ノースダコタ州

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ノースダコタ州
State of North Dakota
ノースダコタ州の旗 ノースダコタ州の印
(州旗) (州章)
州の愛称: 平和な庭の州
Peace Garden State
ノースダコタ州の位置
州都 ビスマーク
最大の都市 ファーゴ
州知事 ジョン・ホーヴェン
公用語 英語
面積
 - 総計
 - 陸地
 - 水域
全米第19位
183,112 km²
178,647 km²
4,465 km² (2.4%)
人口2003年
 - 総計
 - 人口密度
全米第48位
633,837
3.46人/km²
合衆国加入
 - 順番
 - 加入年月日

39番目
1889年11月2日
時間帯 UTC -6, -7
DST -5, -6
緯度 北緯45°55' - 49°
経度 西経96°33' - 104°03'
東西の幅 340 km
南北の長さ 545 km
標高
 -最高標高
 -平均標高
 -最低標高

1,069 m
580 m
229 m
略称 (ISO 3166-2:US) US-ND
ウェブサイト ノースダコタ州政府

ノースダコタ州 (North Dakota, ND) は、米国中北部グレートプレーンズ(大平原)にあるである。

州の北はカナダ国境に接し、東側はミネソタ州との州境にレッド川が流れている。西側はモンタナ州に、南側はサウスダコタ州に接している。

州都ビスマーク市。最大の都市ファーゴ市

ノースダコタの名前は、アメリカ・インディアンダコタ族(「仲間」の意味)に由来する。

目次

[編集] 歴史

詳細は「ノースダコタ州の歴史」を参照

1889年11月2日、39番目の州となった。同日、サウスダコタも40番目の州となった。


[編集] 地理

詳細は「ノースダコタ州の地理」を参照

ノースダコタ州の郡一覧」も参照

ノースダコタ州はカナダ連邦サスカチュワン州及びマニトバ州と北部、モンタナ州と西部、サウスダコタ州と南部、ミネソタ州Red River of the North及びBois de Sioux Riverを超えた東部と隣接している。ミズーリ川はノースダコタ州の西部を通って流れている。

国立公園局の管轄地域は以下が含まれる:

[編集] 人口動勢

人口推移
人口 変動率
1870年 2,405
1880年 36,909 1434.7%
1890年 190,983 417.4%
1900年 319,146 67.1%
1910年 577,056 80.8%
1920年 646,872 12.1%
1930年 680,845 5.3%
1940年 641,935 −5.7%
1950年 619,636 −3.5%
1960年 632,446 2.1%
1970年 617,761 −2.3%
1980年 652,717 5.7%
1990年 638,800 −2.1%
2000年 642,200 0.5%
2005年概算 636,677 −0.9%

アメリカ合衆国統計局によると、2005年現在、ノースダコタ州は前年より369人、または0.1%増加し、2000年より5,527人、または0.9%増加した、人口636,677人と概算された。これは10,283人 (出生40,890人、死亡30,607人) と前回の国勢調査からの自然増並びに州内への移住者14,881人の増加が含まれている。アメリカ合衆国外からの移住は3,687人増加する事となり、合衆国内部の移住者は18,568人増加する事になる。

ノースダコタ州は人口では全米50州の内48番目に位置し、ワイオミング州バーモント州に次いで人口の少ない州である。

[編集] 人種及び祖先

この州の人種的な構成は:

  • 91.7% 白人
  • 4.9% インディアン
  • 1.2% ヒスパニック
  • 0.6% アジア人
  • 0.6% 黒人
  • 1.2% 混血

ノースダコタ州内で5つの最大な祖先グループは:ドイツ系 (43.9%)、ノルウェー系 (30.1%)、アイルランド系 (7.7%)、インディアン (5%)、スウェーデン系 (5%)。

[編集] 外部への移住

ノースダコタ州は過去20年間に渡り、人口の減少を経験してきた。特に、州内に職があまりないために技術を持つ大学の卒業生が減少している。 州の指導者たちは、その問題にどうやって対処したらよいか分からなかった。健康と教育の専門家向けの奨学金免除制度が導入されて、ある程度成功したが、ある一定期間州内に住んでいるすべての学生を対象とした奨学金免除制度は、州民投票の結果否決された。 バイロン・ドーガンを含む連邦議会の議員の一部は、新しいホームステッド法を提案しており、減税や報酬により人口の減少地域へ住むことを奨励しようとしているが、これらのこともほとんど前進していない。

多くのノースダコタ州の政治家は、より良い経済発展政策が結局はこの問題を解決すると信じているが、何が本当にそのような結果につながるのかについては、意見が分かれている。

[編集] 宗教

[編集] 人口上位10都市

:en:List of cities in North Dakota」も参照

  1. ファーゴ/West Fargo - 人口9万599人(2000年)。ミネソタ州との州境に位置する。
  2. ビスマーク/Mandan - 人口5万5532人(2000年)。州の中央よりやや南より、ミズーリ川沿いに位置する。
  3. グランドフォークス - 人口4万9321人(2000年)。Fargoより北、ミネソタ州との州境に位置する。
  4. Minot
  5. Dickinson
  6. ジェームズタウン
  7. Williston
  8. Wahpeton
  9. Devils Lake
  10. Valley City

[編集] インディアン部族

同州周辺の、かつてのインディアン部族の勢力図。「アニシナアベ」はチッペワ族のこと。橙色は現在の保留地

北端のミズーリ下流域には、ルイス・クラーク探検隊が最初に出会ったとして記録に残したインディアン部族、マンダン族ヒダーツァ族、アリカラ族の集落がある。

マンダン族が夏至の頃に大自然の回復を祈って大精霊に捧げる「オーキーパの儀式」は、大平原地方のインディアン部族に広まった「太陽の踊り(サンダンス)」の始祖となった。

定住農耕を行っていた彼らはその後、交易の中心地として栄えたが、1837年に白人の持ち込んだ天然痘で壊滅した。定住生活のため、蔓延率が高かったのである。3部族は1851年の「ララミー砦の条約で「ベルトホールド砦保留地」に移住させられ、「ミズーリ三大提携部族」として再編成された。

マンダン、ヒダーツァ、アリカラ族の保留地の大半を沈めたギャリソン・ダム(サカカウェア湖)

この「ミズーリ三大提携部族」の保留地(Reservation) は、1951年に「ギャリソン・ダム」建設(1953年完成)のためにほぼ水没した。伝統の農地とともに経済基盤と自立の機会を奪われた彼らにとっては、部族カジノが唯一の経済基盤となっている。

1830年代のマンダン族の指導者マト・トペ(四匹の熊)は、画家カール・ボドマーが肖像画に残し、非常に有名である。ミズーリ川に架けられた保留地の連絡橋は「四匹の熊の橋」と代々名づけられ、2005年10月3日に最新の橋が付け替えられている。

「テトン・スー」と呼ばれたダコタ族は、敵対するチッペワ族から「小さな毒蛇(ナドウェズ・スー)」と呼ばれ、ここから「スー族」の名がついた。18世紀に馬を手に入れた彼らスー族は騎馬略奪民となり、この北部大平原で最も勢力を誇った部族となった。

現在、スー族とチッペワ族(オジブワ族)は、1960年代のインディアン権利回復要求運動の高まりの中で「アメリカインディアン運動(AIM)」を結成し、以来共闘する仲となっている。

ノースダコタ大学は、同校のフットボールチームの愛称を「戦うスー族」としている。この名に対し、ダコタ・スー族が「スー・インディアンを侮辱する人種差別だ」として半世紀にわたって名称変更の要求運動を続けている。しかし同校は現在もこれを「伝統的な名だ」として名称変更を拒絶しており、運動は南北ダコタ州に拡大している。

かつて彼らの他に、アラパホー族アシニボイン族シャイアン族がスー族と同盟し領土を共有していたが、1851年の「ララミー砦条約」ですべて他州の保留地に強制移住させられた。現在、以下の5部族が同州でアメリカ連邦政府から公式に認定され、保留地(Reservation)を領有している。

≪連邦政府が公認している保留地とインディアン部族≫

  • 「スタンディングロック・インディアン保留地」
「スタンディングロック・スー族部族会議」
「上ヤンクトネイ族」
「ハンクパパ族」
  • 「スピリット湖畔保留地」
「スピリットレイク・スー族部族会議(ムニ・ワカン・オヤテ)」
「デビルズレイク・スー族部族会議(ムニ・ワカン・オヤテ)」※スピリットレイク・スーから改名
「ワーペトン族」
「シセトン族」
「上ヤンクトネイ族」
  • 「ベルトホールド保留地」
ベルトホールド保留地三大提携部族
マンダン族
ヒダーツァ族
「アリカラ族」
  • 「亀の山のインディアン保留地」
「亀の山の部族会議」
チッペワ族・亀の山のバンド」

≪連邦政府が公認していない部族≫

  • チッペワ族・ノースダコタ部族リトルシェル・バンド」

[編集] インディアン・カジノ

「ギャリソン・ダム」によって農耕生活を破壊された「ミズーリ三大提携部族」は、1993年にインディアン・カジノの「四匹の熊のカジノ&ロッジ」を開設している。ダコタ・スー族もこれに続いた。貧困にあえぐインディアン保留地の多くでは、インディアン・カジノはほぼ唯一の産業となっている。

  • 「チッペワ族・亀の山のバンド」
「空のダンサーのホテル&カジノ」
「亀の山のビンゴ・空のダンサー」
「亀の山のミニ・カジノ」
  • 「スタンディングロック・スー族」
「平原の騎士のカジノ&リゾート」
  • 「シセトン・ワペトン・スー族」
「ダコタ魔法のカジノ&ホテル」
  • 「ミズーリ三大提携部族」
「四匹の熊のカジノ&ロッジ」
  • 「スピリットレイク・スー族」
「スピリット湖畔カジノ&リゾート」

[編集] 州法

現在、ノースダコタ州においては、死刑制度は廃止されている。

[編集] 経済

アメリカ合衆国商務省経済分析局は2005年のノースダコタ州の総州生産高が241億米ドルと概算した。2005年の一人当たりの収入は合衆国内で32番目に位置する、31,395米ドルであった。

ノースダコタ州は複数の作物の生産で国家的に首位に立っている。農業活動は雨量によって大きく左右される。コムギ(特に多様なパスタ用に使われるデュラム小麦:durum)、オオムギcanola大豆ヒマワリ、及び亜麻は州の至る所で見る事ができる。湿ったレッド川流域テンサイ、大豆及びcornが第一の作物として農場を占めている。の牧場は酪農牧場が東部方面に最も共通して見られるのに対して、乾燥した南西部に最も共通して見られる。蜂蜜はノースダコタ州の中央部で生産されている。少量のjuneberries およびブドウは品質のいい国内ワイナリー産業に支えられている。

ノースダコタ州に関連する少ない産業生産品は電力、食品加工、機械(ボブキャット・カンパニー 重設備を含む)、褐炭鉱業、及び観光業が含まれる。

ノースダコタ州は、アメリカ合衆国内で唯一の州有 (state-owned) 銀行であるノースダコタ銀行 (Bank of North Dakota) を所有している。法律によって、この銀行はすべての州及びノースダコタ州内のローカル自治体の出資によって維持されている。この銀行の貯金は連邦預金保険公社によって保証されていなが、ノースダコタ州自身による保証がされている。また、ノースダコタ州はアメリカ合衆国内で唯一州所有の製粉所 (North Dakota Mill and Elevator) を運用している。


[編集] 交通

[編集] 教育

[編集] 大学・短期大学

  • ノースダコタ大学
  • ノースダコタ州立大学
  • ジェームズタウン大学

[編集] プロのスポーツチーム

[編集] 外部リンク


pnb:نارتھ ڈیکوٹا

最終更新 2009年11月26日 (木) 11:08 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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