テクモ

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テクモ株式会社
TECMO,LTD.
種類 株式会社
市場情報
東証1部 9650 2009年3月26日上場廃止
本社所在地 〒102-0073
東京都千代田区九段北4丁目1番3号
飛栄九段北ビル7階 ※
電話番号 03-3222-7645
設立 1967年7月31日
業種 情報・通信業
事業内容 ゲーム、アミューズメント機器販売、他
代表者 阪口 一芳(代表取締役社長)
資本金 58億2,315万円
売上高 連結:119億1,683万円
単体:70億3,037万円
(2008年12月期)
総資産 連結:228億4,210万円
単体:191億5,023万円
(2008年12月期)
従業員数 連結:484名、単体:352名
(2008年6月30日現在)
決算期 3月31日
主要株主 コーエーテクモホールディングス 100%
主要子会社 TECMO,INC. 100%
テクモウェーブ(株) 60%
(株)スーパーブレイン 100%
関係する人物 柿原彬人(創業者)
板垣伴信(元社員)
外部リンク http://www.tecmo.co.jp/
特記事項:※本店所在地は、東京都千代田区九段北4丁目1番34号
  

テクモ株式会社 (Tecmo,Ltd.) は、コンピュータゲームソフト会社。家庭用ゲームソフト、業務用ソフトの開発に加え、近年ではオンラインゲーム、モバイルコンテンツの開発に注力している。また、アミューズメント施設の運営事業も行っている。旧社名はテーカン

目次

[編集] 沿革

  • 1964年9月 - 帝国管財株式会社設立。当初は建築物管理(ビルメンテナンス)を行うが、その後ビルメンテナンス→テナント・店舗管理→自社で店舗運営→ゲームセンターなどアミューズメント事業→アーケードゲームテレビゲームと事業を変えて行く。
  • 1967年7月31日 - 日本ヨット株式会社設立。後に、ヨットなど船の管理→動産管理→不動産管理→ビル管理という流れから、1987年に帝国管財と合併する。
  • 1977年10月 - 帝国管財株式会社が、株式会社テーカン東京都中央区本社所在)と商号変更。
  • 1982年12月6日 - 日本ヨット株式会社が、テーカンエレクトロニクス株式会社に商号変更。
  • 1985年4月19日 - 株式会社テーカン(同名別会社)設立。本社を設立時の東京都墨田区吾妻橋から東京都千代田区神田東松下町に移転。
  • 1985年6月 - 株式会社テーカン(東京都中央区本社所在)の事業を、株式会社テーカン(東京都千代田区本社所在)へ営業譲渡
  • 1986年1月8日 - 株式会社テーカンから、テクモ株式会社に商号変更。
  • 1986年 - ファミリーコンピュータ向けソフト開発事業に参入する。それまでのアミューズメント施設運営事業やアーケードゲーム開発事業から、家庭用ゲームソフト事業主体の事業構造に転換を行う。
  • 1987年4月1日 - 株式の額面変更を目的として、株式会社テーカンエレクトロニクスがテクモ株式会社を吸収合併し、株式会社テーカンエレクトロニクスからテクモ株式会社に商号変更。東京都千代田区神田須田町に本社を移転。
  • 1988年7月 - 東京都千代田区九段北に本社を移転。
  • 1992年12月 - 株式を店頭登録(現ジャスダック証券取引所)。
  • 2000年3月 - 東京証券取引所第2部に上場。
  • 2001年3月 - 東京証券取引所第1部に上場。
  • 2001年10月 - 代表取締役会長柿原彬人、代表取締役社長に中村純司が就任。
  • 2002年 - パチンコ・パチスロ液晶ソフト受託開発事業に本格参入。パチスロ機メーカーのネットと事業提携を行う。
  • 2002年4月 - アミューズメント施設運営事業を、テクモウェーブ株式会社に営業譲渡。
  • 2006年1月 - 代表取締役社長に安田善巳が就任。
  • 2006年2月 - 中期経営計画『テクモビジョナリー2010』を策定。
  • 2006年7月 - 代表取締役会長の柿原彬人が逝去。
  • 2006年8月28日 - SeedCとの業務提携契約を締結。
  • 2006年10月10日 - SeedCの共同でグローバル&オープンのオンラインゲームプラットフォーム「Lievo」のサービスを開始。
  • 2007年3月 - 代表取締役会長に柿原康晴が就任。
  • 2008年8月29日 - 株式会社スクウェア・エニックスよりTOBによる子会社化の提案を受ける。
  • 2008年8月31日 - 代表取締役社長の安田善巳が辞任。
  • 2008年9月1日 - 代表取締役会長兼社長に柿原康晴が就任。
  • 2008年9月4日 - スクウェア・エニックスからのTOB提案を拒否する。株式会社コーエーとの経営統合協議を開始。
  • 2008年11月18日 - コーエーと統合契約書を締結。
  • 2009年3月31日 - SeedCとの業務提携契約を解消し、Lievoの運営から撤退。
  • 2009年4月1日 - コーエーと共同持株会社コーエーテクモホールディングス株式会社」を設立。テクモはコーエーテクモホールディングスの完全子会社となる。

[編集] 開発チーム

[編集] 主力タイトル

下記では家庭用ソフトで販売本数の多いソフトを記す。

デッドオアアライブ(ACPSSSDCPS2XboxXbox 360)
3D対戦格闘ゲーム。シリーズ累計700万本販売。
テクモボウル(AC・FCSFCMD)
アメリカンフットボールゲーム。米国でのテクモの知名度を一気に高めた。シリーズ累計650万本販売。
忍者龍剣伝NINJA GAIDENΣDragon SwordΣ2)(AC・FC・GB・Xbox・Xbox 360・PS3DS)
忍者アクションゲーム。シリーズ累計770万本販売。
モンスターファームシリーズ(PS・PS2・GBAWIN ・DS)
CDによるモンスター再生で一世を風靡した育成シミュレーションゲーム。シリーズ累計350万本販売。
ギャロップレーサー(AC・PS・PS2・WIN)
競馬アクションレーシングゲーム。シリーズ累計250万本販売。

[編集] その他のゲームタイトル一覧

また、『サリオ』ブランド(テクモ社長が兼任する形で作られた子会社)で、セガ・マークIII時代のセガの唯一のサードパーティとして「ソロモンの鍵」「アルゴスの十字剣」を発売した。

[編集] コーエーとの経営統合

2006年1月、みずほコーポレート銀行出身の安田善巳が社長に就任した。 しかし安田の在任中に訴訟が頻発することになる。 女性社員による看板プロデューサーへのセクハラ訴訟、前任社長との退職金訴訟、労働組合との不払い残業問題、元プロデューサーとの報奨金の訴訟などである。

そのさなかの2008年8月31日に一身上の都合により社長の安田が辞任する。後任の社長には創業者の柿原彬人の次男である柿原康晴が就任した。だが康晴の本職は外科医であり会社経営の経験はなかった。

これらの一連の問題は、社外からは経営不安として印象づけられてしまう。

2008年8月29日、スクウェア・エニックスが、1株あたり920円でテクモ株の株式公開買い付けの提案を行う。 しかしながらスクウェア・エニックスが発表した買い付け価格は、直前の6月23日に行った自社株買い価格1,091円すら下回っていた。 テクモ取締役会は、9月4日に株式公開買い付けへの非賛同表明を行う。そして創業者同士の親交が深かったコーエーとの合併を選択する。

2009年1月26日、康晴は再び会長専任となり、社長にはみずほ証券出身の阪口一芳が就任する。 2009年4月1日、コーエーとの持株会社である「コーエーテクモホールディングス」を設立した。

[編集] 訴訟

2006年11月、元女性社員が、上司である板垣伴信セクハラを受け、会社に訴えたものの逆に辞めさせられたとしてテクモと板垣に対する訴訟を行う。2008年5月には、原告の控訴が棄却され、セクハラ行為はなかったとの地裁の判決が確定する。ただし、裁判によって「職場において社会通念上容認し難い行為が繰り返し行われていたことが明らか」になったとして、テクモは板垣に対して懲戒処分を行っている。

2008年5月、成功報酬未払い及び不当に評価を貶める発言をしたとして、板垣は、東京地方裁判所に訴えを提起(報道各社への公表は6月)[1]。テクモはこの裁判に対するコメントで上記のセクハラ裁判との関連を示唆している。なお、6月18日、テクモは板垣を解雇した。

2008年6月16日、労働組合の執行役員2名が未払残業代の支払いを求め提訴。原告は手続上の不備(裁量労働制を導入するためには、労働者の過半数を代表する者との書面による協定が必要)があったため、裁量労働制自体が無効であると主張していた。同年9月1日に和解。[2]

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ 板垣伴信氏、テクモを退社。未払い報酬および慰謝料を請求して同社を提訴 - ITmedia 2008年6月3日配信
  2. ^ なお、2009年3月公開のテクモの有価証券報告書(PDFファイル)の「労働組合の状況」の項には、和解直後である2008年9月から10月にかけて組合員全員が自主退職したためテクモに組合員は存在しないと記されている。

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月18日 (水) 09:21 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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