トカラ語

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トカラ語の残存文書(トカラB)
トカラ語の残存文書(トカラB)

トカラ語(トカラご)は、現在の中国新疆ウイグル自治区東トルキスタン)のタリム盆地周辺で話され、書かれていた言語インド・ヨーロッパ語族に属し、独立した語派「トカラ語派」を形成する。インド・ヨーロッパ語族の中でも最も東方に分布した言語であったが、トカラ語以外の言語の分布域が西方にあるケントゥム語群の特徴をもつ。また、膠着語的な性格を有していたことが知られる。

ブラーフミー文字で書かれた西暦500~700年頃の文献が知られている。8世紀頃までにウイグル語の話者集団に吸収され、死滅したと考えられている。

なお、かつて表記が同じ「吐火羅」だった日本鹿児島県の「トカラ列島」とは無関係。

目次

[編集] 方言

2つの変種(方言)が知られている。

A方言(アグニ語、東トカラ語)
発見された言語資料には仏典など仏教関係のものが多い。「トカラ」の名は、ウイグル人がA方言を「トフリ(Tokhri)」とよんだ事に由来する[要出典]
B方言(クチャ語、西トカラ語)
発見された言語資料には医学関係の記録・僧侶の出納簿・旅券などが多い。

[編集] 研究史

1905年に文献が発見され、詳細が明らかになった。ほぼ同時期にアナトリア半島で発見された死語ヒッタイト語とともにインド・ヨーロッパ語族の中で特異な位置を占め、印欧語研究が再度複雑化した。

B方言はフランスのシルヴァン・レヴィ(S.Levy)が研究した他、龍谷大学の百済康義により解明された。

[編集] 起源

楼蘭などでは紀元後にカロシュティー文字で書かれるガンダーラ語(インド語派)が用いられていたが、その中にもトカラ語に類似した単語が散見されるため、古くはタリム盆地の多くの地域でトカラ語派の言語が話されていたと思われる。

トカラ語派を話す人々は西方から来たと推測されるが、いつどのような経路で住み着いたかはわからない。1つの仮説としては、タリム盆地では紀元前2千年前後といわれる遺跡(「楼蘭の美女」などのミイラで有名)が発見されており、これらは葬制の類似などから、紀元前3千年紀の青銅器時代初期に北方のアルタイ山脈方面に栄えたアファナシェヴォ文化と関係があるのではないかとも言われている。アファナシェヴォ文化はさらに西方、カスピ海北方方面のヤームナヤ文化などに由来する可能性があり、これらの文化は印欧祖語の社会に相当するとの仮説(クルガン仮説)があるので、アファナシェヴォ文化がトカラ語派に関係する可能性がある。

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ

最終更新 2009年11月16日 (月) 17:16 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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