チャールトン・ヘストン
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| チャールトン・ヘストン Charlton Heston |
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![]() チャールトン・ヘストン(1963年ワシントン大行進にて) |
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| 生年月日 | 1924年10月4日 | ||||||
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| 没年月日 | 2008年4月5日(満83歳没) | ||||||
| 出生地 | |||||||
| 国籍 | アメリカ合衆国 | ||||||
| 職業 | 俳優 | ||||||
| ジャンル | 映画 | ||||||
| 活動期間 | 1950年 - 2008年 | ||||||
| 活動内容 | 1950年:映画デビュー 1959年:アカデミー主演男優賞受賞 |
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| 配偶者 | リディア・クラーク | ||||||
| 家族 | フレイザー・ヘストン(長男) | ||||||
| 主な作品 | |||||||
| 映画 『ベン・ハー』 『MY FATHER』 |
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| 備考 | |||||||
| 全米ライフル協会会長(1998年 - 2003年) 映画俳優組合代表(1965年 - 1971年) |
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チャールトン・ヘストン(Charlton Heston, 1924年10月4日 - 2008年4月5日)はアメリカ合衆国・イリノイ州エヴァンストン(Evanston)出身の俳優、社会運動家。身長188cm。妻は女優のリディア・クラーク、長男は映画監督のフレイザー・ヘストン(Fraser Heston)。趣味は狩猟と釣りである。
目次 |
[編集] プロフィール
イリノイ州の中心部シカゴの北に隣接するエヴァンストンに生まれ、ノースウェスタン大学卒業後、アメリカ陸軍に入隊第二次世界大戦には爆撃機の搭乗員として参戦していた。
退役後1950年に最初の映画に出演、『ミケランジェロの彫刻のように美しい』と称された肉体美と精悍なマスク、格調高い演技力でいくつもの名作に出演し、1959年には映画『ベン・ハー』でアカデミー主演男優賞を獲得した。ハリウッド黄金期後期を支え、日本人にも馴染み深い大作やSF映画の主演も務めた。1966年から1971年までは、俳優組合の会長をつとめた。
演じる役柄、出演作も幅広かったことで知られ、とくに当たり役となった歴史劇『十戒』や『ベン・ハー』、『エル・シド』、『華麗なる激情』等では歴史上の英雄を、『大地震』、『ハイジャック』等に代表されるパニック・アクションのタフガイな主人公をそれぞれ演じ分けた他、更には『猿の惑星』や『ソイレント・グリーン』などの娯楽作、異色作にも登場しイメージを一新した。1980年代以降は『ピラミッド』などのオカルト的作品の悪役で性格俳優の一面も見せ、90年代も個性的な名脇役として親しまれ晩年まで出演を続けた。
『MY FATHER』(2003年)ではアルツハイマーに苦しみながらも死の天使と恐れられたヨーゼフ・メンゲレを圧倒的な存在感で演じ、好評を得た。
私生活は大変堅実だったのが有名でハリウッドスターとしては大変珍しく離婚歴はなく、20歳の時に結婚したリディア夫人と自身が亡くなるまで64年間連れ添った。2008年4月5日夜半過ぎ、自宅にて夫人に看取られ84歳で死去。アメリカのメディアはトップニュースでヘストンの死去を報じた。
[編集] 政治運動
[編集] 公民権運動
下記のように晩年は保守派層の代表として見られるが、アメリカ国内において法の上での人種差別が認められており、南部を中心に人種差別が激しかった1950年代から1960年代には、公民権運動の旗振り役の1人として活動し、マーティン・ルーサー・キング牧師と共にワシントン大行進に参加した。
その後、バリー・ゴールドウォーターへの共感から保守主義に傾倒していくものの、一貫して人種差別に対しては反対の立場を取り、公民権法の実現と人種差別の解消に情熱を注いだ。なお、ジェシー・ヘルムズやトム・ディレイなどの大物政治家とも親交を持った。
[編集] 全米ライフル協会
銃の所有者が多いイリノイ州南部の出身ということもある上、「武装する権利擁護」の観点から全米ライフル協会(NRA)の一員であり、1997年に同会の評議員に当選し、翌1998年には同会の会長に就任した。
同会の会長は本来2期(1期1年)までだったが、規約が改正され2003年まで5期つとめ、2000年アメリカ合衆国大統領選挙におけるジョージ・ブッシュ当選、2002年における共和党の中間選挙勝利に貢献し、減少を続けていた会員数も500万人近くにまで増大させた。そのため一時は大きな争点となっていた銃規制論議は、2008年アメリカ合衆国大統領選挙においてはほとんど聞かれず。本来は規制推進論者であるバラック・オバマやヒラリー・クリントンは争点化させていない。
2002年にドキュメンタリー映画 『ボウリング・フォー・コロンバイン』 の監督で、全米ライフル協会の会員でもあるマイケル・ムーアからインタビューを受け、コロンバイン高校銃乱射事件直後のコロラド州デンバーでの全米ライフル協会会議について質問された。自身が全米ライフル協会の会員であることを述べてインタビューを始めたムーアに対し、ヘストンは上記会議の開催を批判されていることに気づくと立ち上がって退座した。
2002年8月に自分がアルツハイマー病であることを公表し、全米ライフル協会会長を辞任した。
[編集] 主な出演作品
- 地上最大のショウ The Greatest Show on Earth(1952年)
- 十戒 The Ten Commandments(1956年,セシル・B・デミル監督。モーセ役)
- 黒い罠 Touch of Evil(1958年、オーソン・ウェルズ監督。マイク・ヴァーガス警部役)
- 大いなる西部 The Big Country(1958年、ウィリアム・ワイラー監督。牧童頭スティーヴ役)
- ベン・ハー Ben-Hur(1959年、ウィリアム・ワイラー監督。ジュダ=ベン・ハー役)
- エル・シド El Cid(1961年、サミュエル・ブロンストン監督。ロドリゴ・エル・シド役)
- ダイアモンド・ヘッド Diamond Head(1962年、ガイ・グリーン監督)
- 北京の55日 55 Days at Peking(1963年)
- 華麗なる激情 The Agony and the Ecstasy(1965年、キャロル・リード監督。ミケランジェロ役)
- 偉大な生涯の物語 The Greatest Story Ever Told(1965年)
- ダンディー少佐 Major Dundee(1965年、サム・ベキンバー監督。ダンディー少佐役)
- 猿の惑星 Planet of the Apes(1968年、フランクリン・J・シャフナー監督。ジョージ・テイラー役)
- ジュリアス・シーザー Julius Caesar(1969年。スチュアート・バージ監督。アントニウス役)
- 続・猿の惑星 Beneath the Planet of the Apes(1970年)
- 地球最後の男オメガマン The Omega Man(1971年、ボリス・セイガル監督。リチャード・マシスン原作、ロバート・ネヴィル役)
- アントニーとクレオパトラ Antony and Cleopatra(1972年、監督・脚本も。マルクス・アントニウス役)
- ソイレント・グリーン Soylent Green(1973年)
- 三銃士 The Three Musketeers(1973年、リシュリュー枢機卿役)
- 大地震 Earthquake(1974年)
- エアポート'75 Airport 1975(1974年、アラン・マードック役)
- 四銃士 The Four Musketeers(1974年、リシュリュー枢機卿役)
- 大いなる決闘 The Last Hard Man(1976年)
- 王子と乞食 Crossed Swords(1977年)
- クライシス2050 SOLAR CRISIS(1990年)
- マウス・オブ・マッドネス In the Mouth of Madness(1994年)
- トゥルーライズ True Lies(1994年、ジェームズ・キャメロン監督。スペンサー・トリルビー役)
- ハムレット Hamlet(1996年)
- アルマゲドンArmageddon(1998年 冒頭ナレーション)
- エニイ・ギブン・サンデー Any Given Sunday(1999年)
- PLANET OF THE APES/猿の惑星 Planet of the Apes(2001年)
- フォルテ Town & Country(2001年)
- ボウリング・フォー・コロンバイン Bowling for Columbine(2002年。マイケル・ムーア監督)
[編集] 来日時のテレビ出演
- 徹子の部屋(テレビ朝日)
[編集] 関連項目
- 納谷悟朗-チャールトン・ヘストンの専属声優。
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年12月3日 (木) 17:23 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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