カッシウス・ディオ
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ルキウス・クラウディウス・カッシウス・ディオ・コッケイアヌス(ラテン語:Lucius Claudius Cassius Dio Cocceianus, 155年頃 - 235年頃)は、古代ローマの歴史家、元老院議員。80巻からなる『ローマ史』を書く。ディオ・カッシウスやディオン・カッシオスとも。
[編集] 生涯
カッシウス・ディオはビテュニア属州のニカイアで生まれ育つ。父親はローマ元老院議員カッシウス・アポロニアヌス。母親の名は知られていないが、彼女の父親はギリシアの歴史家・弁論家・哲学者だったディオン・クリュソストモスである。コンモドゥス帝期に元老院議員となり、205年には補充執政官に任命される。その後は属州総督としてアフリカ、パンノニアに赴任する。2度目の執政官を務めた後は生まれ故郷に戻り、その地で亡くなった。
[編集] 『ローマ史』
カッシウス・ディオは80巻からなる『ローマ史』を22年の歳月をかけて書き残した。内容はローマ建国(アエネアスのイタリア上陸)から229年(アレクサンデル・セウェルス帝期)まで。コンモドゥス帝期以後は彼自身が目撃した同時代史である。
全80巻のうち、最初の35巻は断片が残る。第三次ミトリダテス戦争(紀元前65年)からマルクス・ウィプサニウス・アグリッパの死(紀元前12年)までを扱った36巻~54巻までは一部の欠落を除いてほぼ完全に残っている。トイトブルク森の戦い(後9年)からクラウディウス帝の死(54年)までを扱った55巻~60巻は完全に残っている。以後の20巻は11世紀の修道士クシフィリヌスが残した要約と断片しか残っていない。最終80巻の内容はアレクサンデル・セウェルス帝期(222年-229年)である。
カッシウス・ディオはトゥキディデスを手本として『ローマ史』を書いた。
最終更新 2009年11月15日 (日) 06:13 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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