ノーヒットノーラン

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ノーヒットノーランとは、野球ソフトボール試合における記録のひとつで、投手が相手チームに安打得点を与えず完封勝利すること。

目次

[編集] 概説

野球、ソフトボールの試合において、投手が相手チームに一安打も許さずに完封勝利したことを言う。「ノーヒットノーラン」は和製英語で、「ノー」は「無」、「ヒット」は「安打」、「ラン」は「得点」を意味し、日本語では無安打無得点試合(むあんだむとくてんじあい)と言う。但し、no-hits no-runsと言えば、アメリカでも通じ、ここから、no-noという表現が生まれている。「ノーラン」の「ラン」はランナーのラン、もしくはホームランのランと勘違いされやすい。

安打はおろか一人のランナーすらも出させずに完封勝利を挙げた場合は完全試合(パーフェクトゲーム)となる。したがって、単に「ノーヒットノーラン」という場合は四球死球失策などによる何らかの出塁を許したことを含意する。

日米ともに、完全試合の回数を含めてカウントされる。なお、コールドゲーム、あるいは延長戦引き分け試合でノーヒットノーランを達成した場合、参考記録として扱われる。また日本においては継投(複数の投手が登板してその記録を継続する)による場合も公式な記録とは見なされない。この記録を達成した投手のことを「ノーヒッター」と呼ぶことがある。

英語では「no-hitter」という言い方が一般的だが、これはno-hit gameのことを指すため正確には日本と意味が異なる。狭義では日本で言うノーヒットノーランと同義であるが、広義では継投によるもの、また四死球ボーク失策犠打犠牲フライ野手選択打撃妨害捕手の後逸暴投などで得点を許したが相手を無安打に抑えた試合も含む。この際にはチームの勝敗も問わない(ただし9回以上を無安打に抑えた場合に限る)。

[編集] アメリカメジャーリーグ

アメリカメジャーリーグでは完全試合17回を含んで234回達成されている。上記の通り、この中には相手チームを無安打に抑えたが得点を許した例、継投による達成例(全9例)も含まれる。

達成者の詳細についてはノーヒットノーラン達成者一覧#アメリカメジャーリーグを参照。

[編集] 無安打試合にまつわる記録

最初の無安打試合
メジャーリーグ最初の無安打試合は、1876年7月15日セントルイス・ブラウンストッキングスジョージ・ブラッドリーが達成。
アメリカンリーグ初の無安打試合は、1902年9月20日に、シカゴ・ホワイトソックスのニクシー・キャラハンが達成した。
達成回数・連続達成記録
達成回数の最も多いのはノーラン・ライアンの計7回。3回以上の達成者は2009年現在で5人。
(ノーラン・ライアン、サンディ・コーファックス、サイ・ヤング、ボブ・フェラー、ラリー・コーコラン)
サンディ・コーファックスは、4年連続達成の記録を持つ。
ノーラン・ライアンは3年連続で達成している。そのうち最初の年度は2回達成。
ジョニー・ヴァンダー・ミーアは、1938年6月11日6月15日、先発2試合連続のノーヒットノーランを達成した。メジャーリーグでは唯一の例である。
両リーグでの達成
ナリーグアリーグそれぞれで達成した投手は過去5人(サイ・ヤングジム・バニングノーラン・ライアン野茂英雄ランディ・ジョンソン)。野茂は1996年(ドジャーズ)と2001年(レッドソックス)に記録している。
6投手の継投による達成
2003年6月11日(現地時間)のインターリーグの試合で、ヒューストン・アストロズロイ・オズワルト-ピーター・マンロー-カーク・サールース-ブラッド・リッジオクタビオ・ドーテルビリー・ワグナーの6投手を継投してニューヨーク・ヤンキースをノーヒットノーランに抑えた。
解釈変更による完全試合→継投ノーヒットノーランへの変更
有名な試合として、1917年6月23日に、当時ボストン・レッドソックスの投手だったベーブ・ルースが、対ワシントン・セネターズ 戦に先発した試合がある。この試合、ルースは先頭打者を四球で歩かせた後、審判と口論になって捕手ともども退場させられてしまう。急遽登板したアーニー・ショア投手は、ルースが出したランナーが盗塁を失敗した後、9回まで一人のランナーも出さずに投げ抜いてしまった。公式記録上はルース-ショアの継投によるノーヒットノーランである(1991年の記録見直しまではショアによる完全試合という扱いであった)。
無安打試合を達成しながら敗北
  • 1964年4月23日:ヒューストン・コルト45's(現アストロズ)0-1 シンシナティ・レッズ。ヒューストンのケン・ジョンソン投手が無安打試合を達成も敗戦。
  • 1967年4月30日:ボルティモア・オリオールズ 1-2 デトロイト・タイガース。ボルティモアはスティーブ・バーバー-ステュ・ミラーの継投で無安打試合を達成。
このほか、1990年7月1日、ニューヨーク・ヤンキースのアンディ・ホーキンスがシカゴ・ホワイトソックスを8回無安打に抑えながら、0-4で敗戦した試合がある。ホームのホワイトソックスが勝利し9回裏がない試合だったため、公式の無安打試合となっていない。なおこの試合のホワイトソックスの4得点は、無安打チームが挙げた得点としてはメジャーリーグ最多である。

[編集] 日本野球

[編集] プロ野球

日本プロ野球では完全試合15人を含む73人が計84回達成している。

達成者の詳細についてはノーヒットノーラン達成者一覧#日本プロ野球を参照。

また継投によるノーヒットノーランも完全試合1試合を含む4回達成されている(ただしこれは参考記録扱いで、達成人数には含めない)。

達成日 投手 所属 スコア 対戦相手 球場 備考
1941年6月22日 中河美芳
石原繁三
黒鷲 2-0 名古屋 後楽園  
1941年8月2日 江田孝
森弘太郎
阪急 2-0 名古屋 西宮  
2006年4月15日 八木智哉
武田久
MICHEAL
日本ハム 1-0 ソフトバンク ヤフードーム 延長12回
2007年11月1日 山井大介
岩瀬仁紀
中日 1-0 日本ハム ナゴヤドーム 日本シリーズ第5戦
完全試合、シリーズ優勝決定

投手に投球回数の制限があり必ず継投になるオールスターゲームでも1回達成されている。

達成日 投手 所属 スコア 対戦相手 球場 備考
1971年7月17日 江夏豊(阪神)
渡辺秀武(巨人)
高橋一三(巨人)
水谷寿伸(中日)
小谷正勝(大洋)
全セ 5-0 全パ 西宮 第1戦
江夏が9連続奪三振

二軍のイースタン・リーグウエスタン・リーグでも複数回達成されているが、このうち1試合だけ「両チーム無安打試合」が記録されている。これは日本プロ野球では唯一のケースである(2009年末現在)。

達成日 投手 所属 スコア 対戦相手 球場 備考
1994年4月24日 山部太 ヤクルト 1-0 西武 大宮市営

西武先発竹下潤も無安打で完投
(失点1は、失策による走者を犠打で生還させたもの)

[編集] 参考

9回を無安打無失点に抑えながら延長で初安打を許した例
達成日 投手 所属 スコア 対戦相手 球場 備考
1940年7月9日 福士勇 ライオン 1-1 名古屋金鯱 後楽園 11回2死佐々木常助に初安打
1943年10月1日 真田重蔵 朝日 3-0 南海 西宮 10回2死初安打
1949年10月1日 杉下茂
服部受弘
中日 0-1 東急 中日 10回無死大下弘に本塁打
1954年8月19日 宅和本司 南海 0-1 毎日 大阪 10回2死呉昌征に初安打
1955年5月24日 荒巻淳 毎日 0-4 大映 後楽園 11回1死増田卓に初安打
1958年5月18日 布施勝巳 東映 0-1 南海 大阪 10回無死広瀬叔功に初安打
1958年10月9日 児玉泰 中日 1-1 広島 中日 11回2死拝藤宣雄に初安打
1967年4月25日 坂井勝二 東京 0-2 東映 東京球場 10回無死種茂雅之に三塁打
1990年5月9日 渡辺久信 西武 2-0 日本ハム 東京ドーム 11回1死小川浩一に初安打
2005年8月27日 西口文也 西武 1-0 楽天 西武ドーム 10回無死沖原佳典に初安打
9回終了までパーフェクト
相手チームを無安打に抑えながら四球・失策・盗塁・犠打・進塁打で得点を許した例
達成日 投手 所属 スコア 対戦相手 球場 備考
1939年5月6日 宮口美吉
平野正太郎
南海 1-2 阪急 甲子園 日本プロ野球史上唯一の被安打0敗戦
1939年8月3日 亀田忠 イーグルス 2-1 名古屋金鯱 西宮  
1959年5月21日 村山実 阪神 3-2 巨人 甲子園  
1964年5月13日 牧野伸
山本重政
近鉄 3-1 南海 日生  

[編集] 社会人野球

[編集] 都市対抗野球

都市対抗野球大会では、これまでに完全試合1人を含む3人が達成している。

開催年 大会 投手 チーム 試合 スコア 相手 備考
1940年 第14回 市田夏生 大阪市・中山製鋼 1回戦 2-0 京都市・京都協会
1954年 第25回 岡本教平 川崎市・トキコ 2回戦 1-0 高砂町・鐘淵化学
1957年 第28回 村上峻介 二瀬町・日鉄二瀬 1回戦 1-0 高砂市・鐘淵化学 完全試合

なお、1971年の第42回大会で、大阪市・電電近畿が大阪市・日本生命戦で、無安打勝利をしている。スコアは1-0だった。

[編集] 大学野球

[編集] 全日本大学野球選手権

全日本大学野球選手権大会ではこれまでに完全試合4人を含む5人が達成している。

開催年 大会 投手 大学 試合 スコア 相手校 備考
1965年 第14回 芝池博明 専修大学東都 準決勝 6-0 東海大学首都 完全試合
1969年 第18回 久保田美郎 関西大学関西 1回戦 5-0 千葉商科大学千葉 完全試合
1976年 第25回 森繁和 駒澤大学(東都) 1回戦 2-0 近大工学部(広島六 完全試合
1988年 第37回 葛西稔 法政大学東京六 1回戦 4-0 近大工学部(広島六)  
2004年 第53回 一場靖弘 明治大学(東京六) 2回戦 2-0 広島経済大学(広島六) 完全試合

[編集] 東京六大学野球

東京六大学野球では完全試合2人を含む20人で計21回達成している。加盟大学のうち、早稲田大学のみに達成者がいない。

シーズン 投手 大学 スコア 相手校 備考
1925年 湯浅禎夫 明治大学 9-0 立教大学  
1925年秋 湯浅禎夫 明治大学 1-0 東京帝国大学  
1926年 安田義信 明治大学 7-0 法政大学  
1927年春 東武雄 東京帝国大学 1-0 立教大学  
1928年秋 中村峰雄 明治大学 2-0 法政大学  
1929年 鬼塚格三郎 明治大学 7-0 法政大学  
1941年 高塚誠治 慶應義塾大学 5-0 東京帝国大学  
1942年 藤本英雄 明治大学 3-0 立教大学  
1948年 平古場昭二 慶應義塾大学 6-0 東京大学  
1949年 加藤雄司 慶應義塾大学 6-0 法政大学  
1954年 藤田元司 慶應義塾大学 7-0 東京大学  
1955年春 東実 立教大学 6-0 東京大学  
1957年秋 杉浦忠 立教大学 8-0 早稲田大学  
1964年 渡辺泰輔 慶應義塾大学 1-0 立教大学 完全試合
1966年 星野仙一 明治大学 5-0 立教大学  
1970年春 横山忠夫 立教大学 10-0 東京大学  
1989年 若松幸司 慶應義塾大学 14-0 東京大学  
1998年秋 福山龍太郎 法政大学 7-0 立教大学  
1999年秋 木塚敦志 明治大学 11-0 東京大学  
2000年 上重聡 立教大学 7-0 東京大学 完全試合
2004年春 日野泰彰 立教大学 7-0 早稲田大学  

また継投によるノーヒットノーランも2回達成されている(ただしこれは参考記録扱いで、達成人数には含めない)。

シーズン 投手 大学 スコア 相手校
1951年春 井上安男
畑間正夫
明治大学 8-0 東京大学
1970年春 工藤真
長谷部優
慶應義塾大学 3-0 東京大学

※1942年までの大学は全て旧制。

[編集] 東都大学野球

東都大学野球1部では、完全試合2人を含む10人で計10回達成している。また、2部において完全試合を2人2回、3部において完全試合を2人2回、1部と2部の入れ替え戦において2人が2回、2部と3部の入れ替え戦において1人が1回達成している。

シーズン 投手 大学 リーグ 相手校 備考
1941年 一言多十 専修大学 1部 國學院大學  
1941年 石原秀夫 中央大学 1部 東京農業大学  
1953年 河内忠吾 日本大学 1部 駒澤大学 完全試合
1954年 島津四郎 日本大学 1部 東京農業大学  
1954年不明 伊藤芳明 中央大学 1部 東京農業大学  
1955年 島津四郎 日本大学 1部 駒澤大学 完全試合
1955年 林茂 青山学院大学 3部 不明 完全試合
1957年 高林康治 日本大学 1部 駒澤大学  
1958年 若生照元 中央大学 1部 東京農業大学  
1961年 大石泰章 亜細亜大学 3部 不明 完全試合
1965年 渡辺一雄 東京農業大学 2部 不明 完全試合
1979年 香坂英典 中央大学 1部 東洋大学  
1990年 和田孝志 東洋大学 1部 亜細亜大学  
1994年 綱島好太 大正大学 2部3部入れ替え戦 拓殖大学  
1996年 倉則彦 東洋大学 1部2部入れ替え戦 国士舘大学  
2002年 梅津智弘 國學院大學 2部 拓殖大学 完全試合
2004年 山木正博 亜細亜大学 1部 東洋大学  
2008年 渡辺洋平 中央大学 1部2部入れ替え戦 駒澤大学  

また継投によるノーヒットノーランも1部で2回達成されている(ただしこれは参考記録扱いで、達成人数には含めない)。

シーズン 投手 大学 リーグ 相手校
1947年 田宮謙次郎
児玉光彦
日本大学 1部 中央大学
1955年秋 宮本進
草刈廣
学習院大学 1部 日本大学

※1942年までの大学は全て旧制。

[編集] 高校野球全国大会

[編集] 選抜高等学校野球大会

選抜高等学校野球大会(センバツ・春の甲子園)では完全試合2人を含む12人が達成している。

開催年 大会 投手 学校 試合 スコア 相手校 備考
1931年 第8回 灰山元治 広島商広島 2回戦 4-0 坂出商香川  
1933年 第10回 河合信雄 一宮中愛知 1回戦 3-0 松山商愛媛  
1933年 第10回 森田俊男 海草中和歌山 1回戦 3-0 桐生中群馬  
1938年 第15回 野口二郎 中京商(愛知) 準々決勝 4-0 海草中(和歌山)  
1951年 第23回 野武貞次 鳴尾兵庫 1回戦 5-0 静岡城内静岡  
1955年 第27回 今泉喜一郎 桐生(群馬) 準々決勝 12-0 明星大阪  
1967年 第39回 野上俊夫 市立和歌山商(和歌山) 2回戦 5-0 三重三重  
1976年 第48回 戸田秀明 鉾田一茨城 1回戦 1-0 糸魚川商工新潟  
1978年 第50回 松本稔 前橋(群馬) 1回戦 1-0 比叡山滋賀 完全試合
1991年 第63回 和田友貴彦 大阪桐蔭(大阪) 1回戦 10-0 仙台育英宮城  
1994年 第66回 中野真博 金沢石川 1回戦 3-0 江の川島根 完全試合
2004年 第76回 ダルビッシュ有 東北(宮城) 1回戦 2-0 熊本工熊本  

また継投によるノーヒットノーランも1回達成されている(ただしこれは参考記録扱いで、達成人数には含めない)。

開催年 大会 投手 学校 試合 スコア 相手校
1955年 第27回 谷本隆路
広島尚保
浪華商(大阪) 1回戦 6-0 立教東京

※1938年までの学校は全て旧制。

[編集] 全国高等学校野球選手権大会

全国高等学校野球選手権大会(夏の甲子園)では22人で計23回達成している。完全試合は達成されていない。

開催年 大会 投手 学校 試合 スコア 相手校 備考
1916年 第2回 松本終吉 市岡中(大阪) 準々決勝 8-0 一関中岩手  
1927年 第13回 八十川胖 広陵中(広島) 2回戦 8-0 敦賀商福井  
1928年 第14回 伊藤次郎 平安中京都 準決勝 6-0 北海中北海道  
1932年 第18回 楠本保 明石中(兵庫) 1回戦 4-0 北海中(北海道)  
1932年 第18回 水澤清 長野商長野 2回戦 6-0 遠野中(岩手)  
1932年 第18回 岡本敏夫 熊本工(熊本) 準々決勝 3-0 石川師範(石川)  
1933年 第19回 吉田正男 中京商(愛知) 1回戦 11-0 善隣商(朝鮮  
1934年 第20回 長谷川治 海南中(和歌山) 2回戦 5-0 神戸一中(兵庫)  
1936年 第22回 小林悟桜 和歌山商(和歌山) 2回戦 10-0 福井商(福井)  
1938年 第24回 浦野隆夫 大分商大分 1回戦 4-0 台北一中台湾  
1939年 第25回 嶋清一 海草中(和歌山) 準決勝 8-0 島田商(静岡)  
1939年 第25回 嶋清一 海草中(和歌山) 決勝 5-0 下関商山口 史上唯一の2試合連続・決勝初
1951年 第33回 服部茂次 熊谷埼玉 準決勝 4-0 和歌山商(和歌山)  
1957年 第39回 清沢忠彦 岐阜商岐阜 1回戦 7-0 津島商工(愛知)  
1957年 第39回 王貞治 早稲田実(東京) 2回戦 1-0 寝屋川高(大阪) 延長11回(史上唯一の延長戦での達成)
1958年 第40回 森光正吉 高知商高知 2回戦 5-0 松阪商(三重)  
1969年 第51回 降旗英行 松商学園(長野) 1回戦 14-0 三笠(北海)  
1973年 第55回 有田二三男 北陽(大阪) 3回戦 1-0 高鍋宮崎  
1981年 第63回 工藤公康 名古屋電気(愛知) 2回戦 4-0 長崎西長崎  
1982年 第64回 新谷博 佐賀商佐賀 1回戦 7-0 木造青森 あと1人で完全試合
1987年 第69回 芝草宇宙 帝京(東京) 2回戦 3-0 東北(宮城)  
1998年 第80回 杉内俊哉 鹿児島実鹿児島 1回戦 4-0 八戸工大一(青森)  
1998年 第80回 松坂大輔 横浜神奈川 決勝 3-0 京都成章(京都) 59年ぶりの決勝での快挙

また継投によるノーヒットノーランも1回達成されている(ただしこれは参考記録扱いで、達成人数には含めない)。

開催年 大会 投手 学校 試合 スコア 相手校
1933年 第19回 楠本保
中田武雄
明石中(兵庫) 2回戦 10-0 水戸商(茨城)

※1939年までの学校は全て旧制中学。

[編集] 関連項目

最終更新 2009年11月8日 (日) 14:20 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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