ノート:日蓮

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[編集] 「波木井の御影」について

 宗祖日蓮大聖人のお姿を最も正しく御写ししたのは、当宗総本山大石寺に所蔵するところの「鏡の御影」以外にないと自負するものである。

 なぜ「鏡の御影」といわれるかといえば、「鏡に映したごとく」との意である。

 本宗に伝わる古事として、日興上人は、点在する「御影」と称するものをすべて集め、「宗祖に似ていないものは御本仏の尊い姿を誤解せしめ、辱めることになる」として、似ていないものすべてに「不似」と書き加えたという。

 小生は勿体なくも「鏡の御影」ならびに当山御影堂に秘蔵する御影様の尊容に眼福を得たが、「波木井の御影」なる贋造物とは比較にもならぬ素晴らしいお姿であった。

 したがって、宗祖を尊敬するのであるのなら、そのような「似非御影」など掲載せぬように忠告するしだいである。220.209.163.182(2006年2月6日 (月) 14:03の版)

  • 似ているか似ていないかというのは主観の問題であって、事実とはなんら関係がない。百貨事典には事実を記載するべきであって、主観を押し付けるべきではない。「鏡の御影」は公開されているものではないから、一般人から見れば何の価値もない。歴史的に重要な「波木井の御影」を、浅はかな考えで消すべきではない。Tetralemma 2006年2月12日 (日) 14:03 (UTC)

似てもいないものを「これが日蓮上人です」などというのは人々に誤解を与えるに過ぎない。君は自分をより不細工に肖像画にされて嬉しいか?君の脳みそがおかしいに過ぎない 大石寺信徒(UTC)218.229.155.215 2006年2月17日 (金) 12:49(JST)履歴より転載--H.L.LEE 2006年2月19日 (日) 09:00 (UTC)


なお、似ているか似ていないかを定めたのは私や、より低俗な君ではない。「唯仏与仏」とされた日興上人である。迷妄もほどほどにして弁えよ。大石寺信徒(UTC)218.229.155.215

  • 君の行為は、日蓮正宗法華講の恥だな。いい加減に、己の醜い姿に気がつきたまえよ。ニセ本尊2006年2月17日 (土) 14:03 (UTC)偽署名--H.L.LEE 2006年2月19日 (日) 09:00 (UTC)

教義的な対立を持ち込まないでほしい。肖像が似ているかどうかは究極的には写真なんかないんだから、決定不能。日興の証言・判断は、同時代人として一定の判断の根拠になるが、信者の立場ではないwikipediaからすれば、あくまでも同時代人という程度にとどまる。波木井の御影が歴史的に肖像とされてきたのなら、それはそれとして記述されるべき。積極的に、こういう顔だったと断定的に記述しなければよい。実際に似ているかどうかわからないなんてことは、言われるまでもなく、見る人は誰でもわきまえていることでしょう。消さずに、似ていないという説もある、とか、日興は似ていないとした、とか付記するのが正しい。信者であるらしいテトラレンマさんはともかく、ウィキペディアとしてはそもそも、特定の宗教の権威など認めない、あくまでも外部の、世俗の視点にとどまるべきものなのだから、教義的な議論は意味をなさない。133.9.4.12 2006年2月17日 (金) 13:33 (UTC)

わたしは信者ではありません。教義的な対立ではなく日蓮正宗の恥部による一方的な嵐ですよ。Tetralemma 2006年2月17日 (金) 13:58 (UTC)

[編集] 大師号について

 日蓮正宗の当時御の法主上人は確かに立正大師宣下の法要に出席はしているが、合掌礼拝もせずにいる。それではなぜその様な場所にいたのかといえば、顕本法華宗の本多某が門下統一を提案していたため、小さな揉め事をきらい、全門下統一を念頭においてのお振る舞いであった。しかし、統一(合同などではない)は一向に進まず、講演会において「御本尊を定め、一本化せずして統一などできようはずもない」(趣意)と強く日蓮教団を折伏された結果、この話は進展を見ずに終焉を迎えたのである。その過程においておきた小さな問題と捉えているが、日蓮正宗の御法主は「宗祖は御本仏ゆえに大師号など不要」との御本意は不変である。
 門外の者、特に学会の退転者ごときには理解できようはずもないが、久遠元初の本仏の内証と、日蓮正宗法主の内証は等しく、三大秘法の住処なのである。その御法主の尊い内証を拝することなく、ただ事象の一々を自分の物差しに当てはめて詮索する貧しい心根では、成仏など到底適わないことを知るべきである。
--220.209.163.182 2006年2月6日 (月) 13:55(JST)未署名履歴より転載--大石寺信徒 2006年6月10日 (土) 02:12 (UTC)

>日蓮正宗および創価学会では、立正大師号を使用せずに日蓮大聖人と呼ぶ。

日蓮正宗の場合、当時の御法主上人が、国に立正大師号宣下を実施するよう訴え出ています。「あまり通常用いられていない」というだけであって、「立正大師号を使用せずに」の文言は不適切と考えます。また、「日蓮大菩薩」「立正大師」は当時の国主が与えた公的称号であります。「日蓮大聖人」は、日蓮正宗や創価学会等における内輪での尊称です。称号としての性格がそれぞれ異なります。Kane

現実には、日蓮正宗および創価学会では、まったく用いられていません。それどころか謗法と呼んで嫌われています。ここには日蓮を、単なる菩薩や国師という低いレベルでみるか、仏として尊敬するかという宗教上の姿勢の違いが現れています。Tetralemma 2005年1月2日 (日) 02:52 (UTC)

立正大師号が日蓮正宗において「謗法」と裁定された例を知りません。典拠があるなら挙げていただけますか?大師号宣下当時の法主を「謗法」呼ばわりする結果になってしまうので、そのような言い方は日蓮正宗では絶対にしないはずです(創価学会や顕正会は、宗門批判のためにそういう言い方もするでしょう)。日蓮正宗で大師号を用いないのは、大師号はあくまでも世法上の称号・国家が宗祖に対して使用するために決めた称号であって、宗内で僧俗が用いるための仏法上の称号(=大聖人)とは違う、という態度を取っているからではないでしょうか?「大師号は謗法」というのは、違うと思います。Kane

たしかに正宗の公式文書で謗法とはいわれていません。しかし正宗では、あまり用いられていないのではなく、まったく用いられていない、というのが実情です。Tetralemma 2005年8月5日 (金) 13:50 (UTC)

[編集] 本文から削除された記述

  • 御生骨

日蓮の遺骨は、身延山久遠寺にあるとされているが、日蓮正宗(大石寺)は、遺骨は大石寺にあると主張している。(いつのまにか本文から削除されていたのでここに加筆)Tetralemma 2005年8月4日 (木) 04:00 (UTC)

大石寺も明治時代には、遺骨は身延にあると認めていますが、今は認めていません。世間では、日蓮の遺骨ではなく日目の遺骨であるとウワサしています。大石寺信徒 2006年7月1日 (土) 01:15 (UTC)
  • 御歯骨

大石寺では、日蓮の遺骨の他に、歯を所有しており、日蓮の歯であると主張している。この歯を入手した経緯は不明で、大石寺にも記録が残っていないという。江戸時代のころ日蓮宗池上本門寺において日蓮の歯を特別に販売したという話も残っているため、あるいはそのころ手に入れたものである可能性もある。(いつのまにか本文から削除されていたのでここに加筆)Tetralemma 2005年8月4日 (木) 04:00 (UTC)

諸分派が一致する諸伝でないものを持ち込むと紛争の原因になりかねませんから、上記の大石寺関連の記述は、日蓮正宗大石寺で記述してはどうでしょうか。--Dalaibaatur 2005年8月13日 (土) 19:05 (UTC)
上記内容は、、日蓮正宗大石寺で記述済みです。大石寺信徒 2006年7月1日 (土) 01:15 (UTC)

[編集] 中立性に疑義のある記述

以下の記述は、特定の1派だけひいきしているようにみえるので、そうならないよう注意して修正してみました。--Dalaibaatur 2005年8月13日 (土) 19:00 (UTC)

  • (生涯)また同年9月12日、日興に唯受一人の法統を承継し、自身の後継者としたと伝えられる。
  • (遺文)なお、法華宗分派間の教義論争を歴史的背景として、後世、日昭・日朗の各派で偽書も造られた。

一連の中立性への疑義のある記述を戻し。 敬語や特定宗派の観点からの記述は百科事典にふさわしくない。つよく自制を求めたい。 日蓮の、あるいはその弟子のどの門派のどの説が、そもそも仏教がただしいかどうか、などというのは百科事典の踏み込む領域ではない。特定の宗派的な、宗教的信念や、その「信者」としての観点からの記述は自派のサイトででもやるべき。宗教的な真理や信念にもとづく記述、あるいはそうした信念にもとづく敬語は、非信者にも一般的に浸透している程度のものでなければ、あきらかに異常である。他派や、たとえばキリスト教徒にも同意できるような記述をすること。

宗派的な敬語や尊称を是正。あと、どうも最近の記述は日蓮正宗の立場のもののようなのですが、他派の立場に対して、とくに継承の正当性の主張にたいして中立的な記述をどなたか知識のある方お願いします。133.9.4.12 2006年2月3日 (金) 06:46 (UTC)

  • 「出世の本懐である「本門戒壇の大御本尊」を図顕」も、日蓮正宗のみの主張であり、日蓮宗他派からは一切認められている訳ではない。大石寺信徒 2006年6月10日 (土) 02:15 (UTC)

[編集] 生誕年について

貞応元年とされていますが,月日からすると承久4年になるのではないでしょうか。—以上の署名の無いコメントは、203.180.44.196(会話/Whois)さんが 2007年10月30日 (火) 02:01(UTC) に投稿したものです。 また、没年月日のユリウス暦は11月14日になるはずです。

慶応以前は元年と末年の元号はどちらを用いても構いません。皇室典範で、つまり明治以降、日付で元号が替わると規定されました。
ちなみに現在は「元号法は、その使用を国民に義務付けるものではない」という政府答弁があるので基本的に自由です。
あとユリウス歴では確かに11月14日ですが、現在はグレゴリオ暦なので11月21日になります。--ジーグ 2009年5月13日 (水) 03:27 (UTC)

[編集] 「日蓮大聖人」という尊称と、仏界常住について

「大聖人」と「仏界常住」は後世の特定宗派の教義ではなく 日蓮大聖人御自身が定められていることで、以下に根拠を掲示します。

  • 玄の一 十四 に云はく「(乃至)一には声聞の聖人、二には縁覚の聖人、三には菩薩の聖人、四には仏果の聖人。

前の三人の聖人は分証の聖人、後の一は極果の聖人なり」と。 籤の一 本四十四 に云はく「前の両意は迹門に約し、後の一意は本門に約す」と。『三種教相事』

聖人にも声聞・縁覚・菩薩・仏の区別があると日蓮大聖人は仰せられて 三乗の聖人は迹門、仏果の聖人が本門としています。

  • 日蓮聖人の御弟子三位公『頼基陳状』
  • 日蓮が己心の仏果を此の文に依って顕はすなり。『義浄房御書』
  • 日蓮大聖人 日興上人『教化弘経七箇口決大事』

日蓮大聖人は、御自身が、仏果の大聖人にあたると仰せられていることが伺えます。 また、御在世の時は、信徒は「聖人」と尊称していたと伝わります。—以上の署名の無いコメントは、Leo masaaki会話履歴)さんが 2008年2月12日 (火) 02:20(UTC) に投稿したものです。


それは日蓮の「自称」にすぎません。日蓮を崇拝する宗派の人たちが、それを「真実」と信じて疑わないのは分かりますが、他宗派の人や無宗派の人には通用しません。はたして、一般的な百科事典にそういう記述が見られるのでしょうか? ただ、文献を明示したうえで、本人がそのように自称したと書く分には問題ないと思いますが。書き出し部分は客観的事実や一般的な認識を簡潔に述べるだけにとどめておいて、「生涯」の部分で、そう自称した旨、記述すべきと思います。Isebito 2008年2月12日 (火) 03:15 (UTC)

Isebitoさんに同意。法華経の記述内容も同様。既にノート:法華経で麓さんからも指摘されている通り。一般社会全般及び仏教界全般(また日蓮門下の間でも差異があり)でも、認知・同意されていない尊称や記述内容は百科事典として相応しくありません。--Boca samba 2008年2月12日 (火) 03:29 (UTC)

一般の人が知らないことを詳細に載せることに百科事典の意義があると思いますがいかがでしょうか。 認知されていないことを載せてはいけないとなりますとwikipediaの存在意義はなくなります。--日示 2008年2月12日 (火) 03:31 (UTC)

「一般の人が知らないことを詳細に載せることに百科事典の意義がある」、これは部分的には同意します。しかし貴殿の記述はそれを逸脱しており、特定の宗派上の立場からの記述・主張でしかなく他の日蓮門下や仏教界全般、社会一般で認められた内容ではありません。wikipediaの存在価値はどこにも偏らない中立性の記述が求められます。--Boca samba 2008年2月12日 (火) 03:39 (UTC)

では、どこが認められないのかを、ここで根拠を示して議論すべきではないでしょうか。--日示 2008年2月12日 (火) 03:45 (UTC)

図書館にある百科事典をみれば一目瞭然でしょう。そんな記述はどこにも見られない。仏教の専門家は誰もそんなことを真実だと認めていない証拠です。極端な話になりますが、日蓮が仏界に住んでいるのを見て、撮影した人はいるのですか?もう、バカバカしいですよ。日蓮は日蓮正宗だけの宗祖ではありませんし、彼の教説の解釈権も日蓮正宗だけに存するのではありません。Leo masaakiさんにとってのwikipediaの存在意義とは、日蓮正宗の教義を喧伝する場としか見えないのです。Isebito 2008年2月12日 (火) 04:00 (UTC)

失礼、仏教のすべて仏教研究者ではありません。「日蓮を無条件に崇拝する仏教の研究者を除いて」です。Isebito 2008年2月12日 (火) 04:02 (UTC)

上記に御書を掲示しましたが、「仏教の専門家」は、これらをどういった根拠で認めないのでしょうか。 単に、知らなかっただけではありませんか。--日示 2008年2月12日 (火) 04:08 (UTC)

少なくとも日蓮の研究者は知っているはずです。どういった根拠で認めないのか、本当にわからないのですか? 実際に目視した人がいて、証拠写真を提示すれば認めると思いますよ。それと、繰り返しになりますが、日蓮が書いた文献があるからといって、それがそのまま真実とは言えません。史料批判は歴史研究の基本中の基本です。Isebito 2008年2月12日 (火) 04:13 (UTC)

なぜ、真実とは言えないのか、ここで根拠を示すべきではありませんか。--日示 2008年2月12日 (火) 04:22 (UTC)

だったら、真実だと言える証拠は? 少なくとも世界におよそ60億いる人類で、日蓮の教義を真実だと考えている人は、わずかしかいないということは真実です。そうである以上、wikipedia上で書くべきことではないのですよ。こう書くと、「真実を分かっていない人が多すぎる」とおっしゃるかもしれませんが、布教活動は別の場所でやってください。お願いします。Isebito 2008年2月12日 (火) 04:27 (UTC)

日蓮大聖人がこう仰せられている、ということは客観的真実ですが、 教義を信じるか信じないか、とする議論はまた別次元ではありませんか。 日蓮大聖人の仰せられていることまで削除すると「日蓮」の項目に成りえませんがいかがでしょうか。--日示 2008年2月12日 (火) 04:31 (UTC)

だから、日蓮が書いたという文献を挙げることは否定しません。最初の方で「日蓮がそう自称したと書いては?」と提案したじゃないですか。よく、読んでください。Isebito 2008年2月12日 (火) 04:38 (UTC)

本文には「宗祖としての日蓮大聖人は」としています。よく、読んでください。--日示 2008年2月12日 (火) 04:39 (UTC)

「日蓮大聖人」というのは日蓮正宗系が好む表現じゃなかったですか?それに宗祖だろうとなかろうと、不特定多数の人が利用する百科事典にそのような尊称は必要ありません。そう書くのであれば、「日蓮は~と自称している」と書くべきです。勝手に日蓮の宗派を「日蓮正宗」とするのは止めてください。他の門流の人は認めませんよ。Isebito 2008年2月12日 (火) 04:59 (UTC)

他の門流の人は、日蓮大聖人の仰せられることを仰がないということでしょうか。--日示 2008年2月12日 (火) 05:05 (UTC) 日蓮大聖人は、宗祖としての面があるということは、不特定多数の人も認めている、客観的事実ではないでしょうか。 --日示 2008年2月12日 (火) 05:07 (UTC)

何度も申し上げている通り、どこの門流がどうであるという問題ではありません。ウイキペディアでは不党不偏の記述だけが求められます。したがって一般社会の通念上認められてない尊称などを記述するのは貴殿の恣意的な編集でしかありません。--Boca samba 2008年2月12日 (火) 05:14 (UTC)

一般社会の通念とはどのようなものでしょうか。日蓮大聖人がご自身を日蓮大聖人と号したことは、客観的事実として一般社会の通念上十分受け入れられるものだと思いますが、いかがでしょうか。--日示 2008年2月12日 (火) 05:18 (UTC)

一般社会の通念とは世間法における総意です。宗祖がたとえそのように号したとしても、一般社会の総意にはなっていません。もし貴殿の理論で言えば「我は六欲天の魔王なり」と称した織田信長もそのように改めないといけなくなります。それと同じ屁理屈になりますが、いかがですか。--Boca samba 2008年2月12日 (火) 05:40 (UTC)

本人がそう言うのでしたら、追記するべきではないでしょうか。 真偽の判断は読者に任せるべきで、著者の主観は入らないことで、 はじめて中立性のある記事が保てると考えますが、いかがでしょうか。--日示 2008年2月12日 (火) 05:52 (UTC)

貴殿の理屈を押し通すならば、この日蓮の記事自体を改名移動しなくてはなりません。でもそこまではされておられない。それはなぜでしょうか?--Boca samba 2008年2月12日 (火) 06:07 (UTC)

良い提案をありがとうございます。--日示 2008年2月12日 (火) 06:23 (UTC)

勘違いなさらないで下さい。私は提案した訳ではなく、貴殿の詭弁を問うているのです。貴殿はやってはいけない間違いをとうとう犯されました。私が述べられるのはここまでです。--Boca samba 2008年2月12日 (火) 06:26 (UTC)

当方一個人への批判は堪忍しますが、上記の資料に対する明瞭な反論が無いので、ページ移動させていただきました。--日示 2008年2月18日 (月) 07:38 (UTC)

合意の得られていない移動が再度行なわれたため、差し戻しの上、移動保護をかけました。合意がえられたならば解除します。--Ks aka 98 2008年2月18日 (月) 08:03 (UTC)

一般に、日蓮大聖人の御生涯は、佐渡以前と佐渡以後にわかれおり、佐渡以後は、風呂や神社参りのついでに参詣してきたものを、にがにがしくも追い返しています。「大聖人」と書くことが、本質を顕していると考えます。合意をよろしくお願いします。--日示 2008年2月18日 (月) 08:22 (UTC)

まずは「大聖人」というのが尊称(自称の?)であり名前の一部ではないというのは共通認識だと思いますが・・・--Aki4 2008年8月15日 (金) 13:59 (UTC)

[編集] 六老僧を後継者に定める という記述についての疑問

六老僧は、「だれかれは宗祖の直弟子である」と信徒にむやみに名乗らせないように 配置させられたと日興上人は言われていますが、後継者とはどこにも定められていません。--日示 2008年2月18日 (月) 06:33 (UTC)

日興筆の御遷化記録に「本弟子六人 不次第」とありますね。普通、「弟子」師匠の「後継者」です。本弟子とあれば尚更です。
まして「不次第」とある以上六人のうち特定の誰かだけ特別というのは理屈に合いませんね。--ジーグ 2009年5月13日 (水) 03:36 (UTC)

最終更新 2009年5月13日 (水) 03:36 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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