デラウェア州

デラウェア州の最新ニュースをまとめて検索!

曖昧さ回避 デラウェアは、この項目へ転送されています。その他の用法については「デラウェア (曖昧さ回避)」をご覧ください。
デラウェア州
State of Delaware
デラウェア州の旗 デラウェア州の印
州旗 (州章)
州の愛称: ファーストステート
The First State
デラウェア州の位置
州都 ドーバー
最大の都市 ウィルミントン
州知事 ジャック・マークウェル
公用語 法的指定なし
面積
 - 総計
 - 陸地
 - 水域
全米第49位
6,446 km²
5,061 km²
1,388 km² (21.5%)
人口2005年
 - 総計
 - 人口密度
全米第45位
843,524
154.87人/km²
合衆国加入
 - 順番
 - 加入年月日

1番目
1787年12月7日
時間帯 UTC -5
DST -4
緯度 北緯38°27' - 39°50'
経度 西経75°2' - 75°47'
東西の幅 48 km
南北の長さ 161 km
標高
 -最高標高
 -平均標高
 -最低標高

137 m
18 m
0 m
略称 (ISO 3166-2:US) US-DE
ウェブサイト デラウェア州政府

デラウェア州 (Delaware) はアメリカ合衆国の連邦を構成するの一つである。ここはアメリカ合衆国憲法1787年12月7日に批准したが、建国に関わった13植民地のうちで最初に批准した州であることから、First State として知られている。ロードアイランド州に次いで2番目に面積が小さく、人口数では45番目だが人口密度では7番目の州である。

入植した英国人が、原住民族レナペ族からイカサマによって彼らの土地を奪ったことでよく知られ、その出自からしばしばアメリカ合衆国の縮図とも言われる州である。

目次

[編集] 州名の由来

デラウェア卿

デラウェア州はデラウェア川に、デラウェア川はデラウェア湾に由来する。なお、デラウェアの名を冠した名称には他に同地に先住していたインディアンの「デラウェア族」がある。

デラウェア湾は、1610年、探検家アーゴルがイギリスからバージニア植民地に向かう途中で発見した(ただし前年の1609年ヘンリー・ハドソンが発見していた)。アーゴルは、当時のバージニア初代総督デラウェア卿に因んで湾を名づけた。総督の本名はトーマス・ウェストで、爵位の第3代デ・ラ・ワー男爵 3rd Baron De La Warr からデラウェア卿と呼ばれていた。

[編集] 歴史

詳細は「デラウェア州の歴史」を参照

[編集] 地理

デラウェア州は、北部でペンシルベニア州に、東部でデラウェア川と大西洋に、西部と南部でメリーランド州に接している。最大都市はウィルミントン市で、州都はドーバー市である。南北96マイル、東西は9~35マイルで、面積は1,954平方マイルで、ロードアイランド州に次いで2番目に小さい。

デラウェア州の郡は全州で最も少ない3郡である。(アルファベット順)

  1. ケント郡 (Kent County)
  2. ニューキャッスル郡 (New Castle County)
  3. サセックス郡 (Sussex County)

[編集] 人口動静

2005年現在、デラウェア州内に843,524人が暮らしていると見込まれる。

この州の人種的構成は、

デラウェア州内で5つの最大な祖先グループは:黒人 (19.2%)、アイルランド系 (16.6%)、ドイツ系 (14.3%)、イギリス系 (12.1%)、イタリア系 (9.3%)。

デラウェア州北部のフィラデルフィア郊外は非常にアイルランド系が多いのに対して、デラウェア州南部はイギリス系祖先が多くなっている。デラウェア州はメリーランド州北部程度 - 最大な黒人人口を持っていて、南北戦争前に自由な黒人 (17%) の最大な人口を持っていた。

2000年現在、5歳及びそれ以上のデラウェア州民の90.5%は家庭で英語で話し4.7%はスペイン語を話している。フランス語は0.5%で中国語及び0.5%でドイツ語に続いて、0.7%で3番目に多く話されている。

[編集] 宗教

デラウェア州

デラウェア州の住民の宗教的関係は、

[編集] インディアン部族

レニ・レナペ(デラウェア族)のかつての領土

この州のもともとの住民であったデラウェア族は、「レナペ連合」として、オハイオ州から大西洋岸に及ぶ広大な領土を勢力範囲としていた一大インディアン部族だった。かれらデラウェア族は、1737年に植民地仲買人ウィリアム・ペンの息子たちに領土の大半をだまし盗られた(→「歩いた分だけの土地を購入」)。

アメリカ連邦政府と全米のインディアン部族との間で結ばれた、「部族の主権」を保証する条約は370に上るが、その第一号条約は1778年にデラウェア族と結ばれたものである。これは合衆国植民政府のイギリスとの戦いに、デラウェア族連合が味方したことに対する見返りだった。こうして条約規定のもと、アメリカ合衆国はデラウェア族を中心としたレナペ連合の国家組織を認め、援助することとなった。

しかしその後18の「新しい条約」がレナペ連合に強要され、そのたびに部族の領土は縮小され、また数度にわたる白人入植州政府との戦いで分断され、19世紀にはインディアナ州ミズーリ州カンザス州へと強制移住が繰り返され、最終的に数百人に減り、オクラホマ州の保留地に移住させられた。

現在、この州には公式な「インディアン部族」としてアメリカ連邦政府が承認している部族はなく、同州ではデラウェア族は絶滅したことになっている。

「ナンチコーク族」のみが、州政府から部族認定されている唯一のインディアン部族である。現在、より強い自治権と保留地(Reservation)を保証される連邦承認を要求中である。

≪デラウェア州政府から公式認定されているインディアン部族≫

  • 「ナンチコーク族・インディアン協会」

≪アメリカ連邦政府に公認要求中のインディアン部族≫

  • レナペ・デラウェア族」
  • 「ナンチコーク族・インディアン協会」

[編集] インディアン・カジノ

デラウェア州は、連邦から同州の公営ギャンブルを違法とされている州であり、州の権限下にあるナンチコーク族は、「インディアン・カジノ」を持てないままである。ジャック・マーケル知事はスポーツくじの合法化に意欲を見せており、部族カジノを持ちたいナンチコーク族からも注目されている。

[編集] 主要な都市

ウィルミントンはデラウェア州北部内で単独で発達した都市である。しかし、近接しているという理由で、ここは業務拠点及びペンシルベニア州フィラデルフィア郊外の両方として機能している。

ウィルミントンの郊外
他の場所

[編集] デラウェア州の豊かな上位10都市

en:per capita incomeによる順位

  1. グリーンビル:$83,223
  2. Henlopen Acres:$82,091
  3. South Bethany:$53,624
  4. Dewey Beach:$51,958
  5. Fenwick Island:$44,415
  6. Bethany Beach:$41,306
  7. Hockessin:$40,516
  8. North Star:$39,677
  9. Rehoboth Beach:$38,494
  10. Ardentown:$35,577
For more see the complete list of places

[編集] 政治と法律

大統領選挙結果
共和党 民主党
2004 45.75% 171,660 53.35% 200,152
2000 41.90% 137,288 54.96% 180,068
1996 36.58% 99,062 51.82% 140,955
1992 35.33% 102,313 43.52% 126,054
1988 55.88% 139,639 43.48% 108,647
1984 59.78% 152,190 39.93% 101,656
1980 47.21% 111,252 44.87% 105,754
1976 46.57% 109,831 51.98% 122,596
1972 59.60% 140,357 39.18% 92,283
1968 45.12% 96,714 41.61% 89,194
1964 38.78% 78,078 60.95% 122,704
1960 49.00% 96,373 50.63% 99,590

デラウェア州では、アメリカ独立戦争以降、4度にわたって州憲法の制定が行われた。1度目は1776年、2度目は1792年、3度目は1831年である。現行のデラウェア州憲法は1897年に制定された。デラウェア州憲法では、司法府立法府行政府の設置を定めている。

[編集] 立法府

デラウェア州の立法府はデラウェア州議会であり、定員21名の上院と、定員41名の下院によって構成されている。両議院の議員はそれぞれ総選挙によって選出され、欠員が生じた場合には速やかに補欠選挙が行われる。任期は上院が4年、下院が2年である。

州議会はドーバーにある州会議事堂において、毎年1月の第2火曜日に招集され、その年の6月末日まで開催される。

上院では、州知事が指名する裁判官その他の候補者の承認を行う。

[編集] 法人の州

デラウェア州の会社法(州法)は極めて著名である。他州に比べ、会社の設立や解散が容易で、多くの判例があるため裁判が予測可能などといった特徴を持つ。

そのため、州外で事業活動をする会社でも、同州に登記上の本社を置くことが多い(会社設立における法律回避を参照)。また、小さな州にも係わらず、ニューヨーク証券取引所で上場している会社の約半数はデラウェア州の会社法に準拠して設立されていると言われる。

例えば、世界最大の化学会社であるデュポンの米国法人、日本アイ・ビー・エムの親会社であるIBMワールド・トレード・コーポレーション(米IBMではない)、生命保険会社のアメリカン ライフ インシュアランスカンパニー(アリコ)の本社など、多くの有名企業がデラウェア州法により設立されている。

[編集] 経済

[編集] 主な産業など

化学、自動車、金融・保険、観光(海浜リゾート)、農業など。

[編集] 教育

[編集] 大学・短期大学

[編集] ボーディングスクール

[編集] その他

[編集] 日本の姉妹都市

[編集] スウェーデンとの関係

スウェーデンは、1638年デラウェア湾河口に初となる植民地を築く。当時のアメリカは、大航海時代後期における植民地時代であった。スウェーデンは他ヨーロッパ諸国とは違ってインディアンから土地を買い上げた。これは後にイギリス人ウィリアム・ペンによるペンシルベニア買収によるものと同じである。スウェーデンは、この入植地を、「ニュースウェーデン」と名付けて移民を行った。

当時のスウェーデンのヴァーサ朝期における積極的な海外進出政策であったが、1654年王朝が代わると、政策は棚上げにされている。中止した訳ではなかったが、1655年にスウェーデンの王位継承問題に関わる北方戦争に巻き込まれ、ニュースウェーデンは、オランダ人ニューネーデルラント)に攻撃されて滅亡した。入植地時代の遺物は、撤退時にスウェーデンに持ち帰っている。この植民地は、後にイギリス人イングランド)によって再征服された。その後、入植地として再興することはなく、現在において、往時のスウェーデンの植民地であったと物語るものは何一つ無い。


[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ

pnb:ڈیلاویئر

最終更新 2009年11月22日 (日) 14:33 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【デラウェア州】変更履歴

ご利用上の注意