ヌルシアのベネディクトゥス
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ヌルシアのベネディクトゥス(羅:Benedictus de Nursia, 480年頃 - 547年)は中世のキリスト教の修道院長で、西方教会における修道制度の創設者と呼ばれる。正教会・カトリック教会・聖公会・ルーテル教会で聖人。ベンディクトとも表記され、イタリア語ではベネデット(Benedetto)と呼ばれる。正教会ではノルシヤの克肖者聖ベネディクトと呼ばれる。
イタリアのモンテ・カッシーノに修道院を設け、530年頃修道会則(戒律)を定めて、共同で修道生活を行った。彼の戒律に従った修道会の1つをベネディクト会と呼ぶ。
[編集] 生涯
ベネディクトゥスはスポレートに近い小さな町ヌルシア(現在のノルチャ)の古代ローマ貴族の家系に生まれた。伝承によれば双子の妹にスコラスティカ(彼女も聖人である)がいた。少年時代は両親とともにローマに住み、学問を習得した。これはローマの行政官として必要な教養を身につけるためであったが、福音の教えに共鳴したベネディクトゥスは神に自らの生涯を捧げることを決意し、早い時期に学校を退学した。
ベネディクトゥスは隠修修道を行ったわけではなかったが、ローマ郊外の都会の喧騒を離れた場所で新たな生活を始めた。しばらく後、ベネディクトゥスはローマを完全に離れる必要を感じ、田舎で自らの労働によって生活しつつ修道生活を営むことを考えるに至った。ベネディクト会の標語 “ora et labora”「祈り、かつ働け」はこの精神を表現したものである。
修道士ロマヌスの勧めで数年間洞窟での隠修生活をした後、ベネディクトゥスはスビヤコに修道院を設立した。彼のもとに、次々と共鳴者が集まり、スビヤコには12の修道院が増設されるに至った。12の修道院のそれぞれに、ベネディクトゥスは12人の修道士と1人の監督者を住まわせ、自身は別の修道院にごくわずかな弟子たちと共に住んだ。とはいえベネディクトゥスは依然としてスビヤコ全体の修道院長であり、修道士たちの信仰生活の父親役を務めたのである。その後モンテ・カッシーノに移り、修道院を設立。モンテ・カッシーノの修道院設立の後は、ベネディクトゥスの生涯はその理想とする修道生活の実現のために捧げられた。
ベネディクトゥスはモンテ・カッシーノで547年に没した。
最終更新 2009年10月11日 (日) 12:56 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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