トヨタ・センチュリー
トヨタ・センチュリーの最新ニュースをまとめて検索!
センチュリー (CENTURY) は、トヨタ自動車が主として日本国内で販売する同社の最高級乗用車である[1]。
生産はトヨタ自動車傘下の関東自動車工業が担当し、工程の多くを手作業に頼る形態で限定生産されている。日本国内における販売店はトヨタ店(東京のみ東京トヨペットと併売)。
目次 |
[編集] 概要
日本国内の官公庁、企業、富裕層などでの自家用使用でのリムジン(運転手が付きオーナーは後席に乗る車)として企画されており、後部座席の快適性に重きを置いた作りになっている。
官公庁保有の公務用車両として皇族・政府首脳や政治家の公用車に用いられる事例や、大企業の幹部級社員・高位の僧侶(本山の貫主クラス)や宮司などの社用・公用車(法人の自家用車)としての需要が大部分だが、富裕層の自家用車にも少なからず用いられている。また、霊柩車としての需要も多い。
現行モデルでは内外装には、トヨタ自動車の企業ロゴは使用されていない(以前は「TOYOTA」の文字ロゴがトランクリッドに入っていた)。代わりに、「鳳凰」及びセンチュリーのイニシャルを象ったマークがフロントやサイド、ホイール等に使用され、リヤは「CENTURY」とアルファベットでトランクリッドに幅広く記載されている。
「センチュリー(1世紀)」の名称は、初代モデルが発表された1967年が明治100年(同時に、創業者・豊田佐吉の生誕100年)であったことに因む。
主として自国内の特定クラスのみを対象とする車種としては、日本では他に日産・プレジデントがあり、日本以外ではイギリスのオースチンA135(1952年 - 1968年)、デイムラー・DS420(1968年 - 1992年)、 旧ソビエト連邦・ロシアのZISおよびZIL(1936年 - )や中国の紅旗(1958年 - )などが挙げられるが、いずれにしても国際輸出をほとんど考慮しない、極めてドメスティックな性格を備えた自動車になっており、センチュリーもその例に漏れない。
2005年、トヨタ自動車の高級車ブランド「レクサス」の販売が日本でも開始された。レクサス LS600h Lは、その価格(1330万円)こそセンチュリー(1113万円)を上まわる(2007年12月現在)が、センチュリーはその独自の位置づけにおいて、依然としてトヨタ自動車だけでなく日本におけるフラグシップセダンとしての地位を堅持している。
[編集] 歴史
[編集] 初代(1967年~1997年)VG2# 3# 4#
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
世界の豪華車に匹敵するプレステージサルーンを目標にして開発(トヨタ博物館による解説)され、1967年11月に発売された。以後細部の改良を受けながらも、1997年まで30年間に渡ってモデルチェンジなしで生産される希有な記録を作った。
1964年には、トヨタ自動車の最上級車であった「クラウン」の車体を拡大するとともに、V型8気筒(エンジン形式はV型)2600ccエンジンを搭載した「クラウンエイト」が開発されていたが、クラウンの構造拡大型に留まった「エイト」と異なり、センチュリーは全面的な新設計により開発された。
想定する市場としては、パイロットモデルたる「エイト」に続き、従来アメリカ製高級車によって占められていた日本国内のVIP向けショーファー・ドリブン用途への本格的参入を狙ったものである。
4ドアセダン一種のみのボディは、「伝統的な日本」を感じさせるテイストを持ち、重厚で保守的だがある意味極めて個性的なデザインである。登場当初は当時の日本車としては珍しい長矩形の異形ヘッドライトを備えていた。
当時の日本製乗用車としては高いレベルの居住性と静粛性を実現しており、また、1.7トンを超える重量にも関わらず、170km/hまでの到達が可能だった(当初のカタログデータ。以後エンジン排気量拡大などが為されたが、1970年代以降日本国内で自動車メーカーが生産車の最高速度を公表しなくなったため、以後の最高速度は不明である)。
V型8気筒の後輪駆動車で、エンジンはクラウン・エイト用エンジンを拡大した3V型OHV・3000ccエンジンから始まり、その後排出ガス対策等で3400cc(4V-U型、4V-EU型)、4000cc(5V-EU型)まで排気量拡大がなされた。
当初、(当時の)トヨタ車としては異例に凝ったメカニズムを採用しており、それらは通常のコイルスプリングに換えてエアチャンバーを用いたフロントサスペンション(アーム配置はトレーリングアーム)や、ギアボックスをスカットル上部に置き、リンケージの大半をエンジン上部に配置したステアリング系(ナックルアームはストラットタワーの頂部に配置)に代表される。これらは、当時の日本車はもとより欧米車でもあまり例が無く、登場から40年以上経た現在の眼で見ても極めてユニークで、興味深いものである。
しかし、複雑なメカニズムが実際の走行性能の向上にどれほどの役割を果たしたかはやや疑問と評すべき面もあり、メーカーとしても机上のスペックよりも現実の実用性能を重視するという考え方のもと、1982年の大規模なマイナーチェンジの際に、より一般的な方式に変えられたものも多い(前述のフロントサスペンションや、ステアリング系も一般的な方式に改められた)。その結果、実質的な実用性能は向上したものの、純技術的にはやや後退した感は否めない。
VG20型は、自動変速機装備が常識化していたアメリカ製大型車に対抗するため、当初からオートマチックトランスミッションが標準だったが、初期には手動変速機の4速フロアシフト車も設定されていた。イメージには不似合いであったことやオートマチック車の需要が高かったことから、マイナーチェンジ(VG21型へ移行時)には廃止されている。
- 1973年4月 マイナーチェンジでVG21型へ変更された。昭和48年排出ガス規制適合と同時に総排気量が3400ccの4V型へ変更。テールランプのデザイン変更と同時にウインカーのアンバー色追加。フロントディスクブレーキ追加。電磁式ドアロックの廃止。
- 1975年6月 昭和50年排出ガス規制適合。マニュアルトランスミッション車が廃止される。
- 1977年1月 昭和51年排出ガス規制適合で型式をC-VG30型へ変更。
- 1978年11月 昭和53年排出ガス規制適合で型式をE-VG35型へ変更。ホイールキャップのデザイン変更。
- 1982年 大規模なマイナーチェンジ。エンジンが3400ccの4V-EU型に代わり、4000ccの5V-EU型となり、前述の通り各部の特異な機構がより一般的な機構に改められた。また、発売以来、大幅な変更が無かった内外装が変更され、外装では、ヘッドライト、フロントグリル、テールライト、バンパーなどが変更された。この変更により、確かに新しい印象になりはしたが、(特に)フロントグリルやヘッドライト周りは少々安っぽい意匠になり、ボディデザインの一体感はやや損なわれた感がある。一方、内装では、オートエアコンの採用、ラジオの電子チューナー化、各種スイッチの日本語表記化などが行われた。
- 1985年8月 EタイプにTEMSが採用される。
- 1987年 一部改良。デジタルメーターの採用と内外装の変更。ATを3速から4速型の電子制御式に変更。フロアシフト車復活。
- 1990年9月 一部改良。ホイールベースを150mm延長したロングボディのLタイプ追加。(型式はVG45)
- 1992年12月 一部改良。フロントグリル、ホイールのデザイン変更。後席VIPシート、サイドドアビーム、LEDハイマウントストップランプ、運転席エアバッグを全車標準装備。
- 1994年12月 一部改良。エアコンカットシステムの採用。車載電話用アンテナをバックウインドウ内蔵タイプに変更。
このモデルは極めて長期に渡って生産されたことから、やはり長期生産されたプレジデントと並び、中古車市場では法人ワンオーナーで程度の良い車が比較的安価に流通している。
クラシカルなイメージが強い外観デザイン、アメリカ車並に大柄なボディサイズ、いわゆる「ベンコラ」(ベンチシートにコラムシフトの組み合わせ)が受け、ローライダー、あるいはVIPカーのベース車として若者にも人気がある。特にベンコラ車はクラウン同様にやや高く取引されている。
[編集] 2代目(1997年-) GZG5#
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
1997年、異例の長期生産が続いた初代から30年ぶりにモデルチェンジが行われ、2代目モデルに移行した。
最新のメカニズムを満載したハイテクノロジーの権化のような自動車でありながら、車体デザインは1967年以来の初代モデルのデザインをほとんど踏襲し、遠目には初代モデル末期型と区別を付けにくい外観となった。また、リムジンの設定がなくなった。
日本製市販乗用車としては史上初にして唯一のV型12気筒DOHCエンジンを搭載した後輪駆動車である。4カムOHC(片バンクあたりDOHC機構)の5000cc・280psで、基本構造はトヨタ自動車で長い実績のある既存の直列6気筒エンジン(JZエンジン)をベースにしている。エンジンの形式名は、1GZ-FE型であり、片バンクの6気筒にトラブルが生じても、残りの6気筒が機能して走行できるようになっている。その他の走行機器の多くにバックアップのための2重系統化が施されている。
内装に使われている木目パネルには職人が一つ一つ丹念に手で作り上げたものが使われるなど、高度な素材・技術が使われている。また、ボディーカラー名には「神威」(かむい、エターナルブラック)、「摩周」(ましゅう、シリーンブルーマイカ)、「瑞雲」(ずいうん、デミュアーブルーマイカメタリックモリブデン)、「鸞鳳」(らんぽう、グロリアスグレーメタリックモリブデン)、「精華」(せいか、レイディエントシルバーメタリック)と、おおよそ他の車種では使用されないような名前が使われている。車の性格からオーナードライバーが自ら運転するケースは多くないものの、ショーファードリブン時とオーナードリブン時とで走行性能を切り替える機能もある。
初代モデルは末期まで全車フェンダーミラーで、ドアミラーを選択することができなかったが、この代よりオプション設定でドアミラーを選択できるようになった。
- 1997年4月 フルモデルチェンジ。
- 2000年4月 一部改良。
- 2001年5月 一部改良。
- 2003年1月 官公庁での使用を見込んで圧縮天然ガス(CNG)仕様車を追加。しかし、四国のように都市ガスの天然ガス化が遅れている地域が少なくない上、ベースモデルよりも約300万円高いため、導入拡大にまでは至らず、2005年の一部改良時には消滅した。CNG仕様車のエンジンは1GZ-FNEで、出力は258psとやや下がっている。また、識別のためフロントドア横に「CNG」の文字が入っている。
- 2005年1月 一部改良。ATが6速化され(フロアシフトはシーケンシャルシフトマチックとなる)、平成17年排出ガス75%低減でSU-LEVの認定と平成22年燃費基準を達成した。また、デュアルEMVが標準装備になった。この時後席ビデオデッキに代わり、DVDプレーヤーが標準になっている。
- 2006年1月 一部改良。テールランプ/ブレーキランプにLEDを採用した。
- 2007年10月 第40回東京モーターショーにセンチュリーの製造元である関東自動車工業が専用フロントグリル、内装にウールを使用するなど、より高級化を図った「プレミアムセンチュリー」を出品。
- 2008年1月 一部改良。ディスチャージ付(ロービームのみ)マルチリフレクターヘッドランプを装備した。それに伴いフォグランプがバンパーに移動し、コーナリングランプが廃止された。また、地上デジタルテレビチューナーも装備された。
[編集] センチュリーロイヤル
詳細は「トヨタ・センチュリーロイヤル」を参照
1967年以来使用されてきた天皇・皇后の御料車「プリンスロイヤル」が老朽化の為、センチュリーをベースとした特別生産車「センチュリーロイヤル」に順次切り替えられ、2005年9月28日の臨時国会開会式に出席する際から使用されている。
[編集] センチュリーの特殊性
[編集] 販売施策
現行車の価格設定は最低でも1130万円からである。かつては1000万円を切る、車格・性能からすれば異常な水準の廉価で販売されていたが、2005年に値上げが図られた。
トヨタ自動車にとってセンチュリーは、日本のトップメーカーとしてのステータスを誇示する一つの象徴であり、またトヨタ製量産車の顧客となる官公庁や企業に対する営業アイテムとも言える存在である。
[編集] 顧客
日本におけるセンチュリーの主なユーザーである皇族、保守的上流層、政治家、宗教指導者や企業幹部は、「センチュリーに乗る事を積極的に誇示する」のではなく、一種の匿名性と儀礼的性格を兼ね備えたこの乗用車の独特なキャラクターを利用している傾向が強い。
皇族や、政府首脳をはじめとする政治家たちが、公務のためにセンチュリーを利用して移動する様子は、しばしばニュース映像でも伝えられ、一般国民にもこの「黒塗りの大型車」の存在はなじみ深いものとなっている。その結果、センチュリーの社会的イメージは、保守的上流層もしくは社会的高位の人々と分かちがたいものとなった。
多くの場合、それらの主要ユーザー層は自らの地位に相応しいステータスのある高級乗用車を必要としているが、一方で周囲から過度に注目されたり、反感を買ったりする事態は望んでいない。
日本における暴力団の親分衆にも人気度が高く暴力団の慶弔事で集まる場にはメルセデスベンツとセンチュリーの黒塗り高級車が殆どをしめており、全面ガラスに黒のフィルムを貼り威圧感が出やすいアウトロー好みのGZG50でもある
センチュリーは、ステータスこそ高いが日本製の国産車であり、ロールス・ロイスやメルセデス・ベンツに代表される著名な輸入車ほどに、強い特徴や存在感を誇示しない(加えて、それら輸入リムジンよりは価格も廉価である)。しかもそのほとんどが黒塗りもしくはそれに類する濃い暗色に画一化されていて、個々のセンチュリーを区別する手段は乏しく、それ故にかえって「誰の乗るセンチュリーなのか」は一見してわからない(この独特な匿名性は、かつての共産圏諸国で「ZIL」リムジン車が備えていた社会的匿名性とも通底するものである)。このような乗用車は、前述のような主要ユーザーたちの移動手段として、実に都合の良い存在なのである。
かようなセンチュリー独特のキャラクターは、初代モデルの30年に渡る生産期間に、日本社会にも完全に定着しており、モデルチェンジを行うとしても、キャラクターを急激に崩すのは好ましくなかった。
多くの高級車がフロントのエンブレムやラジエーターグリルなどの端的に理解されやすいマークで認識されるのに対し、センチュリーのイメージはフロントマスクやテールランプ回りの独特なデザインをはじめとするボディデザイン全体によって構築されている。故に2代目の開発にあたっても、初代の古典的デザインモチーフが全体に踏襲される事になったのである。
輸出を重視したモデルではないが、アジアやヨーロッパ市場に少数の輸出実績がある。香港では、特別行政区行政長官の公用車が永くセンチュリーであった(2007年5月、レクサスLS600hLに代替された)。右側通行の国向けに、主に日本政府の在外公館向けとして左ハンドル仕様のセンチュリーも存在する(在仏、在中国日本大使館など)。
[編集] その他
- アメリカ映画「ロスト・イン・トランスレーション」(2003年)では、主役のハリウッド・スター(ビル・マーレイ)を送迎するハイヤーとしてセンチュリーが登場する。日本でVIPを送迎する乗り物としては当然とも言える存在のセンチュリーであるが、1960年代から抜け出してきたような外観の大型車は、外国人にとっては強烈な印象を与える小道具と言えるだろう。
- 官公庁での公用車としての採用が多く、自治体の長の公用車にも広く用いられるが、近年は「高価な大排気量車」による公費浪費の批判を避ける政治的判断[2]、あるいは純粋な維持費用節約の見地[3]から、都道府県知事や市町村長用の公用センチュリーを売却し、ハイブリッドカー等の低公害車、ないしは輸送力で勝る大型ワンボックスカーで代替する事例(奈良県や宮崎県など)が増えている。広島県では、広島県に本社を置くマツダへの支援及び道路環境の悪い島嶼部での運用を考慮して2008年4月から同社が生産するミニバンMPVが採用されている。
[編集] 脚注
- ^ ただし販売価格については、厳密には同じトヨタ製のレクサスLS600hより低価格であるが、本文にて記述されている独自の性格から、日本における最高級乗用車として位置づけられている。
- ^ 『知事公用の高級車をネット売却 経費削減でハイブリッド車に 奈良』, MSNニュース, 2008年4月25日。この記事によると、実際の経費削減効果よりも象徴的な意味合いの方が大きいと知事が発言している。
- ^ 『黒塗り高級車やめました 知事公用車で東国原知事』, 千葉日報ウェブ, 2007年2月7日。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年10月27日 (火) 04:46 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【トヨタ・センチュリー】変更履歴









