テープレコーダー
テープレコーダーの最新ニュースをまとめて検索!
テープレコーダー(英: Tape recorder)は、磁気テープを用いて音声信号を記録、再生する装置である。
磁気テープは紙(初期)またはポリエステルなどのプラスチック製テープに金属酸化物などの磁性体を塗布し、更に磁性体の向きを揃える磁気処理を行った媒体である。テープレコーダーはこれを用い、電気信号を記録・再生する装置で、音声を記録する録音再生機器の一種である。
一般に、テープレコーダーとは、スピーカーが付いて単体で音の出せるものをいい、他のオーディオ装置を通して音を出すものについては正確にはテープデッキ'(コンパクトカセットなどのカセットテープではカセットデッキとも)と呼ぶ。なお、ビデオテープレコーダやデータレコーダも記録の方式は異なるものの、同様にテープ媒体と磁気記録方式を採用している。
日本では時に略してテレコと呼ばれることがあった。
目次 |
[編集] 長所・短所
体積当たりのデータ密度が高く、信号の録音・消去が容易で、長時間録音に適するという長所がある。またアナログテープレコーダや一部の固定ヘッドデジタルテープレコーダでは、テープを直接切断して編集する「手切り編集」(電子編集に対する用語)も可能である。
一方で欠点も存在する。経年により磁性層の劣化、テープの伸び・切断などが起きやすい。また連続したテープを巻き取って行く構造上、ランダムアクセスが難しく、一部を再生する場合でも時間をかけての早送り・巻き戻しを必要とする。
このため20世紀末以降は、後続の新技術 (ハードディスクレコーダ、MDレコーダやICレコーダーなどランダムアクセスが容易なデバイス) に道を譲りつつある。ディスク等は管理領域が論理的・物理的に壊れると内容が事実上全て失われるのに対し、テープは生き残った部分だけでも再生できる利点があるものの、この特長が生かされるのはよほど特異なケースに限られる。
[編集] 方式
- アナログ
- デジタル(業務用を含む)
- デジタルマイクロカセット(ソニーのNTシリーズ。トラッキング機構を必要としなかった)
- DAT(デジタルオーディオテープ)
- DCC
- オープンリール
- DAT以前に、またそれと並行して、ビデオテープを用いたPCM録音や(→PCM#PCMプロセッサ)、ビデオテープのデジタルあるいはFM音声用トラックを用いる方法などが行われた。
- モジュラー型MTR
-
-
- S-VHS、Hi8などのテープを用いたマルチトラックレコーダで単体で8~12トラックの録音再生が可能な機種をいう。必要に応じて同期用のケーブルで複数台をリンクして使うことにより同期を保ったままトラック数を拡張できた。ADAT、DTRS等の規格がある。デジタルオーディオワークステーション(DAW)を始めとするハードディスクレコーダの台頭により姿を消しつつある。テープ以外にMOなどのメディアを使用した物があるがテープ以外のメディアはマルチトラックレコーダの項を参照されたい。
-
[編集] 歴史
磁気録音方式自体は1888年にアメリカ人オバリン・スミスが着想し、デンマークの発明家ヴォルデマール・ポールセン(1869年~1942年)が、メディアとしてピアノ線を利用した磁気録音式ワイヤーレコーダー「テレグラフォン(Telegraphon)」を1898年に実現した。しかし一般的なものとはならなかった。
この磁気記録の媒体をより扱いやすく耐久性のあるプラスチックテープにしたのは、ドイツ人のフロイマー(Frits Pfleumer)で、1928年に原型を完成した。以後電機メーカー・AEGの手で改良され、1935年に「マグネトフォン(Magnetophon)」の名で市販されたものの音質が悪かった。
その後、化学メーカーBASF社の協力によるテープ材質の改良(アセテート樹脂)と、1938年の永井健三、五十嵐悌二による交流バイアス方式の発明で、1939年~1941年までに音質が飛躍的に改善され、実用に耐える長時間高音質録音が可能となった(電気録音)。
この結果、第二次世界大戦中にはドイツでは政治宣伝用に優先的に使用され、国内でのラジオ放送でヒトラーの演説や音楽放送のメディアとして針による雑音の入らない放送用として利用された。軍用として特筆されるのは、ドイツ海軍のUボートが無線による交信時間を極端に短くし、また敵側の傍受を妨害するためにテープレコーダで一旦録音し、それを早送りで送信するという方法を用いたことである。交信の記録を当時の軍艦で音響的に行ったのはUボートだけであった。そのため一時はほとんどの潜水艦に搭載された時期があった。ラジオ放送用のフルトヴェングラー指揮によるベルリン・フィルの演奏もテープ録音された。ステレオ録音もすでに試みられていたというが、国民の間での観賞用としてはレコードが主流であった。
ドイツの敗戦後、テープ録音技術がアメリカに移転され、1947年には3M社が磁気録音テープを発売した。1948年のLPレコード開発と相前後して、高音質へのニーズが高まり、レコード会社は高音質化と長時間録音実現のため、相次いでテープレコーダーを導入する。各国の放送局でも同時期から長時間放送や音声取材の手段として活用されるようになり、特に取材ではポータブル・テープレコーダーが広く用いられた。
以後テープレコーダーはLP・EPレコードと並ぶメディアの形態として、レコード制作会社や放送局だけでなく、個人・家庭でも容易に録音・再生が出来る特性から一般化した。
日本では1950年に東京通信機工業(現・ソニー)が紙テープ式のモデルを発売したのが最初である。なお、ソニーでは長い間「テープコーダー」(Tapecorder)と呼んでいた。1950年代には携帯型のテープレコーダーが放送関係者からデンスケと呼ばれたこともあった。
[編集] 一般への普及
テープレコーダーは、人々の生活に多く影響を与えた。この機械の登場により、人々は音楽を録音したり、自分や家族の声を録音したりした。ラジオやテレビの番組を録音する人もいた。
近年ではICレコーダーにとって代わられることも多いが、個人レベルでの会議録音などでは現在も使われることがある。会議の音声などを起こすことは一般にテープ起こしと呼ばれるが、これが本来録音はテープによるものであった事を示唆している。
1974年のヒット曲「精霊流し」の歌詞の冒頭に、生前に録音された故人の声をテープレコーダーで再生するという一節があり、その当時には広く普及していたことがうかがわせられる。同曲の歌詞の中にはレコードも登場するが、どちらも、当時は一般的であったながら現在では主流でなくなった音声媒体である。
[編集] 関連項目
最終更新 2009年11月11日 (水) 03:56 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【テープレコーダー】変更履歴


