ナホトカ号重油流出事故

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ナホトカ号重油流出事故(ナホトカごうじゅうゆりゅうしゅつじこ)は、1997年(平成9年)1月2日未明、島根県隠岐島沖の日本海で発生した、重油流出事故である。

目次

[編集] 概要

ロシア船籍のタンカー「ナホトカ号」が波浪により船体を破断し、大量の重油が海上に流出、日本の日本海沿岸各地に漂着した。ナホトカ号は暖房用のC重油を約19,000キロリットル積み、上海からペトロパブロフスクへ航行中だった。船体は浸水により沈没。分離した船首部分は折からの季節風にあおられ、東方へ漂流を続けた。乗組員31名は救命ボートに避難したが、船長は行方不明となり、後日、福井県内で遺体で発見された。

積載されていた重油の一部、約6,240キロリットルが日本海上に流出し、1月7日には福井県坂井郡三国町(当時。現・坂井市三国町)安島の越前加賀海岸国定公園内の海岸に船体の船首部分と重油が漂着、その後、島根県から石川県にかけての広い範囲に重油が漂着した。海上では海上保安庁海上自衛隊が、重油が漂着した海岸では地元住民や全国各地から集まったボランティア、自衛隊などが回収作業に当った。

三国町に漂着・座礁した船首部からはタンク内に残った重油の抜き取り作業が行われ、2月25日に完了したが、 水深約2,500mの海底に沈んだ船体からは、その後も重油の流出が続いた。現在も小規模な流出は続いているが、自然分解可能な程度である。また、年一回、海洋研究開発機構が、深海探査艇により現状確認を行っている。現状では、重油の回収及び流出防止措置は深海のため不可能であり、船体老朽化による破損・流出が憂慮されている。

[編集] ボランティア活動

全国各地からの個人・企業・各種団体によるボランティアも参加して、のべ30万人近くと伝わる民間有志による回収作業も行われた。厳冬期の1月に事故が起こったことで、海からの冷たい風が吹き荒れる海岸での回収作業は過酷を極め、回収作業に当たっていた地元住民やボランティアのうち5名が過労などで亡くなるという二次被害が発生してしまった。この件を契機に「ボランティア活動には危険もつきまとう」という事実が世間に知られ、ボランティア活動を行う者に対して「ボランティア活動保険」への加入を勧める活動が積極的に行われるようになった。[1]

[編集] 補足

この事件の復興支援として三国競艇場にて競艇SG競走オーシャンカップ競走の第3回大会が開催された。

[編集] 損害賠償請求

今回の事故に関し、日本政府海上保安庁防衛庁(当時)、国土交通省)及び海上災害防止センターは、重油の防除に伴い生じた損害賠償等の支払いを、ナホトカ号の船舶所有者等に対して1999年(平成11年)12月17日東京地方裁判所へ提起した。原告は日本政府であり、被告は船舶所有者(プリスコ・トラフィック・リミテッド(ロシア))、船主責任保険組合(UKクラブ(英国))である。その後、2002年(平成14年)8月30日和解が成立した。[2]

なお、日本原子力発電も個別に損害賠償請求訴訟を福井地方裁判所に提訴したようであるが[3]、その後については不明。

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ 災害ボランティアと安全・補償の問題
  2. ^ ナホトカ号油流出事故における油濁損害賠償等請求事件に係る訴訟の和解について
  3. ^ ナホトカ号重油流出事故に係る損害賠償請求訴訟について

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月13日 (金) 03:43 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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