テイクオーバーターゲット
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| テイクオーバーターゲット | |
|---|---|
| 品種 | サラブレッド |
| 性別 | 騸(セン) |
| 毛色 | 鹿毛 |
| 生誕 | 1999年9月27日 |
| 父 | Celtic Swing |
| 母 | Shady Stream |
| 母の父 | Archregent |
| 生国 | |
| 生産 | Meringo Stud Farm |
| 馬主 | Joe Janiak |
| 調教師 | Joe Janiak(豪) |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 41戦21勝 豪州:29戦18勝 英国:8戦1勝 日本:2戦1勝 星国:2戦1勝 |
| 獲得賞金 | 約391万豪ドル(換算値) 238万1700豪ドル +15万1255英ポンド +1億2285万4000円 |
テイクオーバーターゲット(Takeover Target)は、オーストラリアの競走馬。2006年のスプリンターズステークスなど、G1競走を7勝した。
※北半球に位置する日本の競馬では、1月1日から12月31日を1シーズンとするが、南半球に位置するオーストラリアでは8月1日から翌年7月31日までを1シーズンとするため、年齢表記も8月1日で切り替わる。本馬はオーストラリアの競走馬であるので、以下、本稿での年齢表記は同国での表記に従う。よって、1月から7月の年齢については日本での表記と異なり、日本より1歳若い表記となる。
目次 |
[編集] 来歴
[編集] 2003年/2004年~2004年/2005年シーズン
既に3歳の暮れを迎えていた2003年7月18日にオーストラリア・ニューサウスウェールズ州で行われたセリ市「ウインター・サラブレッド・セール」で、馬主兼調教師のジョセフ・ジャニアック(Joseph Janiak、1947年6月13日 - )によって1250豪ドル(約11万円)の安値で購入された[1]。膝の故障を抱えていたためデビューは4歳の2004年4月と遅かったが、以来7連勝でG1優勝馬に登りつめた。なお、その後は4連敗する。
[編集] 2005年/2006年シーズン
シーズン開始後も、2連敗し、前シーズンから合計で6連敗を喫するが、2005年12月のG3競走に6馬身差で勝利すると、2006年グローバル・スプリント・チャレンジ(以下GSC)初戦のライトニングステークス(G1)まで3連勝し、G1競走2勝目を挙げ、オークレイプレートの3着を挟んで、ニューマーケットハンデキャップを制しG1競走3勝目を挙げる。その後は国内では走らず、イギリスに初の海外遠征を行い、GSCの第3戦・キングズスタンドステークス(G2)と第4戦・ゴールデンジュビリーステークス(G1)に中3日で出走し、その20日後にはジュライカップ(G1)にも出走し、それぞれ1着・3着・7着でイギリス遠征を終えた。
[編集] 2006年/2007年シーズン
GSCの総合優勝を目指し、シリーズ第5・6戦が行われる日本に遠征し、来日初戦となったセントウルステークスを先行してシーイズトウショウの2着とすると、スプリンターズステークスではスタートして先頭に立つとそのまま逃げ切り、2着のメイショウボーラーに2 1/2馬身差で勝利し、シリーズ最終戦の香港スプリントを待たず、2006年GSCの総合優勝を決めた。
11万円という破格の安値で購入された同馬はこれまで3億円余を稼ぎ、出走を予定していた香港スプリントに勝利した場合、同競走の1着賞金である684万香港ドル(約1億300万円)に加え、GSCのボーナス100万米ドル(約1億1700万円)の合計約2億2000万円をさらに獲得することができたが、レース当日の薬物検査で禁止薬物である黄体ホルモン(ステロイドホルモンの一種)が検出された為、出走取消となった[2]。帰国後は、5つのレースに走り、ドゥームベン10000を制した。国内の競馬シーズンが終わると再びイギリスへ遠征し、キングズスタンドステークス(G2)では4着、ゴールデンジュビリーステークス(G1)では2着となった。
[編集] 2007年/2008年シーズン
帰国後は休養し、12月1日のアローフィールドスタッドスプリント、12月22日のレザーシャープクオリティハンデキャップ(準重賞)を連勝、その後ヴィリエステークス(G2)に出走し、2着となった。続く4月26日のTJスミスステークス(G1)では3着に入った。国内のシーズン終了後、再び海外遠征を決行。シンガポールへ遠征し、5月18日のクリスフライヤー国際スプリントを制した。その後、イギリスへ遠征し、キングズスタンドステークス(G1)は2着、ゴールデンジュビリーステークス(G1)は4着という結果だった。
[編集] 2008年/2009年シーズン
帰国し、休養したのち11月29日のウィンターボトムステークス(G2)に出走、久々の勝利を挙げた。続く12月13日のスカヒルステークス(G3)も勝利した。休養を挟み、年が明けて4月18日に施行されたTJスミスステークス(G1)に出走。主戦のJ.フォード騎手からN.ロウィラー騎手に乗り替わってのレースとなったが、見事勝利を収め、G1・7勝目を挙げた。続く5月2日のグッドウッドハンデキャップ(G1)では鞍上がJ.フォード騎手に戻って出走、ここでも格の違いを見せつけ勝利し、G1・8勝目を挙げた。その後、シンガポールに遠征して、5月17日のクリスフライヤー国際スプリントに出走したが、8着と惨敗した。7月10日にはジュライカップに出走するも、7着に敗れる。レース後、管骨の骨折が判明[3]。そのまま現役引退となった[4]。
[編集] 競走成績
| 出走日 | 競馬場 | 競走名 | 格 | 距離 | 着順 | 騎手 | 着差 | 1着(2着)馬 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2004.04.23 | クインビヤン | 未勝利 | 芝1200m | 1着 | J.フォード | 7馬身 | (Ras Tafari) | |
| 2004.05.06 | ワガワガ | 一般競走 | 芝1200m | 1着 | J.フォード | 7馬身 | (Devour) | |
| 2004.05.19 | ケンジントン | 一般競走 | 芝1200m | 1着 | J.フォード | 3馬身 | (Bibury Court) | |
| 2004.06.05 | ローズヒル | 一般競走 | 芝1200m | 1着 | J.フォード | 6馬身 | (Spinjester) | |
| 2004.06.24 | ゴスフォード | ペースセッターS | 準重 | 芝1200m | 1着 | J.フォード | 3/4馬身 | (Mustard) |
| 2004.07.14 | グラフトン | ラモーニーH | 準重 | 芝1200m | 1着 | J.フォード | 2馬身 | (Devil) |
| 2004.10.30 | フレミントン | サリンジャーS | G1 | 芝1200m | 1着 | J.フォード | 1 1/2馬身 | (Recurring) |
| 2005.04.30 | ドゥームベン | ブリスベンターフクラブC | G2 | 芝1200m | 4着 | J.フォード | 2馬身 | Spark of Life |
| 2005.05.21 | ドゥームベン | ドゥームベン10000 | G1 | 芝1350m | 3着 | J.フォード | クビ | Red Oog |
| 2005.06.11 | イーグルファーム | ストラドブロークH | G1 | 芝1400m | 10着 | J.フォード | 3 1/2馬身 | St.Basil |
| 2005.06.25 | イーグルファーム | カールトンドラフトS | G3 | 芝1200m | 2着 | J.フォード | アタマ | Poetic Papal |
| 2005.10.29 | フレミントン | サリンジャーS | G1 | 芝1200m | 4着 | J.フォード | 5馬身 | Glamour Puss |
| 2005.11.05 | フレミントン | エイジクラシック | G2 | 芝1200m | 7着 | S.アーノルド | 10馬身 | Glamour Puss |
| 2005.12.10 | ドゥームベン | サマーS | G3 | 芝1200m | 1着 | J.フォード | 6馬身 | (Picardi Run) |
| 2005.12.24 | ドゥームベン | ドゥームベンS | 準重 | 芝1350m | 1着 | J.フォード | 3馬身 | (Impaler) |
| 2006.02.04 | フレミントン | ライトニングS | G1 | 芝1000m | 1着 | J.フォード | アタマ | (God's Own) |
| 2006.02.25 | コーフィールド | オークレイプレート | G1 | 芝1100m | 3着 | J.フォード | 4馬身 | Snitzel |
| 2006.03.11 | フレミントン | ニューマーケットH | G1 | 芝1200m | 1着 | J.フォード | 1/2馬身 | (Snitzel) |
| 2006.06.20 | アスコット | キングススタンドS | G2 | 芝5f | 1着 | J.フォード | ハナ | (Benbaun) |
| 2006.06.24 | アスコット | ゴールデンジュビリーS | G1 | 芝6f | 3着 | J.フォード | 2 1/2馬身 | Les Arcs |
| 2006.07.14 | アスコット | ジュライC | G1 | 芝6f | 7着 | J.フォード | 1 3/4馬身 | Les Arcs |
| 2006.09.10 | 中京 | セントウルS | G2 | 芝1200m | 2着 | J.フォード | 0.5秒 | シーイズトウショウ |
| 2006.10.01 | 中山 | スプリンターズS | G1 | 芝1200m | 1着 | J.フォード | 0.4秒 | (メイショウボーラー) |
| 2007.04.14 | ランドウィック | オールエイジドS | G1 | 芝1400m | 5着 | J.フォード | 4 1/4馬身 | Bentley Biscuit |
| 2007.05.12 | ドゥームベン | BTCカップ | G1 | 芝1200m | 2着 | J.フォード | 短首 | Bentley Biscuit |
| 2007.05.26 | ドゥームベン | ドゥームベン10000 | G1 | 芝1350m | 1着 | J.フォード | 1/2馬身 | (Gold Edition) |
| 2007.06.20 | アスコット | キングススタンドS | G2 | 芝5f | 4着 | J.フォード | 2 1/2馬身 | Miss Andretti |
| 2007.06.24 | アスコット | ゴールデンジュビリーS | G1 | 芝6f | 2着 | J.フォード | アタマ | Soldier's Tale |
| 2007.12.01 | ランドウィック | アローフィールドスタッドスプリント | 芝1200m | 1着 | J.フォード | アタマ | (Dance Hero) | |
| 2007.12.22 | ランドウィック | レザーシャープクオリティ | 準重 | 芝1200m | 1着 | J.フォード | ハナ | (Alverta) |
| 2008.01.05 | ランドウィック | ヴィリエS | G2 | 芝1200m | 2着 | J.フォード | 1位入選降着 | Honor in War |
| 2008.04.26 | ランドウィック | TJスミスS | G1 | 芝1200m | 3着 | J.フォード | 2 3/4馬身 | Apache Cat |
| 2008.05.18 | クランジ | クリスフライヤーインターナショナルスプリント | 芝1200m | 1着 | J.フォード | 1/2馬身 | (Magnus) | |
| 2008.06.21 | アスコット | キングススタンドS | G1 | 芝5f | 2着 | J.フォード | 1/2馬身 | Equiano |
| 2008.06.24 | アスコット | ゴールデンジュビリーS | G1 | 芝6f | 4着 | J.フォード | 4 1/4馬身 | Kingsgate Native |
| 2008.11.29 | 豪アスコット | ウィンターボトムS | G2 | 芝1200 | 1着 | J.フォード | ハナ | (Apache Cat) |
| 2008.12.13 | 豪アスコット | スカヒルS | G3 | 芝1400m | 1着 | J.フォード | 3 3/4馬身 | (Tarzi) |
| 2009.04.18 | ランドウィック | TJスミスS | G1 | 芝1200m | 1着 | N.ロウィラー | 2 3/4馬身 | (Northern Meteor) |
| 2009.05.02 | モーフェットビル | グッドウッドH | G1 | 芝1200m | 1着 | J.フォード | 1馬身 | (I am Invincible) |
| 2009.05.17 | クランジ | クリスフライヤーインターナショナルスプリント | 芝1200m | 8着 | J.フォード | Sacred Kingdom | ||
| 2009.07.10 | アスコット | ジュライC | G1 | 芝6f | 7着 | J.フォード | Fleeting Spirit |
[編集] エピソード
本馬を管理するジャニアックは調教師ながらタクシードライバーでもあった。オーストラリアでは、専業調教師として生活できるのはごく一部の人間だけであり、ほとんどの場合他の職業と兼業するのが普通である。ジャニアックも例外ではなく、一時期は朝はパン屋、昼は馬の調教、夜はタクシードライバーとして生活するほど苦しく、調教師を辞めることすら考えたほどである。しかし現在はテイクオーバーターゲットの賞金で馬を厩舎に10頭所有できるほどになった。ジャニアックは「テイクが人生を変えてくれた」と語っている。
[編集] 血統表
| テイクオーバーターゲットの血統 (ミスタープロスペクター系/アウトブリード) | |||
|
父
Celtic Swing 1992 黒鹿毛 イギリス |
*ダミスター Damister 1982 黒鹿毛 アメリカ |
Mr. Prospector | Raise a Native |
| Gold Digger | |||
| Batucada | Roman Line | ||
| Whistle a Tune | |||
| Celtic Ring 1984 鹿毛 イギリス |
Welsh Pageant | Tudor Melody | |
| Picture Light | |||
| Pencuik Jewel | Petingo | ||
| Fotheringay | |||
|
母
Shady Stream 1994 栗毛 オーストラリア |
Archregent 1981 鹿毛 カナダ |
Vice Regent | Northern Dancer |
| Victoria Regina | |||
| Respond | *カナディアンチャンプ | ||
| Reply | |||
| Merry Shade 1989 芦毛 オーストラリア |
Spectacular Spy | Spectacular Bid | |
| Lassie Dear | |||
| Parasol | Sostenuto | ||
| Mary Poppins F-No.22-b[5] | |||
父・セルティックスウィング(Celtic Swing、主な勝ち鞍:1995年ジョッケクルブ賞)の父であるダミスターは、2001年スプリンターズステークスを制したトロットスターを輩出している。
[編集] 脚注
- ^ 本馬が購入されたセリの結果 - William Inglis and Son Limited~ロット番号284を参照
- ^ 本馬の出走取消を伝える記事 - 日経ラジオ社
- ^ ジュライカップ後の記事 - Racing and Sports
- ^ 引退を伝える記事 - Sporting Life
- ^ 血統表 - Pedigree Online Thoroughbred Database
[編集] 参考文献
- プロフィール - 日本中央競馬会(JRA)
- ニューマーケットHの結果を伝える記事 - Australian Breeding & Racing Magazine~4番目の記事を参照
- GSC概要 - グローバル・スプリント・チャレンジ(日本語)
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最終更新 2009年11月5日 (木) 00:14 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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