ノヴェンバー級原子力潜水艦

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Project627A(”ノヴェンバー”)級原子力潜水艦 К-42 ロストフスキー・コムソモーレツ

ノヴェンバー級原子力潜水艦(ノヴェンバーきゅうげんしりょくせんすいかん November class submarine、проект 627"Кит")はソヴィエト/ロシア海軍の最も古い型の攻撃型原子力潜水艦。ノヴェンバー級の名称はNATOのコードネームであり、ロシア側の名称はプロイェクト627“キト”(クジラ)である。

目次

[編集] 概要

ソヴィエト海軍にとって、原子力機関を導入した初めての潜水艦である。しかし、先に就航していたアメリカの原潜に対抗するために戦力化を急いだ事もあってか、竣工後も事故が多発し、お世辞にも優れた艦とはいえなかったが、「ソ連邦海軍初の原子力機関搭載潜水艦」として意義深い艦級であることに変わりはない。建造開始は1955年で、1958年に一番艦К-3(レニンスキー・コムソモル、Б-3)が就役した。ちなみに、かのセルゲイ・ゴルシコフ連邦海軍元帥の後任で、1985年からソ連邦崩壊後1993年まで海軍総司令官を勤め、1998年には来日したウラジーミル・チェルナヴィン元帥も、本型の艦長を経験している。

本型は、ソ連初の原子力潜水艦であり、同時期に建造されたホテル型弾道ミサイル原潜エコー型巡航ミサイル原潜と共に「ソ連(ロシア)第一世代原潜」に分類される。搭載する原子炉も、他の第一世代原潜と共通するものであり、先行して建造された原子力砕氷船「レーニン」に搭載されてテストが行われた。 アメリカの「原潜の父」ハイマン・リッコーヴァー提督も、就役目前のレーニンの艦内をつぶさに見学したが、あとで同船の原子炉を「非常にお粗末な代物」と評した。さらに、リッコーヴァー提督がレーニン乗船中に浴びた放射線量はアメリカの原子力艦艇に乗っている時よりも遥かに多かった事も判明し、ソ連の原子炉の安全性(特に放射線遮蔽)に疑問が持たれる事になった。この為、のちに「北方艦隊の原潜乗りは一目で分かる。何故なら、暗闇で光るからだ」とか「ソ連原潜乗員には、“子供が出来ない手当て”が支給されている」などといったブラックジョークが流行る事となった。

ソ連第一世代原潜の原子炉には、非常時の際のバックアップ装置(原子炉の一次冷却装置が作動しなくなった場合の緊急冷却装置)が無く、このため、一次冷却水漏れ事故が起こると、即座にメルトダウンに繋がる危険性が高かった(さすがに、第二世代以降は、大幅に改善され、安全性は高まったが)。原子炉の燃料棒に濃縮されたウラン235を含む酸化ウランを使用するのはアメリカと同様であるが、ソ連第一世代原子炉のウラン235の濃縮レベルは、アメリカの97.5パーセントに対し、30~60パーセント程度と低く、アメリカに大きく劣っていた。

本型の建造数は14隻で、全艦セヴェロドヴィンスク市第402造船所で建造され、北方艦隊に10隻、太平洋艦隊に4隻が配備された。

[編集] 派生型

本級の最終艦K-27は、645号計画にもとづき、試験的な溶融金属冷却式原子炉を搭載したため、計画番号に基づき645型または改ノヴェンバー級と称される。意欲的な実験計画ではあったものの、運用実績は通常の627型以上に芳しくなかった。特に冷却材の管理が著しく困難であった。

一般に、溶融金属冷却原子炉は、軽水を冷却材とする加圧水型原子炉のような高圧を必要としないことから設備の軽量化が可能であるほか、軽水を冷却材とするよりも高い熱効率を実現できること、冷却材の性質上ターボ・エレクトリック方式を採用することになるが、この方式が結果的に静粛性の向上になる(ギアード・タービン方式の減速ギアがなく、騒音源を削減できる)などの利点があるが、他方では、冷却材の凝固を防ぐために原子炉を運転し続けなくてはならず、停止状態でのメンテナンス(燃料交換含む)が不可能であること、冷却材の材質の管理が困難(劣化、凝固、酸化など)などの問題がある。ちなみにアメリカ海軍も、液体金属冷却式原子炉を搭載した原潜シーウルフを建造したが、こちらも運用実績は芳しくなく数年で見切りが付けられ、軽水炉に換装された。

だがソ連は、K-27の失敗にも拘らず、後に溶融金属冷却式原子炉を搭載した原潜の大量建造計画を立てた。これが第705/705K計画艦(アルファ型)である。705K型は実際に7隻が竣工され、うち6隻が前線運用される事になるが、上記の様な問題を克服するには至らなかった。こうしたことから、すでに確立した技術である軽水炉の経済性と運用性には抗しえず、溶融金属冷却原子炉搭載艦はそれ以後あらわれていない。

[編集] 事故

本型は事故も多かった。主なものは、以下の通りである。

  • 1960年10月13日:K-8はバレンツ海で原子炉の蒸気発生器が故障し、乗員13名が重度の被曝症となった。
  • 1965年2月:K-11がセヴェロドヴィンスクで原子炉の燃料棒を交換中に原子炉の電圧が制御不能となり、修理に当たった7名が重度の被曝症となった。
  • 1967年9月8日:K-3がノルウェー海で第1及び第2区画から出火し、乗員39名が死亡した。
  • 1968年5月24日:K-27(液体金属炉搭載の645計画艦)はセヴェロモルスク沖で重大な原子炉事故を起こし、原子炉燃料棒は摂氏1,000度にまで上昇、原子炉区画及び発令所の放射能レベルは1時間あたり2,000レントゲンに達した。乗員142名が被爆、うち6名は艦内で死亡、帰還後、更に4名が死亡、12名が重度の被曝症を負った。以後、本艦は放棄され、1981年9月6日、カーラ海に沈められた。
  • 1970年4月11日:K-8はスペイン沖で第3及び第8区画から出火し、沈没、乗員52名が死亡した。
  • 付記:本型の原子炉を先行搭載した砕氷船レーニンも原子炉事故を2度(1965年と1967年)起こして原子炉が破損したため、原子炉を撤去、1970年5月に新たな原子炉を搭載した。

[編集] 退役後

本型は1990年前後に全艦退役した。しかしながら、大半はスクラップにされることもなく港に係留されたままのこれらの艦は、環境問題となっている。原潜は、退役しても放置しておくわけには行かず、原子炉を抜き取って処理するまでは、常時電力を供給して冷却水循環ポンプを回してやる必要が有るが、近年のロシアの極度の財政難により、電気代を滞納して電力を止められるケースも有り、除籍原潜への電力供給がストップする可能性も有るため、環境保護団体・ベローナ財団は、ロシアの原子力艦船、特に原潜の動向には神経を尖らせている。

2003年、除籍艦K-159が係留地グレミハ(1980年代に建設され、フランスの衛星により初めて存在が確認された原潜基地。ソ連崩壊後は、退役原潜の係留場所として利用されている)から解体場所のセヴェロドヴィンスクまで曳航される途中に沈没するという事故が起こった。この一件により、海軍総司令官ウラジーミル・クロエドフ元帥は、当時の北方艦隊司令官ゲンナジー・スーチコフ大将を解任した。後に、この時のクロエドフ元帥の対応を、元海軍総司令官第一代理イーゴリー・カサトーノフ退役大将がこっぴどく批判し、その件を根に持ったのか、クロエドフ元帥は、翌2004年3月、イーゴリーの甥であるウラジミール・カサトーノフ大佐が艦長を勤める原子力巡洋艦「ピョートル・ヴェリキー」が、いつ核爆発を起こしてもおかしくない状態にある、などと発言し内外の物議を醸すという「珍事件」が起こった。

[編集] 諸元

Project627級 側面図
  • 全長:109.7m
  • 全幅:9.1m
  • 吃水:5.7m
  • 水上排水量:4,300t
  • 水中排水量:5,000t
  • 機関:加圧水型原子炉×2基/蒸気タービン×2基
  • 最高速力:水上15.5kt(22.2km/h)、水中30kt(59.2km/h)
  • 運用深度:220m
  • 乗員:100名
  • 兵装:406mm魚雷発射管×2、533mm魚雷発射管×8、魚雷×18(対潜・対艦魚雷、核魚雷)

[編集] 関連項目

最終更新 2009年10月3日 (土) 21:50 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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