トム・ウォーキンショー
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トム・ウォーキンショー(Tom Walkinshaw、1950年11月17日 - )は、スコットランドのレーシングドライバー、実業家。日本ではドライバーとしてよりもレーシングチームのオーナー・マネージャーとして有名である。
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[編集] 略歴
[編集] ドライバー活動
1968年にレースを始め、フォーミュラ・フォード1600を経て1970年よりイギリスF3選手権に参戦を開始。その後F2やF5000、イギリスツーリングカー選手権(BTCC)などに参戦した。
1975年に自らのレーシングチームとしてトム・ウォーキンショー・レーシング(TWR)を設立。1984年にはTWRからジャガー・XJ-Sでヨーロッパツーリングカー選手権(ETCC)に参戦しシリーズチャンピオンを獲得し、同年のマカオグランプリではギア・レース(ツーリングカーレース)で勝利を挙げた。また1981年、1982年にはマツダ・RX-7でル・マン24時間レースにも参戦した(ちなみに1981年の参戦時には生沢徹とコンビを組んでいる)。
[編集] チーム・マネージャーとしての活動
1980年代後半になると、TWRのチーム・マネージャーとしての活動がメインとなる。この頃世界スポーツプロトタイプカー耐久選手権(WSPC)にジャガーはTWRとのジョイントで参戦を開始し、XJR-9やXJR-11、XJR-14といったマシンでWSPCやその後継カテゴリーであるスポーツカー世界選手権(SWC)に参戦。1988年のル・マン24時間をXJR-9で制するなど、多くのタイトルを獲得した。
1992年にはF1チームのベネトン・フォーミュラのエンジニアリングディレクターに招かれ、1994年には同チームに所属するミハエル・シューマッハがシリーズチャンピオンを獲得するのに貢献した。しかし、同年にはベネトンが国際自動車連盟(FIA)から、当時レギュレーションで禁止されていたトラクションコントロールシステムを導入の他、いくつかのレギュレーション違反の疑いをかけられてしまう[1]。結局この件は証拠不十分でお咎め無しに終わるものの、ウォーキンショーは同年末にベネトンを離脱。
ちょうどその頃、当時ベネトンで一緒に仕事をしていたフラビオ・ブリアトーレがルノーエンジンの使用権欲しさにリジェを買収したことから、1995年にリジェの株式の50%を購入しブリアトーレと共にリジェの共同オーナーに就任した。ウォーキンショーは当初リジェの完全買収を狙っていたが諸事情によりそれは果たせず、代わりに1996年に完全買収が可能だったアロウズの株式を買収し、アロウズのオーナーとなった。それに伴い、不要となったリジェの株式は同年末にアラン・プロストに売却した。この間、1997年よりブリヂストンがF1へのタイヤ供給を開始するのに先立ち、タイヤテスト等を実施した際の開発協力もリジェ・アロウズ双方の立場で行っている[2]。
一方でスポーツカーレースでのTWRの活動も継続しており、1992年にはマツダ・MX-R01で、1995年にはポルシェ・WSC95でル・マン24時間に参戦。1997年・1998年には日産自動車(NISMO)と組んで日産・R390でル・マンに参戦した。またオーストラリアのレースカテゴリーであるV8スーパーカーに参戦するホールデンチームの運営にも関わっていたほか、ツーリングカー分野でも1994年よりボルボと組んでBTCCに参戦、1998年には同チームから参戦したリカルド・リデルがBTCCのシリーズチャンピオンを獲得している。
しかし、成績低迷の続くアロウズはスポンサーの獲得に苦しむようになり、2002年には経営難に陥ってF1から撤退し、TWR自体も倒産してしまった。このため一時ウォーキンショーはモータースポーツ界から離れることになるが、2006年にはV8スーパーカーのホールデンチームの運営に復帰したほか、同年にはオーストラリアのスポーツカーメーカーである「エルフィン(Elfin Sports Cars)」を買収し、引き続きモータースポーツ界で活動を続けている。
[編集] 評価
日本においては、1995年にリジェと契約した鈴木亜久里の扱いを巡るトラブルなどが知られている。また1997年のシーズンオフに、当時アロウズにエンジンを供給していたヤマハ発動機に対し、ウォーキンショーが傘下に収めていたハートエンジンへの出資を迫ったこと(ヤマハのエンジンはいらないが金は欲しい、ということ。結局ヤマハはこれを拒否しF1から撤退した)もあった[3]。これらの要因もあり、日本国内のメディアで良いイメージで語られることは少ない。
ただ、WSPC・SWCにおける「常勝ジャガー」の礎を築いたほか、当時はまだ若手エンジニアの一人に過ぎなかったロス・ブラウンを発掘したこと、またBTCCにおけるボルボの活躍などもあり、強いチームを作ることの出来るマネージャーとして高い評価をする関係者は多い。
[編集] 脚注
- ^ http://espn.go.com/auto/news/2001/0204/1062927.html
- ^ https://ms.bridgestone.co.jp/hp/bsms_contents?coid=915
- ^ 『GRAND PRIX SPECIAL』(ソニー・マガジンズ)2008年1月号 pp.85 - 87
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最終更新 2009年10月11日 (日) 14:20 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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