トッド・ヘルトン
トッド・ヘルトンの最新ニュースをまとめて検索!
| コロラド・ロッキーズ #17 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | |
| 生年月日 | 1973年8月20日(36歳) |
| 身長 体重 |
6' 2" =約188cm 210 lb =約95.3kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| 守備位置 | 一塁手 |
| プロ入り | 1995年 1巡目(全体5位) |
| 初出場 | 1997年8月2日 |
| 年俸 | 16,600,000ドル(2009年)[1] |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
|
|
|
この表について
|
|
トッド・リン・ヘルトン(Todd Lynn Helton, 1973年8月20日 - )は、アメリカ合衆国テネシー州ノックスビル出身の野球選手。一塁手、左投左打。現在はMLBコロラド・ロッキーズに所属している。
リーグを代表する強打者のひとり。2008年シーズン終了時点で、通算打率(4,000打数以上)は現役選手中3位となる.328を記録している。また、1998年から2005年まで8シーズン連続で打率.315以上を記録しており、これを達成しているのは一塁手としてはルー・ゲーリック、ビル・テリーとヘルトンの3人のみである。2006年は不振でこの記録は途切れた。
目次 |
[編集] 経歴
1992年、ノックス・セントラル高校3年生の時に打率.655(78打数51安打)を記録し、有力野球雑誌ベースボール・アメリカ誌による高校全米選抜に選出される。卒業後、ドラフト2巡目でサンディエゴ・パドレスから指名を受けるが、アメリカンフットボール(クォーターバック)と野球の両方で推薦を受け、テネシー大学に進学。だがフットボールでは、大学在学中に後にNFLでスター選手となるペイトン・マニングの加入によってベンチに追いやられ、結果として野球に専念するようになる。
1995年にロッキーズに1巡目(全体5位)指名されて入団。A級アッシュビルからプロとしてのキャリアをスタートする。同年の冬にはハワイ・ウィンターリーグに参加し、マウイ・スティングレイズで松井稼頭央などとチームメートとなる。
1996年はAA級ニューヘブンで開幕を迎える。7月にAAA級へ昇格し、所属したイースタン・リーグでは守備が評価されるものの、この年は最後までマイナーで過ごした。シーズン後はアリゾナ・フォールリーグに参加し、ピオリア・ジェイブリナスでプレイした。
1997年はAAA級でシーズンを迎えたが、8月までに打率が.352に達するなど突出した成績を収めていたためにメジャーから招集がかけられる。昇格した翌日の8月2日のパイレーツ戦でメジャーデビュー。守備は本来の位置とは違う左翼についたが(この年は本来の一塁のほか左翼に13回、右翼に1回守備についている)、打撃では4打数2安打、本塁打も1本放ち、打点1も記録した。この翌日の試合でも本塁打を放つ。1年目は35試合に出場し、打率.280・5本塁打・11打点という成績だった。
当時ロッキーズのスター選手だったアンドレス・ガララーガがブレーブスに移籍するのに伴い、1998年からスタメンに定着。打撃3部門でメジャー新人選手1位となる打率.315・25本塁打・97打点を記録した[2]。新人王争いこそケリー・ウッド(カブス)に次ぐ2位で終わるものの、チームメートはヘルトンを「ロッキーズを代表する選手」に選出した。ルーキーが選ばれるのは極めて異例である。
1999年3月2日に4年契約を結び開幕を迎えた[3]。打率は.320を超え、本塁打も1998年に比べて10本増。打点も100の大台を突破し、チームの主砲となった。6月19日のマーリンズ戦ではサイクル安打を達成している[4]。
2000年は首位打者と打点王の2冠に輝いたほか、過去64年間で最多となるシーズン59二塁打を放ち[5]、安打・二塁打・塁打・出塁率・長打率・OPSはすべてリーグ1位の成績を残した。シーズンで最も素晴らしい活躍をしたとされる打者に贈られるハンク・アーロン賞も受賞し、MLBオールスターゲームやシルバースラッガー賞にも選出された。
翌2001年4月に2003年から9年総額1億4150万ドルで契約延長した[6]。この年は打率が.036も低下したが、それでも.336という高打率を記録し、最終的にはリーグ2位となった。本塁打は昨年の自己ベストを更新する49本塁打を記録した。長打数は105で2年連続で100長打を達成した。100長打を2回達成した選手はルー・ゲーリッグ、チャック・クラインがいるが、2年連続はメジャー史上初めての快挙となった[7]。更に守備力も評価を高めるようになり、自身初のゴールドグラブ賞にも輝いた。
2002年は前年から比べると成績全般が大きく低下。それでも打率.329・30本塁打・109打点という成績を記録している。さらに2年連続となるゴールドグラブ賞も獲得した。しかし、このシーズン中から痛めていた背中に、診察の結果、遊離骨が見つかる[8]。手術は回避したものの、この年から慢性的な背中の痛みに悩まされ続ける事になる。
2003年は月間打率が3割を下回ることなくシーズンを終えたが[9]、首位打者争いでアルバート・プホルスが打率.35871でタイトルを獲得し、ヘルトンの打率は.35849でリーグ2位におわった。前年以上の本塁打と打点も記録した。オールスターには4年連続で出場。シルバースラッガー賞にも2000年から4年連続で選出された。
2004年はバリー・ボンズが首位打者のタイトルを獲得し、2年連続で打率がリーグ2位に終わった。本塁打は30本の大台に乗せたが、得点圏にランナーがいるときの打数は127で四球が55と勝負を避けられ[10]、打点は6年ぶりに100を下回った。その恩恵でヘルトンの後を打つビニー・カスティーヤは打点王となった[10]。守備では高く評価され、2002年以来となるゴールドグラブ賞に輝いている。
2005年年明けに今まで背中の痛みを抱えながらプレイしていたことを公表した[11]。7月26日から8月9日にかけて自身初の故障者リスト入りした。開幕から打率が低迷したが、7月下旬に打率.300を記録し、最終的には.320という成績を残している。しかし、20本塁打・79打点はメジャー定着後ワーストの成績となった。
2006年は15試合を終えた時点で.347・1本塁打と上々の滑り出しであったが、4月に腸の感染症にかかり入院した。欠場自体は15試合だけだったがその後も腹痛は続き、シーズン終了時の打率と本塁打はレギュラー定着以来自己最悪の数字になった。この影響もあり、シーズンにはボストン・レッドソックスとの間でトレードが交渉されたが、結果的にこれは決裂し、ロッキーズにとどまる事になった[8]。
2007年は打率.320・17本塁打・91打点と打撃3部門で前年を上回る成績を記録。二塁打では史上初めて10年連続で35二塁打を達成した[12]。チームはワイルドカードでポストシーズンへ進出し、リーグ優勝した。ヘルトンはプレーオフ初出場を果たした。
2009年5月19日の対アトランタ・ブレーブス戦にてメジャー通算255人目の2000本安打を達成した。ヘルトンは前日にヒット性の当たりをエラーと公式記録員に判定されていたが、今回は正真正銘の安打でメモリアルヒットを達成した。
[編集] 選手としての特徴
メジャーで最も打者有利の球場と言われているクアーズ・フィールドを本拠地にしているロッキーズの選手は、クアーズ・フィールド以外での球場では成績がガタ落ちするケースがしばしば見られる。ヘルトンに関しても例外でなくビジター球場では極端に打撃成績が下がる。09年シーズンでもホームのクアーズフィールドでは .350近くの打率を残しているが、ビジターだと.302と大きく成績を下げている。また長打率でも ホームの.541に対しビジターでは.434と1割以上も数字を下げている。毎年のように打率.330・45二塁打前後の成績を平均して残しているが、球場の恩恵によるものが大きいことは否定できない。
ゴールドグラブ賞を3度受賞するなど守備は高く評価されている。
[編集] 年度別打撃成績
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1997 | COL | 35 | 101 | 93 | 13 | 26 | 2 | 1 | 5 | 45 | 11 | 0 | 1 | 0 | 0 | 8 | 0 | 0 | 11 | 1 | .280 | .337 | .484 | .821 |
| 1998 | 152 | 595 | 530 | 78 | 167 | 37 | 1 | 25 | 281 | 97 | 3 | 3 | 1 | 5 | 53 | 5 | 6 | 54 | 15 | .315 | .380 | .530 | .910 | |
| 1999 | 159 | 656 | 578 | 114 | 185 | 39 | 5 | 35 | 339 | 113 | 7 | 6 | 0 | 4 | 68 | 6 | 6 | 77 | 14 | .320 | .395 | .587 | .982 | |
| 2000 | 160 | 697 | 580 | 138 | 216 | 59 | 2 | 42 | 405 | 147 | 5 | 3 | 0 | 10 | 103 | 22 | 4 | 61 | 12 | .372 | .463 | .698 | 1.161 | |
| 2001 | 159 | 696 | 587 | 132 | 197 | 54 | 2 | 49 | 402 | 146 | 7 | 5 | 1 | 5 | 98 | 15 | 5 | 104 | 14 | .336 | .432 | .685 | 1.117 | |
| 2002 | 156 | 667 | 553 | 107 | 182 | 39 | 4 | 30 | 319 | 109 | 5 | 1 | 0 | 10 | 99 | 21 | 5 | 91 | 10 | .329 | .429 | .577 | 1.006 | |
| 2003 | 160 | 703 | 583 | 135 | 209 | 49 | 5 | 33 | 367 | 117 | 0 | 4 | 0 | 7 | 111 | 21 | 2 | 72 | 19 | .358 | .458 | .630 | 1.088 | |
| 2004 | 154 | 683 | 547 | 115 | 190 | 49 | 2 | 32 | 339 | 96 | 3 | 0 | 0 | 6 | 127 | 19 | 3 | 72 | 12 | .347 | .469 | .620 | 1.089 | |
| 2005 | 144 | 626 | 509 | 92 | 163 | 45 | 2 | 20 | 272 | 76 | 3 | 0 | 1 | 1 | 106 | 22 | 9 | 80 | 14 | .320 | .445 | .534 | .979 | |
| 2006 | 145 | 649 | 546 | 94 | 165 | 40 | 5 | 15 | 260 | 81 | 3 | 2 | 0 | 6 | 91 | 15 | 6 | 64 | 10 | .302 | .404 | .476 | .880 | |
| 2007 | 154 | 682 | 557 | 86 | 178 | 42 | 2 | 17 | 275 | 91 | 0 | 1 | 0 | 7 | 116 | 16 | 2 | 74 | 15 | .320 | .434 | .494 | .928 | |
| 2008 | 83 | 361 | 299 | 39 | 79 | 16 | 0 | 7 | 116 | 29 | 0 | 0 | 0 | 0 | 61 | 8 | 1 | 50 | 9 | .264 | .388 | .391 | .779 | |
| 通算:12年 | 1661 | 7116 | 5962 | 1143 | 1957 | 471 | 31 | 310 | 3420 | 1116 | 36 | 26 | 3 | 61 | 1041 | 170 | 49 | 810 | 145 | .328 | .428 | .574 | 1.002 | |
- 各年度の太字はリーグ最高
[編集] 獲得タイトル、表彰
- 首位打者 1回:2000年
- 打点王 1回:2000年
- 最多安打 1回:2000年
- 最高出塁率 3回:2000年、2005年、2007年
- MLBオールスターゲーム選出 5回:2000年 - 2004年
- ハンク・アーロン賞 1回:2000年
- ゴールドグラブ賞 3回:2001年、2002年、2004年
- シルバースラッガー賞 4回:2000年 - 2003年
[編集] 人柄
- チームで行われる礼拝には欠かさず出席するなど、敬虔なキリスト教徒としても知られている。また慈善事業にも熱心で、ロッキーズの "Care and Share" プログラムに賛同しているほか、ファンに "Autograph for a Cause" プログラムを通じて彼のサイン入り写真と引き換えに25ドルを募金してくれるようにファンに呼びかけている。
- 妻クリスティー、娘ターニーと共にコロラド州ブライトンに在住。
[編集] 参考資料
- ^ "Colorado Rockies Salaries," ESPN.com. 2009年10月13日閲覧。
- ^ "Todd Helton 1998 Career Highlights" (英語). 2008年4月6日 閲覧。
- ^ "Todd Helton 1999 Career Highlights" (英語). 2008年4月6日 閲覧。
- ^ "June 19, 1999 Florida Marlins at Colorado Rockies Box Score and Play by Play" (英語). Baseball-Reference.com. 2008年11月24日 閲覧。
- ^ "Todd Helton 2000 Career Highlights" (英語). 2008年4月6日 閲覧。
- ^ "RINGOLSBY: Team-by-team report : Rockies : The Rocky Mountain News" (英語). 2008年4月6日 閲覧。
- ^ "Todd Helton 2001 Career Highlights" (英語). 2008年4月6日 閲覧。
- ^ い ろ http://colorado.rockies.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20070129&content_id=1789306&vkey=news_col&fext=.jsp&c_id=col
- ^ "Todd Helton 2003 Batting Splits" (英語). Baseball-Reference.com. 2008年11月24日 閲覧。
- ^ い ろ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2005』 廣済堂出版、2005年、422項。ISBN 978-4-331-51093-3。
- ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2006』 廣済堂出版、2006年、442項。ISBN 978-4-331-51146-6。
- ^ http://www.denverpost.com/rockies/ci_6847420
[編集] 外部リンク
|
||||||||||||||||||||
最終更新 2009年11月14日 (土) 04:17 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【トッド・ヘルトン】変更履歴

