ニヒリズム

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ニヒリズム (Nihilism)、あるいは虚無主義とは、この世界、特に過去および現在における人間存在には意義、目的、理解できるような真理、本質的な価値などがないと主張する哲学的な立場である。名称はラテン語の Nihil (無)に由来する。

ニヒリストは概して以下の論点を強く主張している。

上位の支配者、創造主の存在を示す理にかなう証拠はない、「真なる道徳」というものは存在しない、世俗的な倫理は実現不可能;だから我々の存在には結局真理はなく、好まれる行動など存在しない。

目次

[編集] 概要

ニヒリズムとは、今まで最高の価値と人々がみなし、目的としていたものが無価値となった歴史的事態のことを言う。「神が死んだ」後、私たちは科学という新たな神に未来を期待したが、第二次世界大戦は科学の恐ろしさを、あるいは科学進歩が必ずしも私たちの未来を明るくするものとは限らないということを証明した。心理学者を自認するニーチェによれば、ニヒリズムは上記のような「精神状態」で、2080年ごろまで続くことになるが、このニヒリズムにおいて私たちが取りうる態度は大きく分けて2つある。

  1. すべてが無価値・偽り・仮象ということを前向きに考える生き方。つまり、自ら積極的に「仮象」を生み出し、一瞬一瞬を一所懸命生きるという態度(強さのニヒリズム、能動的ニヒリズム)。
  2. 何も信じられない事態に絶望し、疲れきったため、その時々の状況に身を任せ、流れるように生きるという態度(弱さのニヒリズム、受動的ニヒリズム)。

ニーチェは前者を肯定し、永遠回帰の思想の下、自らを創造的に展開していく、の勇気との知恵を備えた「超人」になることをすすめた。社会的には、どんな事態でも傍観する姿勢から、ある種の攻撃性があると考える。

ハイデガーによれば、ニヒリズムの温床は、現実や現世からの超越を主張する形而上学的立場だとされる。したがって「ニヒリズムの超克」という視点は、「超克」ということにおいて、それ自身がニヒリズムとされ、ニヒリズムの克服を主張したニーチェは「最後のニヒリスト」と見なされる。「ニーチェの最も過激な門人」と評されるユンガーは、現代世界は、ニヒリズムの境界を通過したと言い、ハイデガーとニヒリズム論を交換している。

[編集] 矛盾点

ニヒリズムの「真理が存在しない」とする信念に対する批判としては、もし"真理が存在しない"が正しいとすれば、"真理が存在しない"という主張自体が"真理"になり、自己矛盾に陥ることになる、とする主張がある。同じような反論は相対主義論理実証主義における意義の検証可能理論にも浴びせられている。

真理が存在しないに対するより高度な解釈として、「真理は存在するかもしれないが、それは実際には人間がアクセスできるものではない」とするのがあるが、この場合、ニヒリストがどうやってそれにアクセスしたかが問題となる。これに対して、ニヒリストは真理に直接的にはアクセスしていないが、「真理は人間の境界内において結局獲得できるものではない」であることを過去の経験により間接的に導き出しそのような結論となった、というのは理にかなった答えかもしれない。このように、ニヒリスト達は「真理は人間が獲得できるものではない」という前提から、彼らは真理を求める行為を無益と見なしている。

形而上的な概念である真理とは、その存在が認識されているからこそ存在するものであり、客観的な証明がなされなければ、存在すると言うことはできない。 あらゆる真理が相対化される現代においては、少なくとも大多数にとっては真理とは存在しないものであり、ゆえに現代はニヒリズムの時代であるとする主張は多く見られる。

極端なニヒリズムとして、論理的な事柄の真理を人間が知ることはできないとするものがある。この場合、事実としてニヒリズムが矛盾に至ることは問題ではない。なぜならば矛盾は論理を受け入れる者に対して問題となるからである。

[編集] ニヒリズムの超克

存在しない形而上学的な原理を追い求めることは過程であり、迷いながらも自己を否定せずそれを理解すること。

[編集] 代表的な人物

[編集] 参考文献

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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最終更新 2009年11月15日 (日) 00:32 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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