ドミトリー・ツルスノフ

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 ドミトリー・ツルスノフ

ドミトリー・ツルスノフ
基本情報
ラテン文字名 Dmitry Tursunov
フルネーム Dmitry Igorevich Tursunov
国籍 ロシア ロシア
出身地 同・モスクワ
生年月日 1982年12月12日(27歳)
身長 185cm
体重 81kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 2000年
ツアー通算 10勝
シングルス 6勝
ダブルス 4勝
4大大会最高成績・シングルス
全豪 3回戦(2007)
全仏 3回戦(2006・08)
全英 4回戦(2005・06)
全米 3回戦(2003・06・08)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 2回戦(2009)
全仏 ベスト4(2008)
全英 2回戦(2007・08)
全米 3回戦(2008)
4大大会最高成績・混合ダブルス
キャリア自己最高ランキング
シングルス 20位
ダブルス 36位
  

ドミトリー・ツルスノフDmitry Tursunov, 1982年12月12日 - )は、ロシアモスクワ出身の男子プロテニス選手。フルネームは Дми́трий И́горевич Турсу́нов (ドミトリー・イーガリヴィッチ・トゥルスーナフ)という。自己最高ランキングはシングルス20位、ダブルス36位。身長185cm、体重81kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。

ツルスノフは科学技師であった父親の手ほどきでテニスを始め、12歳半の時にロシアを離れてアメリカに引っ越した。2000年にプロ入りしたが、ツルスノフはATPツアーの下部組織のトーナメント群(チャレンジャー大会)での下積み期間が長く、2003年全米オープン4大大会デビューを果たしている。初出場の4大大会で、ツルスノフは1回戦で元世界ランキング1位のグスタボ・クエルテンブラジル)を破り、ザビエル・マリッセベルギー)との3回戦まで進出した。2004年ウィンブルドンで3回戦に進み、1回戦で同じロシアマラト・サフィンを破ったが、3回戦でスペインカルロス・モヤに敗れている。

ドミトリー・ツルスノフは2005年からツアー大会で成績を伸ばし、2005年ウィンブルドンの2回戦で地元イギリスティム・ヘンマンを 3-6, 6-2, 3-6, 6-3, 8-6 で破る勝利を挙げた。ヘンマンはウィンブルドン選手権の英雄として、1996年以来毎年ベスト8以上に勝ち上がってきたため、ツルスノフへの2回戦敗退は地元ファンに少なからぬ衝撃を与えた。ツルスノフ自身は4回戦でセバスチャン・グロージャンフランス)に敗退する。この後男子テニス国別対抗戦・デビスカップロシア代表選手にも初選出され、9月23日-25日に「ワールドグループ」準決勝の対クロアチア戦に出場した。

2006年全仏オープン3回戦・ウィンブルドン4回戦(2年連続で進出)・全米オープン3回戦進出の後、9月末にインドムンバイ大会の決勝でトマシュ・ベルディヒチェコ)を破り、ATPツアー大会でシングルス初優勝を果たす。2006年12月1日-3日にかけて、デビスカップ決勝の対アルゼンチン戦がロシアの首都モスクワにある「オリンピック・スタジアム」で開かれ、ツルスノフはマラト・サフィンとペアを組んで第3試合のダブルス戦に出場し、アルゼンチン代表のダビド・ナルバンディアンアグスティン・カレリ組を破って、ロシア・チームの4年ぶり2度目のデ杯優勝に貢献した。

2007年全豪オープンでは第21シードで出場したが、3回戦で第13シードのトマシュ・ベルディヒに敗れた。その後の4大大会ではシングルス3回戦止まりが続いているが、男子ツアーではシングルス・ダブルスともにタイトルを増やしている。2008年全仏オープンの男子ダブルスで、同じロシアのイゴール・クニツィンと組んだベスト4進出がある。8月の北京五輪で、ツルスノフはシングルス・ダブルスともにスイス代表のロジャー・フェデラーと顔を合わせた。シングルスは1回戦で 4-6, 2-6 のストレート負けに終わり、ミハイル・ユーズニーと組んだ男子ダブルスも2回戦でフェデラーとスタニスラス・ワウリンカの組に 4-6, 3-6 で敗れた。

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最終更新 2010年2月4日 (木) 15:27 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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