トヨタ・カローラWRC

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1999年モンテカルロラリーにて

カローラWRC(カローラダブリューアールシー、Toyota Corolla World Rallycar)は、トヨタ自動車世界ラリー選手権 (WRC) に出場するために開発した競技専用車である。

目次

[編集] 概要

カローラによるラリー活動は1974年から1977年までの間、2代目カローラをベースにしたTE27レビンでの参戦が先にある。1987年に導入されたグループA規定では、トヨタのラインナップに適合する車種はセリカのみとなり、ロングノーズ・ショートデッキスタイルのボディでは、大半のラリーの特徴である道幅が狭く曲がりくねったコースで、よりコンパクトなボディで参戦する他社に大きく水を開けられていた。しかし、1997年にベース車種の生産台数が年間2万5000台以上に緩和された新規定が導入されると、WRCとハッチバック車の人気が高い欧州での拡販も考慮し、セリカからカローラ(AE111型)へとベース車を移し開発に着手。規定ではエンジンが同車種にラインナップされた物しか選択できない中、トヨタは国際自動車連盟 (FIA) に同一メーカーのエンジンであれば搭載できる認可を取得した。これによって、セリカのターボエンジンと四輪駆動レイアウトを収めることが可能となった。開発陣はダグベルト・レイラーを筆頭に、ミスファイアリングシステムを初めてWRCに持ち込んだミハイル・ロスマンら、セリカに携わったエンジニアによって進められ、1996年初頭からスタートし、一年後の1997年に一号車が完成。当時、TTEと契約していたフレディ・ロイクスや、1995年以来の復帰となったディディエ・オリオールらによってテストが繰り返され、1997年のWRCフィンランド・ラリーでデビューした。


[編集] 外装

短いオーバーハングが特徴のコンパクトなボディは、スタイルは異なるものの、日本仕様の8代目AE111型カローラとプラットフォームを共有している。が、コーナーでの挙動を抑えるため、ホイールベースは2,448ミリあった。特徴的な丸いヘッドライトを用いたフロントマスクには、冷却能力を向上させるために、かつてのランチア・デルタ・インテグラーレさながらのエアスクープが設けられている。また、挙動の安定化のため、フロント、リアにはエアスポイラーが設けられている。1997年モデルで一体成型だったフロントスポイラーは、未舗装路での損傷が激しいことから、翌1998年の開幕戦モンテカルロから分割タイプに変更された(写真は変更を受けた1998年以降のタイプ)。

[編集] エンジン

エンジンはセリカ3S-GTE型を引き続き使用。タービンも同様にトヨタ製のCT20タービンの改良型が採用されたが、セリカ時代の欠点だった慣性モーメントを抑制するため、インタークーラーは水冷式から空冷式に改められた。エンジン本体はカローラの小さなエンジンベイにおさめるため、25度後方に傾けて搭載されたが、重量配分は60対40とフロントヘビーで、リアのトランクに設置された燃料タンクに燃料が満たされた状態でも54.4対45.6となった。デビュー以降もエンジンには改良が加えられ、1998年シリーズの終盤サンレモ・ラリーでは軽量コンロッドを、そして1999年のポルトガルラリーからはアルテッツァ用の挟角ヘッド(ただし、可変バルブタイミング機構は外されている)を載せた物を使用している。

[編集] 駆動方式

駆動方式は四輪駆動だが、デビュー当初はセリカ時代からのトルクスプリット4WDシステムを採用していたが、1999年には他のライバルチームに追従して、前後、センター、リアともに電子油圧制御システムに変更された。

[編集] トランスミッション

セリカ時代に引き続きイギリスのXtrac製だが、新たにジョイスティックと呼ばれる電子油圧制御のセミオートマチックトランスミッションが採用された。これは今日のラリーカーのセミオートマの走りで、緊急用のシフトレバーとは別に、ステアリング右脇にある小さなスティック状のレバーでも操作が可能だった。しかし、本車のセミオートマは現在のラリーカーに用いられている圧縮空気式ではなく、油圧式であった為、当初はトラブルが頻発し取り外されることが多く、ワークス参戦した2台がほぼ全戦を通じてこの機構を使用することが出来たのは、ラストシーズンの1999年に入ってのことだった。また、ワークス撤退後の2000年には、有力プライベーター向けにジョイスティックの他、通常のパドルシフトも作られている。なお、セミオートマは、本車の導入以後、スバルを始め、殆どのワークスマシンが同様の機構を取り入れている。

[編集] 競技での活躍

2006年のミスコルチ・ラリーに参加したカローラWRC

カローラWRCは1997年から1999年までWRCにおけるワークス車両として使用され、WRC通算3勝、1999年にはマニュファクチャラーズ部門のWRC年間チャンピオンを獲得するなど、ラリーカーとしてまずまずの成功を収めた[1]

ワークス撤退後も、翌2000年まで小規模な開発は続けられ、TTEのセカンドチームであるイタリアのプライベーター、グリフォーネから参戦したブルーノ・ティリーは、モンテカルロでワークス勢を相手に5位に入ったほか、ハリ・ロバンペッラが、フィンランドでコリン・マクレーと接戦を繰り広げた末、3位に入るなどの活躍を見せている。その後も本車はプライベーターにより使用され続け、2000年代後半に入っても現役の競技車両が見受けられる。

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  1. ^ F1への道のり

[編集] 関連項目

ウィキメディア・コモンズ

最終更新 2009年10月19日 (月) 03:25 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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