ギラヴァンツ北九州
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| ギラヴァンツ北九州 | |
|---|---|
| 原語表記 | ギラヴァンツ北九州 |
| 愛称 | ギラヴァンツ、北九州 |
| クラブカラー | 黄 |
| 創設年 | 2001年 |
| 所属リーグ | 日本フットボールリーグ |
| ホームタウン | 北九州市 |
| ホームスタジアム | 北九州市立本城陸上競技場 |
| 収容人数 | 10,000人 |
| 運営法人 | 株式会社ニューウェーブ北九州 |
| 代表者 | 横手敏夫 |
| 監督 | 与那城ジョージ |
| 公式サイト | 公式サイト |
ギラヴァンツ北九州(―きたきゅうしゅう)は、福岡県北九州市をホームタウンとする日本フットボールリーグ(JFL)所属、2010年からJリーグJ2加盟予定のサッカークラブチームである。なお2009年11月30日までは、「ニューウェーブ北九州」というクラブ名であった(詳細は後述)。
目次 |
[編集] 概要
クラブの運営法人は、長らくNPO法人の北九州フットボールクラブ(以下「北九州FC」とする)であったが、2010年までにトップチームのJリーグ昇格を目指すためJリーグ側が求める条件に従い、2008年10月10日、登記申請を行い、株式会社ニューウェーブ北九州となった[1]。
2008年1月には社団法人日本プロサッカーリーグに対して準加盟申請を行い、2008年2月19日に準加盟が承認された。福岡県では1995年に本拠地を静岡県藤枝市から移した福岡(藤枝)ブルックス→アビスパ福岡以来、13年ぶりにJFL以上の全国リーグ所属クラブの誕生となる。元から福岡県が本拠となると当チームがJリーグ発足以後では初めてである。また北九州市を本拠とするチームとしては日本サッカーリーグ2部から九州社会人リーグに新日鉄八幡サッカー部が降格した1991年以来17年ぶりの全国リーグ所属チームとなった。(後述)
練習場は門司区の新門司球技場である。新門司球技場については、クラブが球技場を含めた北九州市立新門司体育施設全体の指定管理者に指定されているため、優先的な使用が可能である。
下部組織としてU-18チーム、ユース年代の女子チームであるガールズ、そしてシニアチームが存在する。U-18チームはJリーグの要求条件に従い分離後の株式会社傘下であるが、ガールズとシニアチームは引き続き「北九州FC」としてNPO法人の運営となっている。
チームマスコットは、ズグロカモメをモチーフとしたもので、2009年まではウェービー(Wavy)という名称だったが、クラブ名の変更に伴い、こちらも新名称を2009年11月30日まで募集、2010年には新たな名称となる。
2009年4月1日、公式ウェブサイトにて、「ニューウェーブ」という名称が一部商品において既に商標登録されており、クラブまたは日本プロサッカーリーグによる商品の製作、販売などに支障を来たすという理由から、同日より4月30日までの間、新たなクラブ名が公募された[2]。内部決定の後、7月23日に商標登録の出願を行い、10月2日に、イタリア語で“ひまわり”という意味の「Girasole」と“前進する”という意味の「Avanzare」を組合せた造語「ギラヴァンツ北九州」(Giravanz Kitakyushu)とすることを発表[3]。同年12月1日、現名称に改称された[4]。
[編集] 歴史
[編集] 三菱化成黒崎
クラブは北九州市八幡西区黒崎にあった三菱化成(現:三菱化学)黒崎サッカー部を前身としている。三菱化成黒崎サッカー部は九州サッカーリーグが発足した1973年シーズンの優勝チームであり、その後も1981年 - 1984年までの4連覇を含む計7回の優勝を果たした。しかし、1990年代後半に入ると九州各県からJリーグ加入を目指す動きが起き始め、それに伴い強化を図るクラブチームが頭角を現した。このため1989年に優勝したのを最後に徐々に成績を落とし優勝から遠ざかっていった。
[編集] 北九州のJリーグクラブ
1990年代初めになると日本各地でJリーグへの参加を表明するクラブが次々と名乗りをあげていった。しかし九州でJリーグ入りを表明したクラブは存在しなかった。このため九州から全国リーグであるJSLに唯一参加したかつての強豪チーム新日鉄八幡にJリーグ参加が打診されたが、1990-91年シーズンを最後にJSL2部から九州リーグに降格し、同時に本社が鉄鋼不況にあえいでいた新日鉄はこれを断わった。なお、2008年シーズンからのJFL参加は、北九州から全国レベルのリーグ戦に参加するという意味においてこの時以来17年ぶりのリバイバルということになる。
以上のような経緯から北九州にはJSLのファウンダーである新日鉄八幡という古豪クラブが存在しながらも九州最初のJリーグ参加クラブのホームタウンになる栄誉を逃してしまうことになった。結局九州最初のJリーグクラブは1996年にJリーグ入りしたアビスパ福岡になり、北九州からJリーグ入りを目指す運動はしばらくの間きわめて低調な状況になった。
[編集] 市民クラブ化
2001年に地域密着型のサッカー・スポーツクラブの創設を目標として、北九州市と地元企業などの共同で北九州FCが創設された。三菱化成黒崎は運営母体を北九州FCに移し、クラブ名をニューウェーブ北九州に改めた。このニューウェーブ北九州という名前は、北九州市長杯争奪 北九州招待サッカー大会に出場するため三菱化成黒崎と新日鐵八幡から選出された北九州市選抜チームに対して付けられていた名前である。
クラブは「北九州からJリーグチームを」というスローガンを掲げ当初からトップチームのJリーグ参加を目指していた。
地元資本である井筒屋やゼンリンなどのスポンサードを受けたり、北九州市内に設置されているコカ・コーラの自動販売機の売上の一部が運営費に贈られるなど地域密着型運営を行っている。
[編集] 九州リーグ
ニューウェーブ九州の実質的な創設は2001年シーズンからで、Jリーグ加入を目指す他クラブチームよりも発足が少し出遅れた。このため選手補強も進まないままにクラブチーム化した後もしばらくは低迷期が続いた。
2005年、Jリーグでも指導歴があり、地元出身の千疋美徳監督を迎えるが昇格ならず、同監督2期目となる2006年、従来からのスポンサーに加え北九州市からの支援も受け、今度こそJFL昇格も期待されたが、リーグ戦では沖縄かりゆしFCに2連敗した事などが響き、同じくJFL入りを目指すV・ファーレン長崎と、強豪新日鐵大分に次ぐ3位に終わり、その後全国地域リーグ決勝大会進出の最後の望みをかけた全国社会人サッカー選手権大会準決勝で同じくJFL入りを目指す静岡FCに敗れ、この時点で2007年からのJFL参入の望みが完全に潰えた。またこの年は、天皇杯福岡県予選で地元の東海大五高校サッカー部に敗れるなど、JFL入りへの道のりの遠さをうかがわせた。
2007年、2期連続で地域リーグ決勝大会出場を逃した千疋監督をコーチに降格、後任に前年までFC琉球監督だった与那城ジョージを招聘。選手補強の面でもJリーグ経験者のFW藤吉信次、GK水原大樹、クラブ史上初のブラジル人選手となるDFドグラスら全選手の半数近くとなる10人(途中、DFタチコが入団)が新加入した。チームは九州サッカーリーグでは常に上位争いに顔を出し、後半戦では一時首位に立つ。21節に勝利した時点で地域リーグ決勝大会への進出権を獲得する2位以上を確定、さらに最終22節で勝利した後、前日終了時点で首位だったホンダロックがV・ファーレン長崎に敗れたことにより、逆転でKyuリーグ初(前身の三菱化成黒崎を含めても18年ぶり)の優勝を遂げた。
その後、全国地域リーグ決勝大会では、1次ラウンドを1勝1PK勝で通過、最終ラウンドでは、初戦をPK負け、2戦目は90分での敗戦とともに落とし、一旦は4チーム中最下位になりながらも、混戦となったことが幸いし、最終戦バンディオンセ神戸に2-0で勝利したことにより、得失点差で逆転、ファジアーノ岡山に次ぐ2位となり、2008年度からのJFL昇格を決定づけた。そして12月10日のJFL評議委員会において、昇格が正式に決定した。
[編集] 日本フットボールリーグ (JFL)
2008年1月10日、Jリーグに対して、正式に準加盟申請を行った。その結果、2月19日のJリーグ理事会において、カターレ富山とともにJリーグへの準加盟が認められた。これにより、2008年シーズンにおいて4位以内となり、Jリーグが定める基準(平均入場者3000人以上、スタジアム改修など)をクリアした場合、最速で2009年シーズンよりJ2に参入できる運びとなったものの、2008年シーズンにおいて、ホームゲームの観客動員が毎試合千人前後と低迷、最も観客を集めたMIOびわこ草津戦でも1800人程度と振るわず、8月26日に準加盟チームに対して行われた予備審査の結果発表においても、Jリーグ理事会から、経営状況などの面で基準に劣るとの判断を示された[5]。そして10月5日、ジェフリザーブズ戦の時点で、今年の平均入場者数が3000人に満たないことが確定、成績面でも、11月9日のMIOびわこ草津戦で0-1で敗れたため、5位以下が確定、2009年度からのJ2加入はならなかった。
2008年8月31日、レベルファイブスタジアムで行われた福岡県サッカー選手権決勝で九州産業大学を2-1で下し初優勝(前身の三菱化成黒崎時代を含めると、1990年度第70回大会以来18年ぶり5回目)、第88回天皇杯本大会出場を決めた。全47都道府県から本大会出場チームを出すようになった1996年度第76回大会以来、ちょうど同年度からJリーグに参入しシードで同大会に出場しているアビスパ福岡を別にすると、県代表としてはずっと大学チームが出場しており、1995年度第75回大会に出場した福岡ブルックス(現アビスパ福岡)以来13年ぶりにJリーグ以外のプロチームが県代表として出場を決めたことになる。本大会1回戦でホンダロック(宮崎県代表)にリードされるも後半終了間際に同点に追いつき、結局PK戦で辛うじて本大会初勝利を挙げ[6]、2回戦では三菱重工長崎(長崎県代表)に1-0で勝利したものの、3回戦、J2ベガルタ仙台との対戦では0-2で敗れ、対Jリーグ所属チームの初勝利はならなかった。
2009年に入り、新たにMF関光博、FW長谷川太郎などJリーグ経験者を含む数名を補強した。しかし前半戦では、第2節時点で1勝1分の2位まで上昇したものの、その後2連敗し12位まで順位を下げ、その直後に2連勝、さらに10節からは2連勝を含む6試合負けなしなどありながらも、結局前期終了まで一度もJリーグ昇格の基準となる4位以上に上がることなく、8勝4分5敗の勝点28、5位で前期を終え、前期4位までに与えられる天皇杯2回戦シード権を逃す。結局福岡県予選で優勝し福岡県代表として本大会出場権は確保したが、1回戦で日本文理大学(大分県代表)に敗れ、2年連続でのJリーグ勢との対戦(2回戦は対モンテディオ山形戦)はならなかった。後期に入り、第2節から第4節までの3連勝など、第8節でHonda FCに敗れるまで前期17節から8戦連続で負けなしを続け、前半戦上位だったガイナーレ鳥取やジェフリザーブズが調子を落としたことや、他上位チームも勝点をあまり伸ばせず団子レース状態になったこともあり、後期第2節以降、Jリーグ昇格の基準となる4位以上を維持。9月には徳島ヴォルティスから大島康明を補強。Jリーグ機構による新規加盟予備審査においても、財務基盤強化を指摘されたものの、加盟は可能であるとの回答を得たため[7]、最終成績で4位以内に入れれば、目標としていた2010年からのJリーグ参入も可能となった。前年はJリーグ加盟基準の1試合平均3,000名に遠く及ばなかった観客動員も、開幕戦のジェフリザーブズ戦で9,856人、前期第14節のV・ファーレン長崎戦で8,157人など大量動員があったことが影響し、平均3,000人以上を維持、後期第15節のFC琉球戦の時点で、平均3,000人以上の基準となる年間通算観客数51,000人を突破した。
そして、後期第16節、11月23日に行われたアルテ高崎戦で勝利したことにより年間4位以上を確定。最終順位は4位に終わったが、同月30日に開催されたJリーグ臨時理事会での審査を経て、正式に2010年からのJリーグ加盟が承認された[8]。
[編集] スタジアム
ホームスタジアムは八幡西区の北九州市立本城陸上競技場を使用する。2008年以前には戸畑区の鞘ヶ谷陸上競技場も併用していた。これらのグラウンドは新日鉄八幡サッカー部のホームグラウンドとして全国リーグ(JSL)において使用された実績があり、後者については八幡製鉄所所有のグラウンドであった。本城陸上競技場が比較的Jリーグ規格に近いが、スタンドの大半は芝生席であり照明の明度が低いことなどJリーグが要求するスタジアム規格を満たしていないため、2004年に行われたアビスパ福岡主催のJ2リーグ戦を最後にJリーグ公式戦は開催されていない。2010年シーズンからのJリーグ入りを機に本城陸上競技場の芝生席を椅子席にする改修工事が行われれている。また専用スタジアムの建設も検討されている。[9]
[編集] 戦績
| 年度 | 所属 | 順位 | 勝点 | チーム数 | 試合 | 90分勝 | PK勝 | PK負 | 90分負 | 得点 | 失点 | 差 | 監督 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2001年 | Kyuリーグ | 8位 | 15 | 10 | 18 | 5 | 0 | 0 | 13 | 25 | 46 | -21 | 折出成生 |
| 2002年 | 7位 | 18 | 10 | 18 | 5 | 0 | 3 | 10 | 24 | 39 | -15 | ||
| 2003年 | 4位 | 42 | 12 | 22 | 12 | 1 | 4 | 5 | 65 | 46 | +19 | 小野重徳 | |
| 2004年 | 6位 | 28 | 10 | 18 | 9 | 0 | 1 | 8 | 41 | 39 | +2 | ||
| 2005年 | 6位 | 33 | 10 | 18 | 10 | 0 | 3 | 5 | 51 | 30 | +21 | 千疋美徳 | |
| 2006年 | 3位 | 36 | 9 | 16 | 11 | 1 | 1 | 3 | 45 | 23 | +22 | ||
| 2007年 | 優勝 | 54 | 11 | 20 | 17 | 1 | 1 | 1 | 59 | 8 | +51 | 与那城ジョージ | |
| 年度 | 所属 | 順位 | 勝点 | チーム数 | 試合 | 勝 | 引分 | 負 | 得点 | 失点 | 差 | 監督 | |
| 2008年 | JFL | 10位 | 49 | 18 | 34 | 13 | 10 | 11 | 49 | 48 | +1 | 与那城ジョージ | |
| 2009年 | 4位 | 58 | 18 | 34 | 16 | 10 | 8 | 49 | 31 | +18 | |||
| 2010年 | J2 | 19 | 36 | ||||||||||
[編集] 獲得タイトル
- 2007年 Kyuリーグ 優勝
- 2007年 全国地域リーグ決勝大会 準優勝
[編集] ユニフォーム
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[編集] クラブカラー
- 黄
[編集] ユニフォームスポンサー
| 掲出箇所 | スポンサー名 | 表記 | 掲出年 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 胸 | TOTO・安川電機・八幡製鐵所 | TEAM KITAKYU | 2009年2月- | 3社合同スポンサー |
| 背中 | ゼンリン | ゼンリン | 2007年- | |
| 袖 | ナフコ | ナフコ | 2009年- | |
| パンツ | なし |
[編集] トレーニングウェアスポンサー
| 掲出箇所 | スポンサー名 | 表記 |
|---|---|---|
| 練習着 | 第一交通産業 | 第一交通産業 |
[編集] ユニフォームサプライヤー
[編集] 歴代ユニフォームスポンサー年表
| 年度 | 胸 | 袖 | 背中 | パンツ | サプライヤー |
| 2009年 | WORLD INTEC/TEAM KITAKYU | ナフコ | ゼンリン | - | UMBRO |
- ワールドインテックは2009年2月にユニフォームスポンサーより撤退。
[編集] オフィシャルサプライヤー
- コカコーラ・ウエストジャパン
- ウェービーがデザインされた自動販売機「ウェービーボックス」を設置、売り上げの一部をチーム支援に充てている。
[編集] スポンサー
以下2009年のスポンサー。※は北九州市内または福岡県内以外に本社を置く企業、(市区町村)は企業の本社所在地[10]。
[編集] 株主
- ゼンリン(小倉北区)
- ナフコ(小倉北区)
- 第一交通産業(小倉北区)
- TOTO(小倉北区)
- 安川電機(八幡西区)
- 井筒屋(小倉北区)
- タカミヤ(ポイント&ペグ、八幡東区)
- タカギ(小倉南区)
- 門司港運(門司区)
- 財団法人芳賀教育文化振興会
- 林秀美
[編集] その他スポンサー
- コカ・コーラウエスト
- ※三菱化学
- ハローデイ(小倉南区)
- ※日産自動車
- メディカルネットサービス(小倉北区)
- 学校法人九州医療スポーツ専門学校
- スピナ(八幡東区)
- 福岡銀行北九州本部(福岡市中央区)
- サンリブ(小倉北区)
- 福岡ひびき信用金庫(八幡東区)
- サンキュードラッグ(門司区)
- スターフライヤー(小倉北区)
- ワールドインテック(小倉北区)
- ニッテツ八幡エンジニアリング(戸畑区)
- ビッグベアーズフーヅサービス(小倉北区)
- 本城陸上競技場でのホームゲームの際売店を出店
- 西港自動車学校(小倉北区)
- ふく鮨本舗の三太郎(福岡市城南区)
- ふく太郎本部(門司区)
- 医療法人秀英会新庄整形外科医院
- はやかわ動物病院
- 栄新
- 大庭産業(小倉北区)
- 大光炉材(戸畑区)
- 毎日新聞社
- 北九州小文字ライオンズクラブ
- 鶴丸海運(若松区)
- 電源開発若松総合事業所若松研究所
- 山田港運倉庫
- 日鐵運輸(八幡東区)
- サンレー
- 九州テクノリサーチ
- ※日鉄エレックス
- 医療法人北九州病院
- 旭興産
[編集] ユニフォームサプライヤー
[編集] その他
[編集] 関連項目
- ギラヴァンツ北九州の選手一覧
- 垂水千佳(NHK北九州放送局契約キャスター)
- サッカー観戦が趣味、それが高じてニューウェーブ北九州を取材している。Jリーグ昇格を決定づけた試合では現地に出向き取材。
- FM KitaQ(北九州市のコミュニティ放送局)
- クラブがスポンサードしている「NEW WAVE 2008」という番組の中にニューウェーブ北九州のコーナーがある。
- 引田香織
- J:COM北九州
- ニューウェーブの全試合(2009年・34試合)をホーム・アウェーを問わず自主制作チャンネルを使って完全録画中継する。
[編集] 参照資料
- ^ ニューウェーブ北九州ホームページ 2008年10月11日付
- ^ チーム名称・エンブレム公募のお知らせ ニューウェーブ北九州公式ウェブサイト
- ^ 新チーム名称・エンブレム発表
- ^ ニュースリリース:ニューウェーブ北九州がJリーグ入会 Jリーグ公式サイト 2009年11月30日
- ^ 日刊スポーツ 2008年8月26日付記事
- ^ 前身の三菱化成黒崎時代も本大会では1勝もしていなかった(4試合3得点21失点)
- ^ NW北九州 J参入可能 予備審査回答 西日本新聞 2009年9月11日付
- ^ フォトニュース Jリーグ:ニューウェーブ北九州の入会を承認 J's Goal 2009年11月30日
- ^ http://www.nikkansports.com/soccer/news/p-sc-tp0-20091124-569002.html
- ^ サポーターズTV 2008年10月10日付記事
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年12月6日 (日) 01:44 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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