ハマド・ビン・ハリーファ・アール=サーニー
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| ハマド・ビン・ハリーファ・アール=サーニー الشيخ حمد بن خليفة آلثاني |
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|---|---|
| カタールの首長(en) | |
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| 在位 | 1995年6月27日 – 現在 |
| 出生 | 1952年 ドーハ |
| 推定後継者 | シェイク・タミーム・ビン・ハマド・ビン・ハリーファ・アール=サーニー(en) |
| 配偶者 | シェイハ・モーザ・ビント・ナーセル・アル・ミスナド(en) |
| 王家 | アル=サーニ家 |
| 父親 | ハリーファ・ビン・ハマド・アール・サーニー(en) |
| 宗教 | イスラム教スンナ派 |
ハマド・ビン・ハリーファ・アール=サーニー (アラビア語: الشيخ حمد بن خليفة آلثاني) は、カタールの元首(アミール=首長)。1995年6月26日、当時首長であった父ハリーファ・ビン・ハマド・アール・サーニー(Khalifa bin Hamad Al Thani)を追放し、首長に就く。
目次 |
[編集] 略歴
1952年、当時イギリスの保護領であったカタールに生まれる。初等教育(初等学校、中等学校)はカタールのドーハで受け[1]、後にイギリスのサンドハースト王立陸軍士官学校で学ぶ[2]。
1971年7月に卒業し、帰国後はカタール陸軍の中佐となり、1972年に少将、機動師団の師団長となる。1975年にはアール・サーニー部族反乱の鎮圧で功を挙げる[2]。
1977年5月に皇太子となり、同時に国防大臣に任ぜられた。1980年代初頭、最高諮問評議会(the Supreme Planning Council)議長となり、基礎経済と社会政策を担当する。
1979年から1991年9月まで、カタール健康会議(Higher Council for Youth Welfare, HCYW)の議長を務め、スポーツの振興などに務める。
カタール陸軍の元帥として軍の近代化にも務めており、兵士教育、軍制改革、兵器革新などを実施した。この近代化が功を奏し、1990年の湾岸戦争ではクウェート側につき、サウジアラビアの町カフジの奪還に貢献している。
1992年以降の内閣の閣僚選定を行っており、主要な出来事に対する決定権も行使している。また、カタールの石油と天然ガスの開発にも取り組んでいる。この頃から、国政全般を取り仕切るようになった[3]。
1995年6月26日、いとこと共謀してスイスで休暇中の父を首長から解任し、6月27日に自らが首長の地位に就いた[4]。
[編集] 思想と活動
夫人3人を持つ。アラビア語、英語を話す[5]。ハマドはスポーツ愛好家であり、ダイビングにも熱心であった。また、鷹狩、馬の飼育、競馬観戦の趣味もある[5]。
政策にもこれらが影響しており、国内工業化に特化した政策を取っていた父と比べて、天然ガス開発、行政合理化、民営化、カタール人優先雇用政策などに力を入れている[3]。
カタール国内の運動競技発展に務めており、ハマドの活動によって、カタール国内で
- 2001年~:カタール・トータル・オープン (テニス)
- 2002年~:カタール国際ユーストーナメント (サッカー)
- 2006年:アジア競技大会(ドーハ)
などの国際大会も開催されるようになっている。
外交活動にも積極的で、湾岸協力会議や数々の国際フォーラムでカタール代表を務めている。そのため、オマーン、エジプト、サウジアラビア、インドネシア、ベネズエラ、イギリス、フランス、モロッコなど各国から勲章を贈られている。
1997年、ハマド首長指導の下、カタールは女性に投票権を与えている。これは湾岸協力会議加盟国の中では初[3]である。
[編集] アルジャジーラの設立
1996年、ハマド首長から1億5000万米ドルの資金提供を受け、衛星テレビ局アルジャジーラが設立された。アラブ諸国にある放送局としては、最も影響力があり、係争事件も多い。
2001年までに広告収入による独立採算制を目指していたが、これは果たせず、ハマド首長は毎年補助金を提供することに同意している。2004年の補助金は3000万米ドルであった[6]。2000年の広告収入は、全収入の40%を占めている[7]。
[編集] 関連項目
- カタールの元首一覧
- en:Sheikha Mozah Bint Nasser Al-Missned 配偶者のシェイハ・モーザ・ビント・ナーセル・アル・ミスナド(英語)
[編集] 注釈、出典
- ^ Amiri DiwanH.H. the Amir-Biography
- ^ い ろ 宮田律 『シェイフ・ハマドの夢』、2008年、中東協力センターニュース
- ^ い ろ は 在カタール日本国大使館 カタール情報
- ^ World Factbook 2000 [E] - QATAR (by the CIA)
- ^ い ろ 外務省 シェイク・ハマド・ビン・ハリーファ・アール・サーニ首長略歴
- ^ Arnaud de Borchgrave 「Tutwiler's mission impossible」
- ^ Al-Jazeera - "The opinion, and the other opinion" - Sustaining a Free Press in the Middle EastPDF (966 KiB) by Kahlil Byrd and Theresse Kawarabayashi; MIT's Media in Transition 3; published May 2-4, 2003
[編集] 外部リンク
- (英語)official site of His Highness Sheikh Hamad Bin Khalifa Al-Thani
- (英語)The Al-Thani Dynasty
- (英語)portrait of His Highness Sheikh Hamad Bin Khalifa Al-Thani
- (英語)Denver Post article on His Highness Sheikh Hamad Bin Khalifa Al-Thani and his rise to power
- (英語)official site of Her Highness Sheikha Mozah Bint Nasser Al-Missned
- (英語)Stargate Photo of Sheikh Hamad Bin Khalifa's yacht no. 1
- (英語)Constellation Photo of Sheikh Hamad Bin Khalifa's yacht no. 2
| 爵位・家督 | ||
|---|---|---|
| 先代: ハリーファ・ビン・ハマド・アール・サーニー |
カタールの首長 1995 – 現在 |
次代: 皇太子 シェイク・タミーム・ビン・ハマド・ビン・ハリーファ・アール=サーニー |
最終更新 2009年8月14日 (金) 22:53 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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