ドリトル先生
ドリトル先生の最新ニュースをまとめて検索!
ドリトル先生(ドリトルせんせい、英: Dr. Dolittle)は、アメリカの小説家ヒュー・ロフティングが著した児童文学のシリーズ名。また、その主人公である博物学者・医学博士[1]・ジェントリの通称でもある。フルネームはジョン・ドリトル(John Dolittle)。
ロフティングが第一次世界大戦で遭遇した、動けなくなった軍用馬の射殺処分に心を痛め、自分の子供に出した手紙での話が原型とされる。時代設定は、おおむね19世紀初前半。
目次 |
[編集] 物語の背景
イングランド東部・ノーフォークの湖沼地方をモデルにした、「沼のほとりのパドルビー」という架空の町にある、ドリトル先生の屋敷が物語の最初の舞台になっている。
その屋敷には、先祖が園遊会をしたという広い庭があり、たくさんの動物たちが住んでいた。先生は博物学者であり、人間の医者として妹のサラ(Sarah)と暮らしていた。
先生はある日、相棒のオウムのポリネシアから、動物語の存在を知らされ、ポリネシアの手ほどきで、動物たちと話すことができるようになり[2]、その噂を聞きつけた近所の動物たちが、治療のために屋敷におしかけて来るようになる。 それからというもの人間の患者は誰も来なくなり、収入も絶たれてしまう。サラは人間よりも動物相手になってしまった兄に愛想を尽かして出て行ってしまい[3]、一人身となってしまう。
先生がこうなってしまったのは自分達のせいであると気づいた動物たちは会議をひらき、能力を出し合って、先生を手伝い始める。家事や家の動物たちの世話はアヒルのダブダブ、会計はフクロウのトートーが担当することになった。 夕食の後は暖炉にあつまり(寂しさをまぎらわすために)動物たちが身の上話をすることになった。
ドリトル先生の評判は動物たちによって世界中に広がり、ある夜、先生の元にアフリカで深刻な伝染病が発生し、動物達が先生の救援を必要としているというニュースが届く[4]。これをきっかけに、ドリトル先生はアフリカから果ては月にまで診療に赴くこととなる。
[編集] ドリトル先生の人物像
体型はころころとした超肥満型で、水泳が得意。ダンゴ鼻をしており、モデルはロフティングの実子とされる。パイプ煙草を愛用しフロックコートにシルクハット、ステッキ姿で登場する典型的英国紳士。 性格は温和だがいざと言う時の戦闘能力は高く、「航海記」における部族戦争をはじめとして、格闘する場面がいくつかある。毎年必ず研究と標本採集のための航海を行っていて、長期間に及ぶことも多い。
一度決心すると、どんな困難が降りかかってこようともけして諦めず、希望を持って頑張り通し、ついに目標を達成してしまう冒険家の博物学者で、相手の言葉に理がある時はたとえ無学な子供であろうと、貧者であろうと尊重し、相手が間違っていれば国王であろうと怖気ずに進言する性格から、一般人からは紳士だけど風変わりと評判の先生である。
菜食主義者ではないが、動物達の意志と権利を尊重し、闘牛やキツネ狩りなどを野蛮な行為と断じ、根絶させたがっている。 さらに動物を利用した営業行為の現状を虐待であると論じ、自ら理想的な動物園やサーカスを実現してみせた。
当時の常識であった“未開の土人を、優れたキリスト教徒としてのイギリス人が教化する”という、植民地思想的な発言[5]が多少見られるものの、ドリトル先生自身は、当時では珍しいほど、人種や階層などにはこだわらない人物として描かれている。 彼の最も尊敬する博物学者ロング・アロー[6]は文盲のインディアンであり、また親しい友人、ジョリキンキ王国のカアブウブウ・バンポ王子はアフリカ黒人、マシュー・マグは窃盗で何回も投獄されているような、ペット用の屑肉を扱う御用聞きである。無学で貧しいスタビンズ少年も当初から“トミー君”や“坊や”ではなく“スタビンズ君”と呼び、子供扱いせず一人前の相棒として扱っている。
一方、紳士的であろうと努力は見えるものの女性との付き合いは苦手で、細々した身の回りのことでとやかく言われることについていつもこぼしている。女性との交流はテオドシア・マグ夫人を除いてほとんどなく、妹からは絶縁されてしまっている[7]。また金銭については無頓着で研究や気の毒な動物たちのためにすぐ使ってしまい、広大な屋敷以外財産はなく、いくばくかの印税があるものの、あちこち付けが溜まっているという暮らしをしていたが、「ドリトル先生の動物園」で描かれる事件により莫大な財産を相続している。それでも楽しく幸福でいられるのは友人や動物達の協力のおかげであるという設定になっている。
[編集] スタビンズ助手について
ドリトル先生を慕う少年“トミー”トーマス・スタビンズが第2巻「航海記」から住み込みの助手として参加、ポリネシアから動物語を学び、屋敷の中にある「動物園」の副園長を務めたりもしている。靴屋を営む父・ジェイコブの修理技術を先生は高く評価し、靴直しは必ずジェイコブの店(トミーの実家)に頼んでいた。『ドリトル先生航海記』以後の全ての作品は、先生の亡き後、ポリネシアの口述をトミーが書き取った形で構成されている。
[編集] ドリトル先生の家族と友人
以下の動物たちが持ち前の才能(オウムの物真似は元より犬の嗅覚、フクロウの聴覚や暗視力、どこにでも潜り込めるネズミなど)を生かして先生を助けたり、意外な知識を披露したりするのが各作品の楽しみでもある。
[編集] 動物
- ポリネシア
- とある船でペットとして飼われていた、180歳を超える[8]アフリカ出身のオウム。あらゆる言語に堪能で、ドリトル先生とスタビンズの語学の師である。
- 怒ると数ヶ国語で船乗りの使う悪態を口走る癖がある。
- ジップ
- ドリトル邸の番犬。動物語を習得したドリトル先生と信頼関係を結んでいるため、鎖に繋がれていない。
- 同胞愛が強く「雑種犬クラブ」を主宰しており、しばしば野良犬を連れ帰る。
- 海賊に拉致されて孤島に監禁された人を、嗅覚のみで探し出し救出した[9]功労で、“世界一の賢い犬”と刻印された金の首輪を贈られ、以後“勲章”として首に嵌めている。
- ダブダブ
- 細かいことに良く気づき、愚痴と世話焼きが大好きなアヒル。
- 動物に甘いドリトル先生に代わって動物たちをたしなめ、家政婦役を果たしてくれる(発言もおばさん調である)。
- チーチー
- ドリトル先生の患者だった猿。動物に無理解なオルガン奏者に飼われていたが、先生に1シリングで買い取られ家族の一員となる。
- 『アフリカゆき』で一度はアフリカに残る道を選ぶが、後に人間の女の子に変装して先生宅に帰還した。
- 白ネズミ/ホワイティ(Whitey)[10]
- 目立つ体色[11]のため危機と隣り合わせの半生だったが、最終的にドリトル先生に保護される。
- ガブガブなどに浴びせる「チー、ヒー」という忍び笑いが特徴[12]。
- ジム
- サーカスのワニ。見世物生活を嫌がっており、歯痛でドリトル先生に掛かったのを契機に引き取られる。
- 床のリノリウムを食い荒らすと誤解され、サラが出奔する直接の原因となった。『アフリカゆき』以後は故郷アフリカで暮らす。
- 年とったびっこの馬(old lame horse)
- ドリトル邸で昔から飼われている老馬[13]。サラ出奔後は薪集めをして家事を支える。
- 登場期間は長いが一行に同行することはなく、先生が旅から帰るたびに出迎えをする。
- トグル
- 老いた農耕馬。視力が落ちて仕事ができなくなるが、獣医に見当違いの診断ばかりされて閉口していた。
- ドリトル先生に眼鏡をもらって視力を取り戻し、同境遇の老馬たちと悠々自適の生活を送る。
- チープサイド
- セント・ポール大聖堂の南側にある聖エドモント像の左耳に営巣しているロンドンの雀。妻にベッキーがいる。
- ロンドンっ子を自負しており、喧嘩っ早く「田舎者」を見下す癖があるのが玉に瑕。
- クイップ
- 『アフリカゆき』での急報を入れた、“飛脚”の異名を持つツバメ。初期のドリトル先生と外部の連絡役を務めた。
- ミランダ
- 美しい紫ゴクラクチョウ。チープサイドやスキマーと並び、通信に活躍。
- 繊細な淑女だが、その風貌ゆえに苦労が絶えない。
- ドロンコ(Mudface)
- アフリカの奥地、ジュンガニーカ湖に住む巨大な亀。ノアの方舟に乗った動物のつがいだったが、ノアと対立し独自の道を歩んだ。
- 地震で生き埋めになったところをジムの通報で救出され、数千年前の証言をした。
[編集] 架空の動物
- オシツオサレツ(Pushmi-Pullyu)
- 双頭の鹿[15]。アフリカで一行に加わる。
- 危機に敏感で、片方の頭が眠っている間も残る片方の頭が起きている。
- 大ガラス海カタツムリ(Great Pink Sea Snail)
- ガラスのように透き通ったピンク色の殻を持つ巨大な巻貝。殻の中には人を乗せることもできる。
- ジャマロ・バンブルリリイ
- 月からの使者として訪れた巨大な蛾。宇宙を飛行することができる。
- あん畜生/イティー(Itty)[16]
- 月から連れ帰られた神秘的なネコ。
- 当初一家の動物達から一方的な拒絶を受けたが、スタビンズのとりなしで一家に加わった。
- 相変わらず皆から気味悪がられて敬遠されているが、気に掛けず飄々としている。
[編集] 人間
- サラ・ドリトル(結婚後はサラ・ディングル)
- ドリトル先生の妹。作中に登場する唯一の親族である。
- 先生がジムを引き取ったことに愛想を尽かし、教区長を務める富豪ディングル家へ嫁いでいく。
- 先生と間の悪いところでたびたび再会し、その都度呆れている。
- マシュー・マグ
- ペットの餌用に屑肉を売る「ネコ肉屋」の男。妻はテオドシア。
- 気のいい男で機転も利くが[17]、手癖が悪く札付きの密猟者でもあり、幾度か投獄経験がある。
- ゆえにドリトル先生のような紳士と親友である事は司法当局からも訝しがられている。
- ロング・アロー
- インディアンの博物学者。薬草を求めてクモサル島に渡ったが、行方不明となっていた。
- ドリトル先生も尊敬する博物学の大家で、先生とはワシ語で意思疎通をする。
- カアブウブウ・バンポ
- アフリカの小国ジョリギンキの王子。長身で、類稀な視力と腕力を誇る。
- オックスフォード大学に留学しているが、代数学は苦手の様子である。
- ココ王
- アフリカの小国ファンティポの王。甘いものに目がない。
- 切手売りにかまけて郵便制度が崩壊したため、ドリトル先生に改革を依頼する。
- ブラウン博士
- 香料を混ぜたラードを妙薬と偽ってサーカスで売っていた偽医者。
- 博士号を持つ本物の医師であるドリトル先生に、衆人環視の中で暴露されてサーカスを追い出されるが、後に改心して本当に効く薬を開発する。
ほか、ゲストとしてパガニーニが登場したこともある。『ドリトル先生のキャラバン』で、彼は先生の上演する動物オペラの聴衆として現われ、“動物語が話せると言うと狂人・山師扱いされる”と臆する先生を、動物ときちんと意思疎通が出来なければ、こんなに見事な出し物は不可能だと絶賛する。先生自身も、『ドリトル先生航海記』で、優れたフルート奏者であることが語られている。
[編集] シリーズ
シリーズは全12冊と番外編1冊。挿絵も作者の自筆によるものが使われている。刊行年は全て原書のもの。
- ドリトル先生アフリカゆき(1920年刊)
- ドリトル先生航海記 (1922年刊)
- ドリトル先生の郵便局 (1923年刊)
- ドリトル先生のサーカス(1924年刊)
- ドリトル先生の動物園 (1925年刊)
- ドリトル先生のキャラバン (1926年刊)
- ドリトル先生と月からの使い(1927年刊)
- ドリトル先生月へゆく (1928年刊)
- ドリトル先生月から帰る (1933年刊)
- ドリトル先生と秘密の湖 (1948年刊)
- ドリトル先生と緑のカナリア(1950年刊):遺稿を夫人が整理し刊行
- ドリトル先生の楽しい家 (1953年刊):遺稿を夫人が整理し刊行
- ガブガブの本 ― ドリトル先生番外篇 :遺稿を夫人が整理し刊行
[編集] 映像化作品
[編集] 映画化
1967年にレックス・ハリソン主演のミュージカル映画として「ドリトル先生不思議な旅」のタイトルで映画化された。原案は第2巻の「ドリトル先生航海記」に「アフリカ行き」や「月へ行く」の要素を加えたもので、オシツオサレツや海カタツムリ、巨蛾が登場し、クモザル島の住民はインディアンではなく、黒人である。
航海の同行者に、トミー以外にネコ肉屋のマシュー・マグ(妙な若い優男になっている)を加えており、二枚貝がパクパク殻を開いて先生と会話するような、子供向けのコメディータッチの作品になっている。 この作品では先生は女嫌いの菜食主義者になっており、また体型も肥満体でない。
また、動物と話せる医者という設定以外にあまり共通点はないが、エディ・マーフィ主演によるリメイク[18]もされている。
[編集] アニメ化
「ドリトル先生航海記 Doctor Dolittle」は、1970年にテレビ向けアニメ映画もアメリカで製作され、日本語版も1972年頃NHKで放映された。舞台は現代で、動物の言葉を話す秘密を奪い、世界征服をたくらむ海賊スカービーとその一味がドリトル先生一行を追いかけ、毎回大失態を演じるというコミカルタッチの内容で、原作とは全く異なる作品である。日本語版でドリトル先生の声を人気オペラ歌手の故・立川清登が担当した。原作とは違い、先生の体格はすらっとした痩身である。
キリギリスのロックバンドが旅仲間にいる、というのも現代風のアレンジだが、こちらは日本語版でヤング101が歌を担当、毎回1曲披露した。
また、70年のリメイク版で、日本では放映されていないが1984年にテレビアニメ「The Voyages of Dr. Dolittle」が製作、放映された。
あと1928年にドイツで白黒の無声短編アニメ映画「Dr. Dolittle und seine Tiere」が公開されたが、おそらくこの短編アニメがドリトル先生の最初のアニメーション化であり最古の映像化と思われる。
[編集] CMキャラクター化
1990~91年に、トヨタ自動車がドリトル先生を自社のコマーシャル・キャラクターとして使用、テレビCMや新聞媒体などに登場した。ロフティング画のドリトル先生が自動車を運転しながらエコロジーを口にするというものだった。
[編集] 発禁問題
黒人描写などについて問題があるとしてアメリカ合衆国では1970年代に発禁となっていたが、1997年に該当記述がパトリシア&フレデリック・マッキサックによって修正され出版された。とは言え、白人と同じ大学に通う黒人青年[19]、イギリス海軍に協力して奴隷商人を捕まえるエピソード[20]など、発禁の背景に白人至上主義者達にとっても嫌な話題があったことを指摘する説もある。
[編集] 日本語訳について
第二次大戦中に児童文学作家の石井桃子が井伏鱒二に本書を勧め、石井の下訳を元に井伏が「ドリトル先生アフリカゆき」の翻訳を行った。日本におけるこの最初の翻訳は石井が設立した白林少年館から1941年に出版されたが、程なくして白林少年館は倒産してしまう。その後井伏は陸軍に徴用されたこともあり、本書の翻訳は進まなかったが、戦後帰国した井伏は岩波書店から再度「ドリトル先生アフリカゆき」の訳文を推敲させられ、岩波少年文庫の一冊として出版された。以降全巻が井伏によって翻訳され、岩波児童文庫より出版されており、現在も版を重ねている。
主人公の本名はジョン・ドリトル。英語表記は「Doctor John Dolittle」(ジョン・ドゥーリトル博士)であるが、姓のDolittleを直訳すると「働きが少ない」となり[21]、“やぶ先生”になってしまうため、困った岩波書店の担当者が翻訳者の井伏鱒二にお伺いを立て、“こうしましょう”と提示された井伏の訳に賛同し、そのままの英語読みである「ドリトル先生」に変えられる事になったという。
児童文学を意識したためか、全編にわたって読みやすい口語の文体になっている。前述した本編に出てくる想像上の動物である「オシツオサレツ」は原語では「Pushmi-Pullyu」であり、これは「Push me - Pull you」の捩りであるが、これを「オシツオサレツ」と訳すあたり、井伏の妙訳といえる。しかし訳が古いためもあってトリュフを松露と訳すなど、現代においては馴染まない訳語を使っていることも多いので、子供に読ませる際には説明が必要である。
[編集] 脚註
- ^ ダーラム大学で学位を取ったという設定
- ^ ポリネシアとの会話が成立したのは、かねてから先生が英語を(単なる物真似ではなく、意味や文法も)教え込んでいた為である
- ^ 後に結婚し、「サーカス」で再登場する
- ^ 以上は第一巻「ドリトル先生アフリカゆき」で語られる。
- ^ 航海記」における統一戦争以後のエピソードや「郵便局」の描写
- ^ インディアンなのにアンデス出身とするなどおかしな部分がある
- ^ バンポから彼の父王が120人の妻を持つ事を聞かされ「それはますますよろしくない、120倍もよろしくない」といっている(当時のジェントリには独身が多かったという背景もある)
- ^ 『ドリトル先生アフリカゆき』では182~3歳と自称している
- ^ 被害者は嗅ぎタバコが好きで、飢えを紛らすために手持ちを嗅ぎ続けた事が所在の確認に繋がった。
- ^ 当初“ホワイティ”と音訳されていたが、後に意訳の“白ネズミ”表記に変更。
- ^ 白毛のために灰色の都市部では目立ち、積雪期しか出歩けないなど困窮していた。これを改善するため毛染めをしたところ、誤って青色に染めてしまい、一層目立つようになってしまった。
- ^ 原文「Tee,hee(英語圏における笑い声の擬声語)」の音訳
- ^ 『ドリトル先生アフリカゆき』の時点で25歳
- ^ カナリアは一般的に雄のみが鳴くことを翻案したもの。実際のカナリアは品種や個体によって雌が鳴くこともある
- ^ あるいはレイヨウ、また英語版wikipediaによればラマ
- ^ これはスタビンズがつけた仮称に過ぎず、本名は不明。ポリネシアがcatと言う語を聞くのも不快がり「just call it It」(「あれ」と呼びなさいよ)と発言したことを受けて。
- ^ 『ドリトル先生のサーカス』でその司会能力を天才と評されている
- ^ 「ドクター・ドリトル」「ドクター・ドリトル2」
- ^ パンポ王子はオックスフォード大学に留学している
- ^ ドリトル先生の舞台である19世紀半ばのヨーロッパでは、奴隷制度は既に非合法化されていた
- ^ 『マイ・フェア・レディ』でオードリー・ヘプバーンが演じたイライザ・ドゥーリトルやドーリットル空襲で知られるジミー・ドーリットルはDoolittleであり、綴りが僅かに異なる。
[編集] 関連書
- 南條竹則 『ドリトル先生の英国』文春新書 文藝春秋 ISBN 416660130X
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年9月8日 (火) 12:31 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【ドリトル先生】変更履歴


