トウショウナイト
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| トウショウナイト | |
|---|---|
| 品種 | サラブレッド |
| 性別 | 牡 |
| 毛色 | 栗毛 |
| 生誕 | 2001年5月29日 |
| 死没 | 2008年4月30日(7歳没) |
| 父 | ティンバーカントリー |
| 母 | ミッドナイトオアシス |
| 母の父 | Java Gold |
| 生国 | |
| 生産 | トウショウ牧場 |
| 馬主 | 藤田衛成 |
| 調教師 | 保田一隆(美浦北) |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 38戦6勝 |
| 獲得賞金 | 3億5536万4000円 |
トウショウナイトは日本の競走馬である。2007年のアルゼンチン共和国杯優勝馬。武士沢友治とのコンビで知られた。馬名の由来は冠名の「トウショウ」と英語で騎士を意味する「ナイト」。
[編集] 経歴
2003年8月に札幌競馬場で行われた2歳新馬戦で武士沢友治が騎乗してデビューを迎え、7番人気で3着。以後同騎手が主戦騎手となり、続く2歳未勝利戦を2番人気で制して初勝利を挙げる。しかしこの後しばらく勝利から遠ざかり、2勝目を挙げたのは1年2ヶ月後の500万下条件戦だった。ここから条件戦を3連勝し、オープンに昇格する。昇格後初戦、重賞初挑戦となった京都記念で2着と好走し、賞金を加算してオープンに定着。続いての日経賞も2着、GI初挑戦の天皇賞(春)では10番人気ながら4着と健闘した。
しかし春の総決算・宝塚記念で6着となった後、秋に向けての休養のため移動した放牧先で転倒し、き甲(きこう。首と背中の中間部)を骨折し、長期休養を余儀なくされる。約7ヶ月後に復帰したが復調には時間が掛かり、復帰後8戦目・夏の札幌日経オープンでコスモバルクを破り、ようやくの復活勝利を挙げた。その後京都大賞典3着を経て臨んだアルゼンチン共和国杯で混戦ながら1番人気に推され、人気に応えての重賞初優勝を果たした。これは鞍上の武士沢にとってもデビュー10年目で初めての重賞優勝となった。
以後は中長距離重賞路線の常連として、勝利こそなかったものの主にGII競走で好走を続けた。しかし2008年、年頭から4戦のうちGII2戦を2着と調子を上げていた矢先の4月30日、調教中に右第一指骨粉砕骨折を発症。予後不良と診断され安楽死の措置が執られた[1]。春の天皇賞に向けての最終調整中の出来事だった。
[編集] 血統表
| トウショウナイトの血統 (ウッドマン系/Northern Dancer 5×3=15.63%、Swaps 5×4=9.38%、 Native Dancer 5×5=6.25%) | |||
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父
*ティンバーカントリー Timber Country 1992 栗毛 アメリカ |
Woodman 1983 栗毛 アメリカ |
Mr.Prospector | Raise a Native |
| Gold Digger | |||
| *プレイメイト Playmate |
Buckpasser | ||
| Intriguing | |||
| Fall Aspen 1976 栗毛 アメリカ |
Pretense | Endeavour | |
| Imitation | |||
| Change Water | Swaps | ||
| Portage | |||
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母
*ミッドナイトオアシス Midnight Oasis 1993 栗毛 アメリカ |
Java Gold 1984 鹿毛 アメリカ |
Key to the Mint | Graustark |
| Key Bridge | |||
| Javamine | Nijinsky II | ||
| Dusky Evening | |||
| Northernette 1974 鹿毛 カナダ |
Northern Dancer | Nearctic | |
| Natalma | |||
| South Ocean | New Providence | ||
| Shining Sun F-No.4-j | |||
[編集] 脚注
- ^ "天皇賞に出走予定のトウショウナイト、調教中の骨折で安楽死". ラジオNIKKEI. 2008年4月30日 閲覧。
最終更新 2009年10月6日 (火) 16:18 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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