ノバエンジニアリング
ノバエンジニアリングの最新ニュースをまとめて検索!
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 本社所在地 | 〒410-1308 静岡県駿東郡小山町大御神220-1 |
| 電話番号 | 0550-78-0329 |
| 設立 | 1973年4月 |
| 業種 | 製造業 |
| 事業内容 | 自動車開発事業 モータースポーツ事業 コンポジット開発事業 特殊計測事業 |
| 代表者 | 鬼木秀和(代表取締役社長) |
| 資本金 | 25,000,000円 |
| 売上高 | 682,000,000円(平成15年度) |
| 従業員数 | 24名(平成21年7月現在) |
| 外部リンク | http://www.nova-eng.co.jp/ |
ノバエンジニアリング株式会社(NOVA ENGINIEERING CO.,LTD.)は、静岡県小山町に本社を置く、モータースポーツ事業を基幹業務とする自動車関連会社(レーシングカーコンストラクター)。
[編集] 概要
1973年4月に山梨信輔と風戸裕によって、風戸裕のマシンをメンテナンスすることを目的として設立された。社名はイラストレーターの池田BOWによって考案され、「新星」を意味する「nova」が由来となっている。
全日本F2000選手権、全日本F2選手権、全日本F3000選手権、フォーミュラ・ニッポンなどの国内トップフォーミュラや富士グランチャンピオンレース(富士GC)等での活躍が有名。1980年代前半までは完全自社開発のマシンを数多く製作していたが、近年は他社が製作したマシンのメンテナンスやチューンアップ、レーシングチームの運営といった業務がメインとなっている。
猪瀬良一(2009年現在 同社取締役)、森脇基恭(2009年現在 同社取締役技術部長)などのエンジニアが在籍している。なお1979年に猪瀬が代表取締役に就任するのと相前後して山梨ら創業メンバーが同社を退社しているため、レース専門誌等では「社名は同じでも実質的には別の会社である」との考え方から、山梨ら創業メンバーの時代を「第1期」、猪瀬・森脇ら現経営陣の時代を「第2期」として区別する場合がある。
近年は、モータースポーツで培ったカーボン・コンポジット技術を利用して、東京大学宇宙線研究所を中心に日豪協力で建設された、通称「カンガルー望遠鏡」というガンマ線観測天体望遠鏡のガンマ線球面鏡の開発・製造も手がけるなど異分野への参入も行っている。
[編集] 在籍したドライバー
- 風戸裕(1973年〜1974年)- 富士GCに参戦。
- 藤田直広 - 風戸裕の事故死後に富士GCに参戦。
- 中嶋悟 - 1976年まではプライベーターとして活動していたが、資金難のため活動を停止しようとしていた所をBMWのエンジンをチューニングしていた松浦賢により見いだされ、翌1977年より同社のシャシーを使ってヒーローズレーシングより全日本F2000・FJ1300に参戦するようになった。
- 片山義美 (1983年〜1984年)- 富士GCに参戦。エントラントは、片山レーシングでマシン製作とメンテネンスを担当。シャーシにマーチ812/エンジンにマツダ13B(ロータリーエンジン)を使用して、ノバエンジニアリングにて設計・製造されたオリジナルカウルを使用。シャーシのマーチ812は、ノバ製カウルに合わせての改造と補強をノバで実施。マシン名は、83年がKN83/84年がKN84。KNは、カタヤマ・ノバの頭文字から使用。なおノバは、ポルシェ956にて全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権へも参戦。84年にバーン・シュパン/片山のコンビで参戦して2年連続チャンピオンを取得した。
- 中谷明彦(1989年〜1992年)
- フォルカー・ヴァイドラー(1990年〜1992年)
- ハインツ=ハラルド・フレンツェン(1992年〜1993年)
- ペドロ・デ・ラ・ロサ (1996年〜1997年) - 1997年フォーミュラ・ニッポンチャンピオン
- ラルフ・ファーマン(1998年〜2000年)
- 加藤寛規(1999年、2003年)
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年11月10日 (火) 06:07 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【ノバエンジニアリング】変更履歴


