ドルトムント
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| 紋章 | 地図 | ||||||
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| 基本情報 | |||||||
| 連邦州: | ノルトライン=ヴェストファーレン州 | ||||||
| 行政管区: | アルンスベルク行政管区 | ||||||
| 地域連合: | ヴェストファーレン=リッペ地域連合 | ||||||
| ルール地域連合 | |||||||
| 郡: | 郡独立市 | ||||||
| 面積: | 280.4 km² | ||||||
| 人口: | 588,168 (2005年12月31日現在) | ||||||
| 人口密度: | 2,098 人/km² | ||||||
| 標高: | 海抜 50-254 m | ||||||
| 郵便番号: | 44001 から 44388 | ||||||
| 市街局番: | 0231、02304 | ||||||
| 緯度経度: | 北緯 51度 30分 58秒 東経 07度 28分 06秒 |
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| ナンバープレート: | DO | ||||||
| 自治体コード: | 05 9 13 000 | ||||||
| UN/LOコード: | DE DTM | ||||||
| 市の構成: | 12 市区 | ||||||
| 市庁舎の住所: | Friedensplatz 1 44122 Dortmund |
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| ウェブサイト: | www.dortmund.de | ||||||
| E-Mail: | redaktion@dortmund.de | ||||||
| 行政 | |||||||
| 上級市長: | ゲルハルト・ランゲマイヤー (Gerhard Langemeyer) (SPD) | ||||||
| 議会の多数政党: | SPD, ドイツ緑の党 | ||||||
| 最後の選挙: | 2004年9月26日(決選投票2004年10月10日) | ||||||
| 次回選挙: | 2009年秋 | ||||||
| 負債: | 960,861,000 € (2004年3月4日現在) | ||||||
| 住民 | |||||||
| 失業率 | 16.8 % (2006年10月1日現在) | ||||||
| 外国人 | 12.6 % (2006年10月1日現在) | ||||||
| 大学等の学生数 | 約 30.000人 (2005年夏期) | ||||||
| 年齢構成: (2003年12月31日現在) |
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ドルトムント(Dortmund)はドイツ連邦共和国の都市。ノルトライン=ヴェストファーレン州に属する。人口はおよそ58万人。
目次 |
[編集] 概要
工業地帯として知られるルール地方の代表的な工業都市。ドルトムント・エムス運河を通じて、北海と航路がつながっている。近隣の都市としては、約95キロ北にオスナブリュック、95キロ東北にビーレフェルト、55キロ南西にデュッセルドルフ、20キロ西にボーフムが位置する。デュッセルドルフから特急ICEで40分程度。世界有数のビール生産地であり、周辺では石炭、鉄鉱石を産出する。
[編集] 歴史
ドルトムントは880年の公文書 Throtmanni に小さな村として最初に書かれた。1152年に、バルバロッサ(フリードリヒ1世)がこの地域を訪れ、火災にあった街を再建した。バルバロッサが2年間ドルトムントに住んだ後、帝国でも顕著な街に成長する。 13世紀にハンザ同盟に参加し、1220年、皇帝と直接の従属関係になる帝国自由都市の地位を獲得する。1320年以降、"Dorpmunde" の名で裕福な貿易都市として文書に書かれている。
ナポレオン戦争後、1803年に帝国自由都市の地位を失い、プロシアに組み込まれる。 19世紀より産業革命が進展すると、工業都市の一つとして繁栄し、石炭、鉄、ビールの中心地となる。
ルール地方東部の中心都市であるため、近隣都市とともに連合国軍爆撃の標的となった。第二次世界大戦時は2/3の家が破壊された。
戦後、ドルトムントは「鉄と石炭の町」として、ドイツの復興に貢献した。市内の各地には炭坑があり、市北部にはヴェストファーレン製鉄所、南部にはフェニックス製鉄所と、大規模な製鉄所が大量の鉄を生産した。また、都心の近くのウニオン、ティア、アクティーンなど、多数のビール工場があり、ミュンヘンと肩を並べるビール都市であった。しかし、石炭から石油へのエネルギー革命や、新興国の発展等により、市を支える産業は大きく変化した。炭坑はすべて廃止され、2つの大製鉄所も生産を停止し、ビール工場は統合されて1社が残るのみである。
今日、ドルトムントはハイテク産業の街として再生しようとしており、1984年にはドルトムント大学の近くにドイツ初のテクノパークが建設されている。さらに、市南部のフェニックス製鉄所跡地では、第2のテクノパークの建設が進められている。そのそばにあるヴェストファーレン公園のテレビ塔に昇り、展望台から市内と見回すと、市内各地に緑があふれている様子がわかる。
また、1973年からは、毎年夏にドルトムント・チェス・トーナメントが行われており、国際的にも注目されている。
[編集] 交通
鉄道と空港が整備されているドルトムントは、広域交通の拠点である。とくに、ドルトムント中央駅はドイツ鉄道にとって重要な駅で、多数のICE(ドイツ新幹線)が発着している。ドルトムント空港は、市の東部にある。滑走路が2,000mで、夜間発着制限もあるので、滑走路の延長や運用時間拡大が検討されているが、騒音を問題とする市民が反対している。
市内の交通は、市の子会社であるDSW21が経営する電車とバスの公共交通ネットワークが各地を結んでいる。その中心となっているのがLRT(ライトレール)で、1881年に馬が曳く形で登場した。その後蒸気機関に転換され、1894年からは電気で走る路面電車も導入された。路面電車からLRTへの転換は1960年代末に決定され、1980年代に入ると、都心でも路線を地下に移す工事が始まった。都心で最後まで残り、まだ路面電車が走っていた東西方向の路線も、2008年4月に地下に移され、都心から地上路線が消えた。この間に車両の改善も進められ、現在、DSW21は年間に延べ1億人を超える人員を輸送し、文字どおりドルトムント市民の足となっている。
[編集] スポーツ
ドルトムントを本拠地とするボルシア・ドルトムント(Borussia 09 e.V. Dortmund)は、ドイツ国内のみならずヨーロッパを代表する名門サッカークラブである。一時期はサッカー・ブンデスリーガ(ドイツ1部リーグ)の優勝を争ったり、UEFAチャンピオンズリーグ制覇、トヨタカップ制覇(ブンデスリーガのクラブ初)を成し遂げた強豪クラブであったが、2004年頃より深刻な経営難が表面化し、成績不振に陥っている。但し地元では根強い人気があり、毎試合約8万人の大観衆がヴェストファーレン・シュタディオンに詰め掛ける。観客動員数はバイエルン・ミュンヘン等を抑え、毎年1位に輝いている。そのドルトムントの応援というと地鳴りのような迫力で常に相手チームの脅威となり、後押しとなっている。
ボルシア・ドルトムントのホームスタジアム、ヴェストファーレン・シュタディオンは、1974 FIFAワールドカップ開催のために建設されたサッカー専用のスタジアムである。展示場(ヴェストファーレン・ホール)やスポーツホール、ヴェストファーレン公園で構成される地区の一角を占め、ここでは各種スポーツの国際大会も開催されている。2005年より、保険会社のズィグナル・イドゥナ(Signal Iduna)がネーミングライツを獲得し、ズィグナル・イドゥナ・パーク(Signal Iduna Park)と名称を変更している。
2006年 FIFAワールドカップ・ドイツ大会の開催都市の一つであり、シュタディオン・ドルトムント(ズィグナル・イドゥナ・パーク)にて試合が行われた。1次リーグの日本対ブラジル戦もここで行われた。
ドルトムントの最大のライバルといえば、目と鼻の先にあるゲルゼンキルヒェンを本拠地とするシャルケ04であり、このルール地方の試合がヨーロッパを代表するダービーマッチのルール・ダービーである。両クラブとも熱狂的なファンを持つことで知られているだけあって意地と意地がぶつかりあった熱戦が繰り広げられる(VfLボーフムとの試合もルールダービーである)。
[編集] 姉妹都市
[編集] ドルトムント出身の著名人
- アンネグレート・リヒター - 陸上競技選手
[編集] 外部リンク
- 公式
- ドルトムント市公式サイト (ドイツ語)(英語)
- 観光
- ドルトムント - ウィキトラベル
- ドルトムント市観光局 (ドイツ語)(英語)
- ドイツ政府観光局 - ドルトムント (日本語)
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最終更新 2009年11月9日 (月) 05:38 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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