ノラ・グリーンウォルド
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| ノラ・グリーンウォルド | |
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| プロフィール | |
| リングネーム | モーリー・ホーリー マイティー・モーリー モーリー モナ ミス・マッドネス レディ・オフィーリア オフィーリア スターラ・サクストン ノラ・グリーンウォルド |
| 本名 | ノラ・グリーンウォルド |
| ニックネーム | 悪女 純潔の処女 スーパー・ヒロイン |
| 身長 | 163cm |
| 体重 | 64kg |
| 誕生日 | 1977年11月7日(32歳) |
| 出身地 | ミネソタ州フォレスト・レイク |
| スポーツ歴 | パワーリフティング |
| トレーナー | WCWパワープラント デイブ・フィンレー ティム・マホニー ディーン・マレンコ トレイシー・スマザーズ ジェフ・ブラッドリー |
| デビュー | 1997年8月2日 |
ノラ・グリーンウォルド(Nora Kristina Greenwald、1977年11月7日 - )は、アメリカ合衆国の女子プロレスラー。モーリー・ホーリーのリングネームで知られる。プロレス団体WCWやWWEなどで活躍した。ミネソタ州フォレスト・レイク出身。
過去のWWE女子レスラーの中でも、トップクラスのプロレスセンスを持った数少ない選手である。またWCW、WWE時代は選手をやる傍ら、女子レスラーのトレーナーもしており、トリー・ウィルソンやステイシー・キーブラー、トリッシュ・ストラタスなどのトップディーヴァも、ノラから指導を受けている。
目次 |
[編集] 来歴
14歳から18歳まではパワーリフティングに夢中になり、14歳で100ポンド(約45kg)の重量を挙げ、当時14歳でのミネソタ州レコード75ポンドを大きく上回っている。興味本位でプロレスをやり始め、1997年にフロリダ州タンパにあるマレンコ道場にて、ディーン・マレンコから教えを受ける。同年8月、プロレス団体WPWFにてスターラ・サクストンのリングネームでプロレスデビュー。その後、同団体で女子王座を獲得し、NDWという団体でも女子王座に君臨した。1998年に、WCW、WWE(当時WWF)にジョバーとしての役割であるが参戦している。
[編集] WCW
1999年からWCWのパワープラントでトレーニングし、ランディ・サベージが中心に発足した「チーム・マッドネス」の一員としてデビューする。ミス・マッドネスの名で、主にマネージャーとして活動。その後モナと名を変え、2000年4月7日の新日本プロレス東京ドーム大会に、グレート・ムタのマネージャーとして来日。天山広吉に見事なドロップキックを決めてみせた。2000年8月にWCWを解雇される。
[編集] WWF・WWE
WCW離脱後はWWE(当時WWF)へ移籍し、しばらく下部団体MCWでトレーニングをする。MCWではウィリアム・リーガルの夫人レディ・オフィーリアを名乗っていた。その後、ボブ・ホーリーとクラッシュ・ホーリーのいとこギミックとしてモーリー・ホーリーのリングネームでWWEデビュー。「ザ・ホーリー・カズンズ」を結成し、T&A(テスト&アルバート、トリッシュ)との抗争で活躍。WWFの露出の激しいセクシーなディーヴァ達の中で、一人健康体の元気な女の子キャラを演じてみせた。その後は、スパイク・ダッドリーとの恋愛ストーリーアングルなどを経て、ザ・ハリケーンと組み、正義のヒーローマイティ・モーリーとして活躍。この頃までは、髪もブロンドヘアーで露出の高い衣装だったため、男性にも人気があり人気ディーヴァの一人であった。
しかし、レッスルマニア18にて、ハードコア王者であった仲間のハリケーンを後ろからフライパンで殴り、なんと女子レスラーとしては初のWWE・ハードコア王座を獲得した。その後逃げ回っていたが、扉にぶつかり失神し、クリスチャンにあっさり奪われる。その後は“純潔の処女”というキャラで、シングルプレーヤーとしてヒールに転向する。今までのキャラとはまるで正反対のヒール役を見事に演じる。その甲斐あってか、今までそこまで評価されることのなかったプロレステクニックが顕著に現われ、より栄えるようになる。2002年にはトリッシュ・ストラタスを破りWWE女子王座に輝き、女子トップ選手に君臨。
2004年レッスルマニア20にて、ビクトリアとの髪切りマッチで敗北。女性の命とも言われる髪を剃られ、スキンヘッドになってしまう。しかし、この思い切った行為にWWEファンは心を打たれ、ヒールでありながら彼女のすばらしさを称える声が多くなる。その後、ゴムひもでとめたカツラを着用し、必ず試合中に取られるという屈辱を受けながらも、ヒールを全うする。
しかしその後、WWEはディーヴァサーチなどのコンテストを開き、徐々にその路線にモーリーは不快感を表すようになる。WWE幹部にベビーフェイスへの転向を進言するもあえなく却下され、2005年4月にWWEを退団することとなる。最後の試合ではレスリング面では素人のクリスティ・ヘミにダイヤモンド・カッターを浴びせられてフォールを奪われる(いわゆるジョバーの立場に回った)という何とも屈辱的な結果になった。
[編集] WWE退団後
現在はプロレス業からは離れ、スペイン大使館を通じ、グアテマラの貧困層の人達のために日々活動している。
2007年7月に、オレゴン州のBAWにてカズ・ハヤシの試合をレフェリーとして裁いたほか、21日には、HOWでもクリスティ・ヘミの試合のレフェリーを務めている。
[編集] 得意技
- モーリー・ゴー・ラウンド
- モーリーの必殺技。コーナートップから前方に1回転してヒップドロップを浴びせるフォール技である。
- スペース・ローリング・エルボー
- 武藤敬司の得意技であり、モーリーがグレート・ムタのマネージャーについたことから得意技としている。モーリーの場合、側転からバック転してエルボーするパターンもある。
- ダブルリスト・アームサルト
- 相手の両手首を持ってのノーザンライト・スープレックス。
- フジワラアームバー
[編集] タイトル
- WWE
- WWE女子王座 2回
- WWEハードコア王座(女子選手で初)
[編集] その他
[編集] 外部リンク
最終更新 2010年2月1日 (月) 14:44 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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