トム・グラビン

トム・グラビンの最新ニュースをまとめて検索!

トム・グラビン
Tom Glavine
基本情報
国籍 アメリカ合衆国
出身地 アメリカ合衆国マサチューセッツ州コンコード
生年月日 1966年3月25日(43歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9cm
205 lb =約93kg
選手情報
投球・打席 左投左打
守備位置 投手
プロ入り 1984年 2巡目
初出場 1987年8月17日
経歴(括弧内は在籍年)

トム・グラビン(Thomas Michael Glavine, 1966年3月25日 - )は、投手。左投左打。マサチューセッツ州出身。現在は、フリーエージェント

1990年代以降のメジャーリーグを代表する技巧派左腕投手として名高い。

目次

[編集] 経歴

[編集] ブレーブス時代

高校時代はアイスホッケー野球を両立させ、1984年のNHLドラフトではNHLロサンゼルス・キングスから4巡目で指名を受けたが、1984年の6月にドラフト2巡目でアトランタ・ブレーブスに指名を受け入団。1987年8月17日にメジャーデビューを果たし、2勝4敗。1988年先発ローテーションに定着したが7勝17敗でリーグ最多の負け数だった。1989年にリーグ3位の4完封、14勝8敗の成績を残し、この年にジョン・スモルツも12勝11敗で才能が開花している。1990年は10勝12敗と負け越した。

1991年から1993年にかけてファーガソン・ジェンキンス(1967年 - 1972年)以来となる3年連続で20勝以上を記録し最多勝のタイトルを獲得している[1]1991年は20勝11敗をマークし、初のサイ・ヤング賞のタイトルを獲得した。5月に6勝0敗でピッチャー・オブ・ザ・マンスを受賞し、オールスターではナリーグ先発投手の大役を務めた[2]1992年は20勝8敗を記録し、サイヤング賞は後のチームメートとなるグレッグ・マダックスに次ぐ2位に終わったが、ロビン・ロバーツ(1954年、1955年)以来となる2年連続でオールスターのナ・リーグ先発投手となった[2]

1993年には、グレッグ・マダックスシカゴ・カブスから移籍してきたこともあり、グラビン、スモルツ、マダックスのブレーブスの黄金先発三本柱が完成。1995年から1999年までの5年の間、3人とも5年連続10勝以上を達成するなどブレーブスの14季連続地区優勝の原動力となった。1997年には先発陣にケビン・ミルウッドが加わりさらに厚みを増した。

1994年8月に労使協約がまとまらず、選手側がストライキを起こし、当時メジャーリーグ選手会会長のグラビンはファンから怒りを買った[2]。ストライキが解除された1995年、グラビンは登板時ファンからブーイングを浴びたが、1995年のワールドシリーズで2戦2勝でMVPを受賞。チームはアトランタ移転後初のワールドチャンピオンとなった[3]

1998年に20勝6敗で自己ベストとなる防御率2.47を記録し、最多勝のタイトルを獲得。サイ・ヤング賞の投票ではトレバー・ホフマンの1位票がグラビンを上回るも獲得ポイントで上回り2度目の受賞を果たした[4]。しかし、ストライクゾーンの改定が行われた1999年はリーグ最多の259被安打を浴びるなど苦しんだ[2]。6月4日時点で3勝7敗・防御率5.00だったが、シーズン終盤には適応していき[2]、最終的に14勝11敗・防御率4.12を記録した。

2000年のスプリングトレーニングでマダックスからカット・ファスト・ボールを教わった[2]。迎えたシーズンは21勝を記録しシーズン20勝は5回目を達成し、7月31日にはメジャー史上96人目となる通算200勝を達成している[5]2002年6月26日にはナリーグで5人目となる同一チームで2000奪三振を達成した[6]

[編集] メッツ時代

2002年、それまで16シーズンをブレーブスで過ごし、生え抜きの人気選手として活躍していたグラビンだったが、この年の新労使交渉の際に選手代表として矢面に立って来たグラビンに対し「強欲な選手の代表」と反感を持つ人もいた[7]。シーズン終了後FAを宣言をしたグラビンは4年契約を希望したが、ブレーブスはシーズン後半の不調を理由に4年契約を拒み[7]2002年12月5日にニューヨーク・メッツへ3年総額3,500万ドル、4年目のオプションを含めると4,250万ドルの契約でFA移籍。

2003年は9勝14敗に終わり1989年からの2桁勝利が14年で途切れた。2004年は前半戦が7勝7敗・防御率2.66だったが、後半戦はコントロールが悪化し、8月10日には交通事故に巻き込まれてしまった[8]。そのため後半戦は4勝7敗・防御率5.06の成績に終わった。シーズントータルでは前年と比べ防御率を改善させたが、11勝14敗と負け越し。2005年は先発陣に故障者が続出するなか、ペドロ・マルティネスと共に先発ローテーションを死守。13勝13敗でチームをポストシーズン争いに踏み止まらせた。

2006年は8月中旬に血行障害のため精密検査を受けたが、軽症で投薬治療が可能なため約2週間ほどで戦線復帰[9]。メッツ移籍後は得点の援護に恵まれずにいたが初の15勝を記録。また、これはナ・リーグ最多勝(16勝)にひとつ足らないだけであった。シーズン終了後球団がオプションを行使せず、違約金を払いFAとなったため、ブレーブス復帰が噂されたが、1年750万ドルで残留[10]。ブレーブスは契約条項にノートレード条項を加えなかったためと言われている[10]

通算300勝まであと10勝に迫った2007年は、8月5日のカブス戦で史上23人目の300勝を達成。チームは9月12日時点で地区2位のフィラデルフィア・フィリーズと7ゲーム差もあったが、0ゲーム差で迎えたシーズン最終戦にグラビンは登板。しかし、1アウトしかとれずに7失点を喫し降板となった。負け投手となり、チームはプレーオフ進出を逃した。試合後のインタビューの冷静な自己分析は大ブーイングと共に称賛の声が上がった[11]

[編集] ブレーブス復帰

2007年シーズン終了後、1,300万ドルのオプションを破棄してFAとなり、同年11月19日に1年総額800万ドルで2008年から5年振りに16シーズンを過ごした古巣ブレーブスでプレーすることとなった[12]。2008年は4月18日にふくらはぎの故障で自身22年間のキャリアでは初となる故障者リストに入ってしてしまった[13]

オフに一旦フリーエージェントとなったが、2009年2月19日、1年100万ドルで再契約。

1987年にデビューしてから今まで一度も救援登板をしていない。2007年終了時点で先発669はメジャー史上第12位だが、上位の投手は全員救援での登板歴があり(ロジャー・クレメンスでも2試合の救援登板がある)、「一度も救援登板したことのない投手」としては史上最多登板である。

2009年6月2日(日本時間3日)、戦力外通告を受けた。

[編集] 選手としての特徴

[編集] ピッチングスタイル

体格やストレート(フォーシーム)のスピードは140~145km。しかし、その抜群の制球力は「世界最高の技巧派左腕投手」と表されるほどで、よく元チームメイトのグレッグ・マダックスと並び称される。変化球カットボールツーシームカーブシンカーサークルチェンジなど。ゴールドグラブ賞は受賞経験無しだが、守備、牽制も上手い。最多勝タイトル獲得5回は、ウォーレン・スパーン(8回)、グローバー・アレクサンダー(6回)、ボブ・フェラー(6回)、ウォルター・ジョンソン(6回)に次ぐ5位タイ。

ロジャー・クレメンスグレッグ・マダックスといった大投手の中ではWHIPや防御率といった投球内容を示すスタッツが比較的低いため、彼らよりは一枚落ちる投手と見なすファンは少なくない。しかし、試合を作る能力は彼らと比べても優れているくらいで、結果的に作ることのできた試合数を示すクオリティ・スタート(6回3失点以内)の数はこのスタッツが制定された2000年以降でナンバーワンである(2007年9月15日現在で175、2位はランディ・ジョンソンの163)。勝利に繋げるピッチングができる。

[編集] バッティング

打撃の上手い投手としても有名で1991年、1995年、1996年、1998年の4回、シルバースラッガー賞を受賞している。犠打も上手く、213犠打(2007年終了時点)は現役2位。2001年には最多犠打も記録している。

[編集] 獲得タイトル・記録・表彰

[編集] 年度別投手成績








































W
H
I
P
1987 ATL 9 9 0 0 0 2 4 0 -- .333 238 50.1 55 5 33 4 3 20 1 1 34 31 5.54 1.75
1988 34 34 1 0 0 7 17 0 -- .292 844 195.1 201 12 63 7 8 84 2 2 111 99 4.56 1.35
1989 29 29 6 4 2 14 8 0 -- .636 766 186.0 172 20 40 3 2 90 2 0 88 76 3.68 1.14
1990 33 33 1 0 0 10 12 0 -- .455 929 214.1 232 18 78 10 1 129 8 1 111 102 4.28 1.45
1991 34 34 9 1 4 20 11 0 -- .645 989 246.2 201 17 69 6 2 192 10 2 83 70 2.55 1.09
1992 33 33 7 5 1 20 8 0 -- .714 919 225.0 197 6 70 7 2 129 5 0 81 69 2.76 1.19
1993 36 36 4 2 3 22 6 0 -- .786 1014 239.1 236 16 90 7 2 120 4 0 91 85 3.20 1.36
1994 25 25 2 0 0 13 9 0 -- .591 731 165.1 173 10 70 10 1 140 8 1 76 73 3.97 1.47
1995 29 29 3 1 0 16 7 0 -- .696 822 198.2 182 9 66 0 5 127 3 0 76 68 3.08 1.25
1996 36 36 1 0 0 15 10 0 -- .600 994 235.1 222 14 85 7 0 181 4 0 91 78 2.98 1.30
1997 33 33 5 2 1 14 7 0 -- .667 970 240.0 197 20 79 9 4 152 3 0 86 79 2.96 1.15
1998 33 33 4 3 0 20 6 0 -- .769 934 229.1 202 13 74 2 2 157 3 0 67 63 2.47 1.20
1999 35 35 2 0 1 14 11 0 0 .560 1023 234.0 259 18 83 14 4 138 2 0 115 107 4.12 1.46
2000 35 35 4 2 1 21 9 0 0 .700 992 241.0 222 24 65 6 4 152 0 0 101 91 3.40 1.19
2001 35 35 1 1 0 16 7 0 0 .696 929 219.1 213 24 97 10 2 116 2 0 92 87 3.57 1.41
2002 36 36 2 1 1 18 11 0 0 .621 936 224.2 210 21 78 8 8 127 2 0 85 74 2.96 1.28
2003 NYM 32 32 0 0 0 9 14 0 0 .391 791 183.1 205 21 66 7 2 82 2 0 94 92 4.52 1.48
2004 33 33 1 1 0 11 14 0 0 .440 904 212.1 204 20 70 10 0 109 0 0 94 85 3.60 1.29
2005 33 33 2 1 0 13 13 0 0 .500 901 211.1 227 12 61 5 3 105 1 0 88 83 3.53 1.36
2006 32 32 0 0 0 15 7 0 0 .682 842 198.0 202 22 62 7 6 131 1 0 94 84 3.82 1.33
2007 34 34 1 1 0 13 8 0 0 .619 855 200.1 219 23 64 2 4 89 2 0 102 99 4.45 1.41
2008 ATL 13 13 0 0 0 2 4 0 0 .333 281 63.1 67 11 37 4 1 37 0 0 40 39 5.54 1.64
通算:22年 682 682 56 25 14 305 203 0 0 .600 18604 4413.1 4298 356 1500 145 66 2607 65 7 1900 1734 3.54 1.31
  • 2008年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

[編集] 脚注

  1. ^ "Tom Glavine 1993 Career Highlights" (英語). 2008年4月19日 閲覧。
  2. ^ "The Ballplayers - Tom Glavine" (英語). BaseballLibrary.com. 2008年9月19日 閲覧。
  3. ^ 1995 World Series - ATL vs. CLE - Baseball-Reference.com 2008年1月12日閲覧.
  4. ^ "Baseball Awards Voting for 1998" (英語). Baseball-Reference.com. 2008年9月19日 閲覧。
  5. ^ "Tom Glavine 2000 Career Highlights" (英語). 2008年4月19日 閲覧。
  6. ^ "Tom Glavine 2002 Career Highlights" (英語). 2008年4月19日 閲覧。
  7. ^ 大冨真一郎 「回帰と旅立ち 再びのアトランタ」『月刊メジャー・リーグ』2008年1月号、ベースボールマガジン社、2008年、雑誌 08625-1、4 - 7項。
  8. ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2005』 廣済堂出版、2005年、266項。ISBN 978-4-331-51093-3
  9. ^ 澤田敏典 「MLB30球団最新レポート&全選手個人成績 ニューヨーク・メッツ/NYM 来季の300勝達成に視界良好」『スラッガー』2006年11月号、日本スポーツ企画出版社、2006年、雑誌 15509-11、80項。
  10. ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2007』 廣済堂出版、2007年、245項。ISBN 978-4-331-51213-5
  11. ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2008』 廣済堂出版、2008年、281項。ISBN 978-4-331-51300-2
  12. ^ Bowman, Mark (2007年11月19日). "Braves, Glavine agree on one-year deal" (英語). The Official Site of The Atlanta Braves. 2009年3月20日 閲覧。
  13. ^ Cooper, Jon (2007年11月19日). "Glavine makes first career trip to DL" (英語). The Official Site of The Atlanta Braves. 2009年3月20日 閲覧。

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年10月11日 (日) 10:31 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【トム・グラビン】変更履歴

ご利用上の注意