チャールズ・テイズ・ラッセル
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チャールズ・テイズ・ラッセル(Charles Taze Russell、1852年2月16日 - 1916年10月31日)は、19世紀後半~20世紀初期のアメリカの宗教家である。国際聖書研究者(現在のエホバの証人)と、その統率法人であるシオンのものみの塔冊子協会(後のものみの塔聖書冊子協会)を設立し、初代会長となった。また、エホバの証人の成立以降、牧師[1]と呼ばれた唯一の人物である。
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[編集] 活動以前
アメリカ、ペンシルベニア州アレゲーニー(現在のピッツバーグ近辺)にアイルランド系アメリカ人の2世として生まれた。実家は男性用の洋服店で、ラッセル自身も家業の経営に関わり、概ね事業としては成功していたようである。
当初、彼の家族がそうであったように、長老派教会に属すプロテスタントのクリスチャンであったが、後に組合教会に移籍する。更には「地獄[2]における永遠の責め苦」また「予定説」に対して疑問を抱き、「自分の力を使って人間を創造しておきながら、その人間がとこしえの責め苦に遭うのを予知し、予定しているような神には知恵も公正も愛もあるはずがない。その規準は多くの人間の規準よりも低いことになる」[3]と青年のときのラッセルは書いている。それで組合教会から離れ、その後再臨運動に加わるまでの間に、キリスト教各教派、また東洋の宗教を調査したが納得の行く答えは得られなかった。(ふれ告げる人々43頁3節)
[編集] 再臨運動
組合教会離脱からさほど時間も経過せずに、今度は当時流行しつつあった再臨派(アドベンティスト派)の運動の中の集会にとあることで出席。そこで聖書は霊感によって書かれた事に対する確信を再確立する。この流れからは、現在のエホバの証人の他に、現在の再臨派を自称する教団や、セブンスデー・アドベンチスト教会も生まれている。当然、この流れに関連する千年王国教理の支持者が再臨運動に多く参加しており、[4]ラッセル自身も大きく影響を受け、後のエホバの証人の教理の中核を担っていく。[5]
[6]1874年にキリストが再臨し始めたと信じ始め、その年代を信じるよう説得した再臨派のネルソン・H・バーバーと協力関係を結び、1877年にはバーバーとの共同著書『三つの世界』という本を出版している(実際にはラッセルは資金を提供するのみで執筆はバーバーが独自に行った)。内容としては聖書から導き出したキリスト教世界の再臨派と共通する計算方法であった。(ふれ告げる人々5章49頁)[7]人類の祖、アダムの創造年とキリストの再臨時期、及び千年王国の開始時期の特定を宣言するものであった。[8]また、1914年が異邦人の時の終わりであるという内容も示唆されている。(これはE・B・エリオットという人の確かな年代計算で、ロバート・シーリーという人も同様の計算をしている。[ふれ告げる人々10章135頁])[9]
[編集] ものみの塔協会設立
協力関係にあったバーバーであったが、キリスト贖罪論の意見の相違(身代わりかそうでないか)から険悪な関係となり、袂を分かつ。ラッセルが資金を援助して発行されていたバーバーの冊子『朝の先触れ[Herald of the Morning]』の出資を一切停止し、自身の教理と解釈を記した雑誌、「シオンのものみの塔 及びキリストの臨在の告知者(Zion's Watch Tower and Herald of Christ's Presence)」(現在のものみの塔誌)を創刊する。[10]
その後、ものみの塔誌上で聖書・キリスト教教理を説明、『聖書研究』等の著書も相次いで出版。聖書講演会を主宰するに至る。すでに聖書を綿密に研究して、キリスト教世界の教理、三位一体が聖書の教理でないことを理解し、出版物で説明した。[11]
1884年には主宰する聖書研究会の統率、及び、ものみの塔誌等を始めとする出版母体の法人組織として「シオンのものみの塔冊子協会」(現在の「ペンシルベニアのものみの塔聖書冊子協会」の前身で、中央法人として後に設立される「ニューヨーク州のものみの塔聖書冊子協会」の親協会)を設立、会長に就任する。ここに、現在のエホバの証人組織の原型が出来上がった。尚、「エホバの証人 (Jehovah's Witnesses)」と信徒が自称するのは(1931年)2代会長ジョセフ・フランクリン・ラザフォードの時代からで、当時は「International Bible Students(国際聖書研究者)」と自称していた。
ラッセルは世界各国への伝道活動にも意欲的で、ものみの塔聖書冊子協会の英国法人である、「国際聖書研究者協会」等、各国に現地法人を設立、日本へも訪れた。また、1912年には「創造の写真劇」と呼ばれた8時間に及ぶ音声付きスライド写真型カラー映画の公開に着手した。これは当時としては画期的だった。この頃はハルマゲドンは1914年に到来するとされていた。(ふれ告げる136頁3節137頁2節、635頁5節)[12]
ラッセルは最初は自分だけが忠実で思慮深い奴隷(マタイ24:45)すなわち牧師であるとの聖句の適用はさけていた。[13]
[編集] 思想
ふれ告げられるべきなのは、神の王国政府であってそれが聖書の主題である(創3:15)。神の胤のキリストと仲間の14万4千人(これも神の胤)によって全人類の諸問題を1度限り永久に解決し、恒久平和や病気など「……すべての涙をぬぐい去ってくださり……」(啓示21:4)、現実にその王国政府は行う。千年期とか千年王国などといわれているその期間に地上の人間は復活した人たちと共に(イザヤ26:19)完全な健康と豊富な食料、とこしえの命などが与えられ、当初アダムが持っていた前途を望み見ることができるようになる。(霊魂不滅の教理、地獄の責め苦の教理を否定した。ふれ告げる144,5頁)[14]
[編集] 脚注
- ^ 『エホバの証人―神の王国をふれ告げる人々』ものみの塔聖書冊子協会、1993年、54頁の囲み記事。
- ^ 神は人を火で責めつづけることを忌まわしく思う。『エレミヤ書』32:35参照。
- ^ 『エホバの証人―神の王国をふれ告げる人々』ものみの塔聖書冊子協会、1993年、43頁より引用。
- ^ これらの人々は、ミレネアリアンズ[千年期説信奉者]または、キリアスト(複数形キリアスツ)[ギリシャ語、千年王国信奉者]と呼ばれている。(ものみの塔1981年7月15日号13頁2節)
- ^ しかし、ラッセルは千年王国を聖書から学んだのであり、アドベンチストから学んだのではない。しかし確かにアドベンチスト派から年代計算を学んだ。しかしそれは1914年を含むものであった。(ふれ告げる人々135頁1、2節)
- ^ 1876年に「朝の先触れ[Herald of the Morning]」という雑誌を見てからキリストが見えない形で臨在していると信じている人がラッセルの仲間たちの他にもいると知りその主唱者ネルソン・H・バーバーを知りあったのち、(ふれ告げる人々46頁2節)
- ^ この1874年というのはクリストファー・ボーエンという人の不確かな年代計算で、これは使徒13:20の欽定訳他エンファティック・ダイアグロットなど比較的新しいギリシャ語本文などの読みの誤りに基づいた時の計算で、(使徒13:20の450年を預言者サムエルの時まで当てはめている。ゆえに時が足りないためヘブライ語の本文を読み直し、[列王記第一6章1節のヘブライ語数字ヘー(5)がダーレト(4)で置き換えられて改悪されたという説]100年プラスして時を100年前倒しさせた。[こうして出エジプトから神殿建設まで580年となりパウロの年代表と完全に合致するとされた。しかし元のヘブライ語本文は数詞を正式に綴っているので、ターウ・コーフ・ペー(580)とターウ・ペー(480)と読み違える可能性はまずなかった。(千年王国、208頁)])西暦0年の存在がなかったことも分かっておらず、(洞察第2巻441頁。聖書の教え218頁)1874年がキリストの臨在の開始ということになった、確かにアダムが1874年の101年後の1975年の6000年前に創造されたが、[西暦前、4026年。西暦0年がない](同上、さあ花婿だ、11章、185頁、啓示の書の・・105頁囲み記事)1975年説はエホバの民の内でも話題になったが、一つの可能性に過ぎないという点も強調された。しかし、突っ走って失敗した人もいた。しかしアダムの創造が即ち創造の日の第7日の6000年の始まりではないということに留意。(霊感の本286頁13節。研究3。)その後生き物や、人間の女エバが創造されたと記録されている。(創世2:19口語訳「[アダム創造後]そして主なる神は野のすべての獣と、空のすべての鳥とを土で造り、・・・)創世記の第一章の各々の創造の日は24時間ではなく7000年と理解している。根本主義的特殊創造説ではない。6000年の人類の現世があり、・・・・というのは、聖アウグスチヌスも認めている説である。(カトリック百科事典は、アウグスチヌスが「比喩的説明を加えている・・・、第一の復活はバプテスマによる霊的再生、6000年の歴史の後に続く安息の千年は、永遠の全生涯を表している・・・」[ものみの塔1981年7月15日号11頁]と言って、6000年と千年を暗に認めている。前千年王国説も参照、歴史を見よ、アウグスチヌスの説の裏付け。)
- ^ 世界年つまり創造の日の[第七日]世界開闢(かいびゃく)以来第~年と書かれていて1872年で6000年過ぎている、1873年から第七千年紀が始まっているとされた年代が1906年から1928年までものみの塔の表紙に書かれていたが、(千年王国11章205頁、48節)この~72年という年代は、西暦前4128年にアダムが創造されたとされた年代で、列王や歴代の王の統治年の照合や西暦0年を考慮しない不正確不実な年代で、思うにこの世が終わる時は何時かという6000年を計算する行為は、僭越[せんえつ]で神の不興を被って呪われているのかもしれない。マタイ24:36、使徒1:6、7。しかしマタイ24:43、44[・・・盗人が、どの見張り時に・・知っていたなら、目を覚ましていて・・押し入られる・・許さなかったでしょう・・あなた方も用意のできていることを・・おもわぬ時刻に・・来る]はこの時代に(世代かも?)世の終わりが来ることを示している。神の証人たちがふれ告げているからである。(マタイ24:14文語訳、福音は、・・・全世界に宣伝へられん、しかして後、終わりは至るべし。)
- ^ その時は神の王国政府が全権を掌握しているだろうと考えられた。しかしラッセルも当時まで真偽が分からない慎重な見方をしていた。(ふれ告げる635頁)それで1870年代が臨在の始まりではなく1914年がキリストの臨在の始まりであることが分かってきた。(ふれ告げる136頁ー138頁)年代的には、王国の誕生は1918年である。(エホバの証人に関する論争のインターネットの項の教理の変更、油注がれたものの復活(resurrection of anointed)の「年代表」[囲み記事]を参照、注釈(英文)[80]2007年の1月1日号第一研究記事6節から18節までの記述、で1918年に天の女の出産がありそれ以来油注がれたものが天に復活したことが教えられている。塔1988年10月15日号12頁13節。啓示の書の・・103頁12節)
- ^ ラッセルは贖いの身代わりとしてのキリストの贖罪を支持。キリストの「日々自分の十字架を負うて・・従ってきなさい」(ルカ9:23口語訳、欽定)との言葉を信じ、バーバーはハエにピンを刺して・・・、キリストがハエのような小さなもので、それが身代わりだとの主張。意見がかみ合わず、ラッセルはそれ以上バーバーと付きあわないことにした。(ふれ告げる48頁)ものみの塔はその創刊号から贖いを支持、今もキリストの流された血が人類の罪を取り去ると説明している。[ものみの塔2頁、この雑誌の目的]アダムとイエスの重さ[価値]は、同等。そして14万4千人の人々も神に愛された世のために自分の命の犠牲の死を遂げる必要がある。(ペテロ一2:21、4:1。索引、油注がれたクリ・・・成員の死~犠牲の死参照、啓示の、100頁3、4節及び289頁10、11節、塔06年2月15日号23、24頁12節)
- ^ そのことは、すでにハンガリー人のフランシス・ダビド、ポーランドでさかえたソッツィーニ派、英国のアイザック・ニュートン卿、アメリカのヘンリー・グルーなどがいて、遠くはアリウスなどが三位一体に反対していた。[ふれ告げる125頁下注]
- ^ 1914-1918,19年のものみの塔誌は信仰の試みの時代で、信仰から離れることのないように注意を促している。離れた人は主に時に注意が向けられていて本当の信仰、真理やエホバへの愛を培っていなかったと思われる。[ふれ告げる6章]
- ^ このことは聖職者階級と平信徒というキリスト教世界のやり方に反対していたことを示すものであった。(ふれ告げる142頁4節)最初にラッセル自身が忠実で・・・と言い出したのは、元妻マリア・ラッセルであった。(ふれ告げる143頁1節と645,6頁)1881年のものみの塔(10-11月号)と1927年のものみの塔(2月15日号)に14万4千人全体の人々が忠実で・・・・と、そこから益を受ける人たちであることが再確認されていた。[イザヤ43:10](同142頁5節)しかし周りの人は牧者(パスター)と考えていた。(ふれ告げる54頁囲み記事)そしてその後の何十年間は黙許されていた。それでパスター(師)と呼ばれていた。ラッセルの「口を閉ざした上にほかの代理者も見つからないとすれば、石が叫ぶであろう」と自分で書いていた。「神の定めの時が到来した」という理由であった。(同143頁2節)したがってラッセル以後は、ものみの塔協会の統治体がラッセルの後継者となって14万4千人を代表している。ものみの塔聖書冊子協会のwikipediaの項目とエホバの証人の項目も参照。(なお人の名声ではなく、神の御名エホバが高められることの方が重要である。ものみの塔の執筆者の氏名(イニシャル)も書かれなくなった。)[同146頁3節]
- ^ なお、「ふれ告げる人々」の本はものみの塔の公式自己説明書で第一級の資料で、図書館などにも置ける一般向けのエホバの証人の説明書であり、ものみの塔が無償で出版している。普通の書店で買うと大部高額だろう。あのような厚手で、ハードカバーの本は印刷、製本などのコストがかかっている為、寄付をして手に入れることを考慮。寄付は強制ではないので無償で手に入る。証人たちから手に入れるか、ものみの塔協会の日本支部に手紙(お金は同封の切手などで。)で注文することができる。もちろんお金集めの宗教ではないので安心することができる。求められているのはお金ではなく、学ぶ努力だそうだ。費用がかかっているのは印刷と製本だけなので、利益を求める商売ではないので、安いかもしれない。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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この項目「チャールズ・テイズ・ラッセル」は、キリスト教に関連した書きかけ項目です。加筆・訂正などをして下さる協力者を求めています(P:キリスト教/PJ:キリスト教)。 |
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最終更新 2009年11月30日 (月) 15:18 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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