ティルス

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ティルス
レバノン

アル・ミナーの遺跡(ローマ時代のアゴラ)
アル・ミナーの遺跡(ローマ時代のアゴラ)
英名 Tyre
仏名 Tyr
登録区分 文化遺産
登録基準 文化遺産(iii) (vi)
登録年 1984年
拡張年  
備考  
公式サイト ユネスコ本部(英語)
地図
ティルスの位置
世界遺産テンプレートを使用しています
  

ティルス(Tyrus)(より正しくは「テュロス(Tyros)」)は、レバノンの南西部、地中海に面する都市遺跡。ユネスコ世界遺産(文化遺産)に登録された史跡でもある。

目次

[編集] 概要

ティルスは、現在小さな漁村であるスールの位置にかつてあった都市である。都市の起こりは紀元前2500年ごろといわれている。元々、ティルスは陸地から1kmほど離れた島にあった。以後、フェニキア人の造った都市国家でも最大級にまで発展する。また、アレキサンダー大王に対して唯一抵抗したフェニキア国家でもあった。現在は、ローマ帝国支配時代の遺跡が数多く残るのみである。

[編集] 歴史

紀元前2500年、ビブロスベイルートと共に、フェニキア人の都市として成立。 紀元前11世紀から紀元前9世紀に最盛期。ティルスの植民都市としてカルタゴを建設。 紀元前9世紀から紀元前8世紀にアッシリアの強大化によって勢力を失い、他のフェニキア諸都市と同様にアッシリアに従属する。 紀元前701年、エジプトと同盟しアッシリアに反乱。アッシリア王センナケリブの遠征軍に包囲され5年間抵抗するが、服属。 紀元前669年、エジプトと同盟しアッシリアに反乱。アッシリア王エサルハドンの遠征軍の攻撃を受ける。 紀元前585年、新バビロニアネブカドネザル2世の遠征軍に包囲され13年間にわたり抵抗した後、服属。

紀元前332年、マケドニアアレキサンダー大王の東征軍に対し、フェニキア人の中で唯一激しく抵抗したが、包囲され、要塞化されたティルスの島に立てこもった。しかし、アレキサンダー大王は艦隊で海上を封鎖し、7ヶ月かけて島との間の約1kmを埋め立て陸続きにしてしまう。その後の総攻撃によりティルスは陥落。この戦いによるティルス側の戦死者は8,000人、陥落後さらに2,000人が殺害され、3万人のティルス市民が奴隷として囚われたといわれる。後にアレクサンダー大王の許しを得てティルスは再建されるが、政治的にも経済的にも弱体化し、かつての繁栄は失われた。

その後、セレウコス朝シリアやローマ帝国の支配下に置かれ、12世紀には十字軍の支配を受ける。

[編集] 主な史跡

  • 凱旋門
  • 大浴場
  • ローマ劇場

[編集] 姉妹都市

[編集] ギャラリー

[編集] 登録基準

Template:世界遺産基準

  • (iii) 現存する、または、消滅した文化的伝統、または、文明の、唯一の、または少なくとも稀な証拠となるもの。
  • (vi) 顕著な普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰、または、芸術的、文学的作品と、直接に、または、明白に関連するもの。

[編集] 関連項目

ウィキメディア・コモンズ

レバノンの世界遺産
World Heritage Sites in the Lebanese Republic

文化遺産
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最終更新 2009年10月2日 (金) 21:49 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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