジャイアント馬場が優勝決定戦でアブドーラ・ザ・ブッチャーに勝利。2年連続の逆転優勝を飾った。
- ブラック・テラーの正体はタンク・パットン。
[編集] 1979年大会
- 参加16人
- アブドーラ・ザ・ブッチャー 24点 ※優勝
- ジャンボ鶴田 24点 ※準優勝
- ジャイアント馬場 23点
- ザ・デストロイヤー 22点
- ディック・スレーター 21点
- 大木金太郎 18点
- ドス・カラス 18点
- キラー・トーア・カマタ 16点
- マリオ・ミラノ 10点
- 石川隆士 8点
- グレート小鹿 6点
- 大熊元司 6点
- ロッキー羽田 6点
- ビリー・フランシス 4点
- ドン・ミラノ 2点
- ビッグ・レッド 0点
- 内容
- 優勝決定戦は両者リングアウトとなったため急遽再試合となり、ブッチャーが2度目の優勝。
[編集] 1980年大会
- 参加13人
- ジャンボ鶴田 19点 ※優勝
- ディック・スレーター 19点 ※準優勝
- アブドーラ・ザ・ブッチャー 18点
- テリー・ファンク 18点
- ジャイアント馬場 17点
- タイガー戸口 15点
- テッド・デビアス 12点
- レイ・キャンディ 8点
- ミステリアス・アサシン 6点
- ロッキー羽田 4点
- グレート小鹿 4点
- 大熊元司 2点
- カール・ファジー 0点
- 内容
- ジャンボ鶴田が必殺のジャーマン・スープレックスでディック・スレーターを下し初優勝を果たした。
- テリーとブッチャーが数年来の遺恨を持ち込んだ形となり、軍団抗争の様相で優勝戦線が混沌とした。
- リーグ戦対象外でザ・シークがシリーズ特別参加。
- ミステリアス・アサシンの正体はボビー・ジャガーズ。
[編集] 1981年大会
- 参加14人
- ジャイアント馬場 21点 ※優勝
- ジャンボ鶴田 19点 ※準優勝
- アブドーラ・ザ・ブッチャー 18点
- ブルーザー・ブロディ 18点
- ジャック・ブリスコ 18点
- タイガー戸口 17点
- キラー・ブルックス 12点
- ジ・アベンジャー 10点
- 石川隆士 8点
- グレート小鹿 6点
- ロッキー羽田 6点
- プリンス・トンガ 6点
- 大熊元司 4点
- ウェイン・ファリス 3点
- 内容
- トップだったジャンボ鶴田が最終戦で両者リングアウトに終わり、ジャイアント馬場が逆転し6度目の優勝。
- 次のシリーズで復活インターナショナル・ヘビー級王座の争奪トーナメントが行われ、チャンピオン・カーニバルの成績上位者と特別参加のドリー・ファンク・ジュニア、テリー・ファンクが出場した。
- ジ・アベンジャーの正体はムース・モロウスキー。
- ウェイン・ファリスは後にWWFで活躍したホンキー・トンク・マン。
[編集] 1982年大会
- 参加18人
- ジャイアント馬場 29点 ※優勝
- ジャンボ鶴田 28点 ※準優勝
- テッド・デビアス 28点
- ブルーザー・ブロディ 28点
- 天龍源一郎 26点
- ビル・ロビンソン 25点
- モンゴリアン・ストンパー 20点
- アレックス・スミルノフ 18点
- バック・ロブレイ 16点
- マイティ井上 11点
- ロッキー羽田 10点
- プリンス・トンガ 10点
- 石川隆士 9点
- 佐藤昭雄 8点
- グレート小鹿 8点
- 大熊元司 8点
- ビル・ハワード 2点
- 阿修羅・原 0点
- 内容
- ジャイアント馬場はビル・ロビンソンやモンゴリアン・ストンパー戦で得点を取れず優勝が危ぶまれたが、上位陣から確実に勝利を奪い連覇を達成、通算7度目の優勝とした。この年を最後に優勝争いの形式はいったん終了した。
- カーニバル本選終了と同時にグランド・チャンピオン・シリーズが開幕、ブロディ・デビアス・ストンパー・ロブレイが残留参加。ドリー・ファンク・ジュニア、テリー・ファンク、ハーリー・レイス、スタン・ハンセン、ジミー・スヌーカが合流。
[編集] 1991年大会
- 参加14人
- Aブロック
- Bブロック
- 内容
- リーグ戦形式のチャンピオン・カーニバルが復活。2リーグ形式となり、Bブロック1位のジャンボ鶴田がAブロック1位のスタン・ハンセンに勝利し優勝。10年ぶりのリーグ戦復活とあって鶴田以外は全員初出場であった。なお、この年のリーグ戦はAB両ブロックとも、1位は全勝、2位は1位に敗れた以外3位以下に全勝、3位は1位2位に敗れた以外全勝……最下位は全敗、という珍しい星取りとなった。
[編集] 1992年大会
- 参加20人
- Aブロック
- 三沢光晴 17点 ※準優勝
- ジャンボ鶴田 16点
- テリー・ゴディ 15点
- ジョニー・エース 12点
- 渕正信 10点
- ダグ・ファーナス 8点
- ジャイアント・キマラII 6点
- 菊地毅 4点
- M・ブラスター 2点
- ジョー・ディートン 0点
- Bブロック
- スタン・ハンセン 18点 ※優勝
- スティーブ・ウィリアムス 15点
- 川田利明 12点
- ダニー・スパイビー 12点
- 小橋健太 11点
- 田上明 8点
- ダニー・クロファット 8点
- 小川良成 4点
- デビット・アイズリー 2点
- ビリー・ブラック 0点
- 内容
- ジュニアヘビー級の選手や中堅外国人選手が大量にエントリーされたが、実力差の大きい主力選手との試合では秒殺決着が相次いだ。三つ巴の激戦となったAブロックでは、昨年の覇者・ジャンボ鶴田が無敗にもかかわらず、2回の時間切れ引き分けによる失点2でリーグ戦で敗退する一幕も。決勝ではスタン・ハンセンが回転十字固めを狙う三沢をブロックバスターで押し潰して3カウント。リーグ戦含めて文句なしの全勝優勝を果たした。
[編集] 1993年大会
- 参加13人
- スタン・ハンセン 20点 ※優勝
- 三沢光晴 20点 ※準優勝
- テリー・ゴディ 19点
- スティーブ・ウィリアムス 19点
- 川田利明 18点
- 田上明 17点
- 小橋健太 12点
- デイビーボーイ・スミス 8点
- ジョニー・エース 8点
- パトリオット 7点
- ダニー・クロファット 4点
- ダグ・ファーナス 4点
- 秋山準 0点
- 内容
- 再び1リーグ形式に戻った。上位の選手がお互いに星を潰しあい大混戦となり、その中でスタン・ハンセンと三沢光晴が優勝戦進出を決めた。2年連続のこの2人での優勝戦となり、またしてもハンセンが勝利、2連覇を達成した。
[編集] 1994年大会
- 参加12人
- 川田利明 19点 ※優勝
- スティーブ・ウィリアムス 19点 ※準優勝
- スタン・ハンセン 18点
- 田上明 17点
- 小橋健太 17点
- ジョニー・エース 11点
- 秋山準 9点
- ビッグ・ジョン・ノード 6点
- ダグ・ファーナス 4点
- ジョニー・スミス 4点
- ジ・イーグル 4点
- 三沢光晴 4点
- 内容
- 2年連続準優勝の三沢が2戦戦った後欠場するというアクシデントが発生。リーグ戦は三沢を除くプロレス四天王とハンセン、ウィリアムスの優勝争いとなったが、ハンセンは小橋と田上に連敗し脱落、川田とウィリアムスがハンセン以外に全勝し優勝決定戦に進出。17年ぶりに日本武道館で行われた優勝戦は川田が勝利し、超世代で初の優勝者となった。
[編集] 1995年大会
- 参加11人
- 三沢光晴 17点 ※優勝
- 田上明 17点 ※準優勝
- 川田利明 16点
- スタン・ハンセン 16点
- 小橋健太 13点
- ジョニー・エース 11点
- 秋山準 6点
- ダグ・ファーナス 6点
- ダニー・スパイビー 4点
- ダニー・クロファット 4点
- 大森隆男 0点
- 内容
- 前年準優勝のウィリアムスが開幕直前に「家庭の事情」のため来日をキャンセル。三沢は全勝で勝ち進んでいったものの、川田戦で左眼窩骨折という事態になる。去年に引き続きリタイアかとの憶測も出たが、その後も出場し、7勝3分で優勝戦に進出。田上も順調に勝ち点を重ねていき、優勝戦はプロレス四天王同士の対決となった。三沢がタイガー・スープレックスで田上を下し、怪我を乗り越えての初優勝を果たした。
[編集] 1996年大会
- 参加12人
- 田上明 17点 ※優勝
- スティーブ・ウィリアムス 17点 ※準優勝
- 三沢光晴 16点
- スタン・ハンセン 16点
- 小橋健太 16点
- 川田利明 15点
- ゲーリー・オブライト 12点
- ジョニー・エース 9点
- パトリオット 6点
- 秋山準 5点
- 大森隆男 2点
- 本田多聞 1点
- 内容
- 田上はハンセンに勝利するなど確実にポイントを稼いだ。2大会ぶり参戦のウィリアムスも三沢や川田を倒し優勝戦に進出。優勝戦で田上はノド輪落としで勝利し、前回準優勝の雪辱を果たし初優勝。
[編集] 1997年大会
- 参加13人
- 川田利明 19点 ※優勝
- 小橋健太 19点
- 三沢光晴 19点
- スタン・ハンセン 18点
- スティーブ・ウィリアムス 18点
- 田上明 18点
- ゲーリー・オブライト 12点
- ジョニー・エース 10点
- 秋山準 9点
- ジャイアント・キマラ 6点
- 本田多聞 4点
- 大森隆男 4点
- 泉田純 0点
- 内容
- 川田、小橋、三沢の3人が19点で並び、史上初の巴戦での優勝決定戦となった。第1試合は三沢と小橋が引き分け。第2試合は疲労が残る三沢を川田が下し、川田は小橋との第3試合も勝利。川田は初のシングルでの三沢越えを果たすとともに、2度目の優勝を達成した。
[編集] 1998年大会
- 参加13人
- 三沢光晴 19点 ※優勝
- 秋山準 19点 ※準優勝
- 川田利明 18点
- 小橋健太 18点
- スタン・ハンセン 17点
- スティーブ・ウィリアムス 17点
- ジョニー・エース 14点
- ゲーリー・オブライト 12点
- 田上明 8点
- 大森隆男 6点
- ジャイアント・キマラ 4点
- ウルフ・ホークフィールド 4点
- 泉田純 0点
- 内容
- 秋山がハンセンを破るなどの活躍で優勝戦に進出。三沢も三冠王者の貫禄を見せ、優勝戦に駒を進める。優勝戦では三沢が得意のエルボーで秋山に勝利し、2度目の優勝を果たした。
[編集] 1999年大会
- 参加10人
- ベイダー 15点 ※優勝
- 小橋健太 16点 ※準優勝
- 三沢光晴 14点
- 秋山準 11点
- 田上明 11点
- ジョニー・エース 9点
- ゲーリー・オブライト 8点
- 高山善廣 3点
- 新崎人生 2点
- 大森隆男 1点
- 内容
- 小橋は無敗でリーグ戦を終える。初参加のベイダーは巨漢とパワーを生かして優勝戦に進出。優勝戦はベイダーアタックでベイダーが勝利し、初優勝を達成した。
[編集] 2000年大会
- 参加16人
- 小橋健太 ※優勝
- 大森隆男 ※準優勝
- 三沢光晴
- スティーブ・ウィリアムス
- ジョニー・スミス
- ベイダー
- マイク・バートン
- 泉田純
- 本田多聞
- ジョニー・エース
- 高山善廣
- 川田利明
- 井上雅央
- 秋山準
- ウルフ・ホークフィールド
- 田上明
- 内容
- 1975年大会以来のトーナメントで行われた。1回戦で秋山を7秒でフォールした大森が勢いに乗って決勝に進出したが小橋の牙城は崩せず、小橋は昨年準優勝の悔しさを晴らし悲願の初優勝。
[編集] 2001年大会
- 参加10人
- 天龍源一郎 15点※優勝
- 太陽ケア 15点※準優勝
- 川田利明 14点
- スティーブ・ウィリアムス 13点
- マイク・バートン 13点
- 藤原喜明 7点
- ジョニー・スミス 7点
- 長井満也 2点
- ジム・スティール 2点
- ジョージ・ハインズ 2点
- 内容
- 三沢、小橋、田上ら同年旗揚げしたプロレスリング・ノア勢が大量離脱して初の大会。天龍の電撃復帰や藤原喜明ら新顔の登場で、顔触れは一変した。再びリーグ戦形式で行われたが、川田は最終戦でウィリアムスに敗れ、天龍とケアに逆転を許してしまう。1か月前の三冠戦の再戦となった優勝戦は天龍が再びケアに勝利し、初優勝を飾った。
[編集] 2002年大会
- 参加14人
- Aブロック
- Bブロック
- 内容
- 川田が負傷により欠場を余儀なくされるアクシデントが発生。Aブロックからは小島とバートンが無敗で優勝決定トーナメントに進出。Bブロックは天龍が全勝と抜け出し、武藤は膝を痛め、2敗を喫する苦しい展開になるも何とか抜け出した。優勝決定トーナメントでは武藤が小島とバートンに勝利し、初優勝を果たした。
[編集] 2003年大会
[編集] ヘビー級
- 参加10人
- 小島聡 ※優勝
- 嵐 ※準優勝
- 武藤敬司
- ジョージ・ハインズ
- ビッグ・ジョン・テンタ
- ギガンテス
- ザ・グラジエーター
- 荒谷信孝
- ジョニー・スミス
- 安生洋二
- 内容
- この年はトーナメントで行われた。武藤が準決勝で嵐に敗れるというハプニング。決勝では小島が嵐をラリアットで下し、初優勝。
[編集] ジュニアヘビー級
- 参加6人
- 内容
- 初の試みとして開催された。バトラーツの常連外国人だったカール・グレコ(マレンコ)ことカール・コンティニーと、元WCWのジミー・ヤンが勝ち点8で並び、優勝戦でカールが勝利。世界ジュニアヘビー級王者への挑戦権を獲得。
[編集] 2004年大会
- 参加10人
- Aブロック
- Bブロック
- 大森隆男 7点
- 小島聡 5点
- 太陽ケア 4点
- 川田利明 2点
- 荒谷望誉 2点
- 内容
- 川田が1試合戦って負傷により欠場というアクシデント。優勝決定戦は小島に勝った健介と大森に勝った武藤との勝負になり、武藤がシャイニング・ウィザードからムーンサルトプレスで勝利、2度目の優勝を達成した。
[編集] 2005年大会
- 参加12人
- Aブロック
- 小島聡 7点
- 佐々木健介 6点 ※優勝
- 太陽ケア 5点
- 嵐 4点
- ジャイアント・バーナード 4点
- 近藤修司 2点
- Bブロック
- 内容
- ジャマールがその巨漢を生かした戦いで小島に勝利。健介は川田を北斗ボムで下し、この2名が決勝戦に進んだ。決勝では健介が痛めた右腕を攻められる苦しい展開になるも、ラリアットから北斗ボムでジャマールにフォール勝ち。昨年準優勝の無念を晴らした。
[編集] 2006年大会
- 参加12人
- Aブロック
- 諏訪魔 7点 ※準優勝
- 太陽ケア 6点 ※優勝
- 武藤敬司 5点
- 佐々木健介 5点
- 吉江豊 5点
- ブキャナン 2点
- Bブロック
- 内容
- 鈴木と小島はともに無敗でリーグ戦を突破したが、鈴木はケアにうまく丸め込まれフォール負け、小島はVOODOO-MURDERSの乱入によりリングアウト負けを喫した。決勝ではケアが得意技の波乗りスープレックス、TKOで流れを手繰り寄せ、最後はH5Oで勝利した。また、セコンドについたRO&DがVMの乱入を阻止し、勝利に貢献した。ケアはベイダー以来7年ぶりの外国人のチャンピオン・カーニバル優勝を達成した。
[編集] 2007年大会
- 参加10人
- Aブロック
- 武藤敬司 6点 ※優勝
- 諏訪魔 5点
- 佐々木健介 5点
- 太陽ケア 4点
- 大鷲透 0点
- Bブロック
- 内容
- 平日の後楽園ホール5連戦(各組5人ずつの総当たり戦。その後最終日に各組1位選手同士で決勝戦を行う)として開催された。三冠王者(当時)の鈴木がTAJIRIにまさかの黒星をつけられるなどの波乱もある中、決勝に勝ち上がったのは武藤と川田。互いに歳を感じさせない激しいファイトで、最後は武藤が2発目のムーンサルトを決め、3年ぶり3度目の優勝を果たした。なお、日替わりでお笑い芸人(原口あきまさ→三又又三→イジリー岡田→ダチョウ倶楽部→神奈月)がゲスト解説を務めた。
[編集] 2008年大会
- 参加者10人
- 内容
- 前年同様、後楽園ホール5連戦で行われた。新日本から棚橋が初参戦し、武藤らを抑えて決勝にコマを進めたが、決勝ではVMから離脱した諏訪魔が同世代対決を制し、鶴田の7年1か月を上回る史上最速のデビュー3年5か月でチャンピオン・カーニバル初制覇を果たした。なお、日替わりでグラビアアイドル(相澤仁美→田代さやか→愛川ゆず季→原幹恵→小阪由佳)がゲスト解説を務めた。
[編集] 2009年大会
- 参加者12人
- Aブロック
- 武藤敬司 8点
- カズ・ハヤシ 7点 ※準優勝
- 高山善廣 6点
- 西村修 5点
- ジョー・ドーリング 4点
- 真田聖也 0点
- 内容
- 2年続いた後楽園ホール5連戦に代わり、3年ぶりに地方興行で公式戦が行われた。前年末の最強タッグに続き新人の浜が抜擢され、ゾディアックとケアから2勝を挙げる健闘。最終日にJCBホールで行われた決勝トーナメントでは、ジュニアヘビー級から初めて出場したカズが小島に勝利して決勝に進出したが、鈴木が準決勝の武藤に続きカズもゴッチ式パイルドライバーで沈め、参加4年目で初優勝。
[編集] 関連項目
最終更新 2009年10月23日 (金) 13:36 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【チャンピオン・カーニバル (プロレス)】変更履歴

